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正道の系譜

この少年は、この地に引っ越してきて今日で5日目。

5日前までは東京で暮らしていたが、両親の仕事の都合でこの関西に移り住むことになった。


14歳のこの少年は、身長がすでに180センチほどある。

ちんちくりんの詰襟の学生服を一番上のホックまで留めて、眼鏡を掛け、ぴっちり横分けのヘアスタイル。

元々の明るい髪は、父の命令で黒く染められている。

日本人離れした、彫の深いその顔立ち。


彼の名前は、秋月直樹。


直樹は東京在住の頃、とても偏差値の高い中学に通っていた。

この度関西に移り住むことになり、多少学校のランクが落ちたような気がしていたが、彼にはさほど問題はない。

強いて言うならば、この賑やかな街が肌に合わないかもしれない。

5日目でそれくらいの判断をする程度。

要するに、完璧なほどにスクエアなステップを踏みしめる直樹には、学校のランクなどそれほど問題ではないということだ。



その日家に帰ると、リビングには珍しく父親がいた。

「ただいま帰りました。お父さん」

「…うむ」

直樹は幼い頃からこの父が「ああ「うむ」、経営論、教育論以外の言葉を口にしているところを見たことがない。


この家での直樹の立場。


「お父さん」と呼んだこの父は、実の父親ではない。

同じく母も。


直樹は3歳の頃、この家に貰われてきた。

父親が経営する不動産・建築関係の会社、これを継ぐべくこの家にやってきたのだ。


義理の父、義理の母というものが本来、養子に対してどのような教育をするのか直樹は知らない。

しかし彼らを『本当の父と母』、そのように思い、父の跡を継ぐべく、両親の財力をフルに活用した教育方針・教育理念の元この家で過ごしている。


この日は珍しく、父も一緒に夕食の席に着いた。


「直樹、今度の学校はどうだ」

そう問う父に対し、

「何の問題もありません」

そう答える直樹。


父の事情は分かっている。

父の会社は今回、この関西に足場を固めるべく進出した。

部下に任せるのではなく、自らがこの進出に関わるということがどれだけの社運を賭けてのものなのか。

それを考えれば、賑やかさが合わない、言葉が合わない、学校のランクが少し落ちた、などということは直樹にとっては本当に、何の問題もないことなのだ。


母も直樹に言う。

「何か不満があるなら、前の学校に戻ってもいいのよ」

「いえ、大丈夫です。お母さん」


母とする会話はいつもこのようなもので、後付けされるようなものばかり。

それも直樹にとっては、何の問題もない。


お手伝いさんが食事の用意を済ませ、3人で食事をしていると玄関からバタバタと音がした。

バタンッ!と勢いよくドアを開けて入ってきたのは、ドロだらけの弟の慶也。

直樹の3つ年下の弟だ。

慶也は、直樹がこの家に来た翌年に生まれた、両親にとっては本当の息子。


彼は関西に来てすぐにリトルリーグに入り、毎日毎日野球の練習に明け暮れている。

勉強の方はというとそれほど悪くはないのだが、父の設けている高さには到底追いつけない位置にいた。


食堂に入ってきた慶也は父を見ると、ハッとして俯いた。

今日も父はいないものと思い込んでいたのだろう。


「慶也!お前はいつまでそんな下らんことをやっとるんだ!?そんな時間があるなら、塾にでも行きなさい。

野球みたいなものが、将来身を結ぶと思っているのか?

私の息子がクズでは面目が立たんのだぞ!?」

こういった言葉も、直樹は聞き慣れている。


しょんぼりと俯いた慶也に母が駆け寄り、

「さ、ごはんがあるから着替えてきなさい」


その遣り取りを横目に、直樹はさっさと食事を済ませ、

「それではお父さん、勉強がありますので失礼します」

「…うむ」


そうして、直樹は2階の自分の部屋へと入っていくのだ。


自室に入ると、直樹にはまずやることがある。

学習机の鍵の掛けられた引き出しを開けて取り出したのは、1冊のノート。

その表紙に書かれているのは、


『正道の系譜』


……僕は本当の両親や祖父、祖母を知らない。

だけど、僕にも間違いなく親はいた。

そこから受け継がれているものが、必ずあるはず。


そう思い、書き始めたこのノート。

日々あったことなどを、書き連ねている。



―――― 『お父さん』『お母さん』

この家はとても裕福です。

きっとこれも、お2人から継承された運なんでしょう。


まだ見ぬお2人のため、僕は一歩一歩駆け上がります。

見ていてください。

そしておじい様、おばあ様にも、見事に成し遂げる僕の成功を自慢してください。

僕はやってみせます。――――








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