イト
私は今、両手を長い糸で結ばれている。
左手は過去。
右手は未来。
決して逃れることはできない。
私の人生は大きな布とともにある。
玉結びで始まり、
幾度もなみ縫いを繰り返し、
時には本返し縫いでしっかりと噛み締め、繋ぎ止める。
だけど、これはあくまでも体感の話。
時の流れは手縫いではなく、ミシン縫い。
常に一定のペースで着実に進んでいく。
上糸、下糸。
2本の糸できっちりと縫い付けられ、
断ち切ることは難しいだろう。
体感の話に戻そう。
人生において自分の指針となるのは、
結局、自分が何をしたか、だと思う。
だとしたら、
針を持つのも自分であり、
縫い付けるのも自分である。
長針でも短針でも、
自分のペースで進めればいい。
糸が絡まってしまったなら解いて、
固結びになってしまったならば、
思い切ってはさみで切ってしまってもいい。
1箇所や2箇所切れてしまったところで、
そう簡単に解けやしない。
時間がしっかりと、
繋ぎ止めてくれるはずだから。
ただ、これには弱点がある。
自分の左手、右手。
腕に絡まる、
その結び目を切ってしまったとしたら。
これは、過去の全て、
未来の全てを否定するということだ。
そうしたらどうなる。
意図も容易く、布から切り離される。
過去を否定することはやめられない。
どうしようもない過去への後悔が、
どこまでも付き纏う。
未来を否定することもやめられない。
漠然とした、真っ白な世界。
進むべき方向もわからず、
自分の不甲斐なさに失望する。
かといって、全てを否定しないでほしい。
過去へ、
ひとつひとつの縫い目に愛着を持ってほしい、
それでも見たくなければ切ってしまえばいい。
未来へ、
自分の針を持ち替える覚悟を持て。
多少方向を間違ったって修正できるさ。
立ち止まったっていい。
そうしていつかその先で、
大きな布に、
その糸で何を描いたか。
胸を張って言えるように、
私はなりたい。
お読みいただきありがとうございます!
人と人との縁を糸に例えて
表現することがあると思います。
人生もある意味、一本の糸のような気がします。




