第三話
あんたに何がわかるってのよ。
――わかってもらうつもりも無いけどね。
昼食に必要な物を入れたカバンの中では、水色のシンプルな
ナフキンに包まれた弁当箱と箸箱が、階段を一段
降りる度にカチャカチャと鳴る。私にはそれさえも静寂を破る耳障りな音に聞こえて。
アイツが私に言った言葉、「それ、本当?」って。
どういう意味よ。私が格好つけて一人でいるとか思ってる訳?
一匹狼気取って私はあんたらとは違うから、って感じに振舞ってるって。
そんな事ない。私は、私のやりたいようにやってる。
――それが、他人から見ると堅苦しいの?
なんて、そんなの考えたくもないけど。他人のことを考えるのはもうこりごり。
無意識のうちに、足は図書室への順路を辿っていた。
屋上で昼食を摂った後は、図書室で過ごすのが私の日課だから。
ここには私なんか見えてないみたいに関心も持たず、
友達とただひたすら喋り続ける人もいなければ、冷ややかな目で私を
見つめる人もいない。ここは私と同じようなはみ出し者の集まりだから。
ここが一番静かで落ち着く場所。椅子は腰掛ける部分がクッションで、
教室の固い椅子とは“リラックスできる度”がまるで違うし、
黙って本を読むふりさえしていれば一人何もせずに固まっている時間は
免れる。教室なんかにいて誰かと目が合ったりでもしたらかなり困るし。
私は中身なんか読みもしない厚めの複雑そうな参考書を手に取り、
一番端の窓際、お気に入りの席に静かに座った。
その時。
「それ 面白い?」
頭に染み付いたままだった低い声は、背後から。同時に心臓が飛び上がるほど高鳴る。
いや、鳴るというか、「叫ぶ」ぐらいの表現でも足りないくらい驚いた。
なかなか振り返られずにいたけど、奴は私が振り返る前に私の視界に入ってきた。
「べつに・・・読む訳じゃないから」
「じゃあなんで棚から取ってんだよ」
ごもっともな質問。
そして私の顔色を面白そうに覗き込むその瞳。いたずらっぽい子供みたいな表情。
渡のその質問には返せば納得してくれそうな答えはあるけれど、
その幼い表情をみていると少し恥ずかしくなって、口ごもってしまった。
こういうのを「圧倒される」っていうんだろうなぁ・・・
「さっき・・・階段ではちょっと言い方キツかった?ごめんね。
何か機嫌悪くしたかもしんないなーって思って。こっそり後ついて来た」
顔の前に手を合わせて、軽々しく謝ってくるその男。
というかこいつが付いてきてた事に気付かなかった自分が恥ずかしい。
そもそも、なんで私こいつに遊ばれてるんだろう。
そうやって色んなこと考えてるとイライラして、
色んな感情が一気に押し寄せてきて。
「私の事キライなんじゃないの?」
言わずには居られなかった。
高ぶる気持ちがそうさせて。
でも絶対今の自分の口調、イヤミっぽかっただろうなぁ。
渡は案の定、キョトンとしてる。
「え?何で?俺に嫌われてると思った?」
「・・・目が言ってた」
渡はぶっ、と噴出すと腹を抱えながら大笑いし始めた。
そんなにおかしいか・・・こっちが恥。私は率直な感想を述べたまでなのに。
私が顔を赤くして俯いていると、
「でもさ・・・あれだよねぇ」
渡が爆笑したまま苦しそうに言った。
そして笑いが止まるのを待って、一呼吸置いてから、
「田村さんって面白い」
――爆弾発言。
は?」
心で言ったあと、口に出した、みたいな。
そりゃそうでしょ、子供みたいな本音吐いただけで
大爆笑。そんでさらに「面白い」って。
でも、じゃあ渡は、別に私の事嫌ってる訳じゃないって――?
・・・それはプラス思考過ぎるかもしれないけど。
どちらにしろ渡から漏れた言葉は、信じがたい。こんな鉄面皮で
友達いない女のどこが、面白いって?私完全にこいつのおもちゃって事?
でもまぁ、良く言うとちょっとだけ、
ほんと際どいけど、際どいんだけど今の、別に――
――嬉しくないわけじゃなかった。かも。
「・・・・ありがとう」
「どーいたしまして」
なんだか本当に初めて出会うようなこの柔らかい、
暖かい、熱い、優しい感覚。
名字とはいえ久しぶりに他人との会話で名前を呼ばれて、
これはほとんど初めてというくらいにもらった言葉、「面白い」って。
渡って、きっとおせっかいでウザくてどっちかといえば目立ちたがりな
私の一番キライなタイプかもしれない。
――でも、こいつ嫌な奴じゃないのかも。
「さぁて、そろそろ教室戻ろーか」
笑顔で私にそう言った渡は、何か本当に 心から笑ってるみたいだった。
私は弁当箱を入れたカバンを肩にかけると、
渡の1m後ろくらいから、渡の背中を追いかけながら
小さな子供みたいに歩いて付いていった。
教室に戻るまでの短い間だけど、なんだか、照れた。
遅筆で申し訳ない・・・