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5ー2エヴァン

「……ああ、もう。 本当に嫌になるね」


光も届かない深い森の中。

自分以外に動いているのは、意味のない奇声をあげる、体が半分以上腐ってこそげ落た醜悪な魔物ばかり。

見た目だけでも悍ましいのに、その臭いもひどい。


周囲一帯を多い尽くすゾンビ達に、エヴァン=アルカインはイライラしながら舌打ちを繰り返していた。


もう何百体倒したかわからないのに、それでも一向に数が減っている気がしない。


「いや、実際減っていないね、これは……」


右から襲ってきたゾンビを、光属性を纏わせた剣で切り捨てる。

こうやって剣に弱い光魔法を付与するのが、一番魔力の消費を抑えられる。

当面はこれで凌げるだろうけれど、この方法では解決には至らない。

どこかに魔物を排出しつづけている『核』があるはずだ。

その『核』を壊さなければ、何百体ゾンビを倒したところで意味はない。

けれどここまで魔物が溢れ返っていると、その『核』を探しに行くことさえできない。


今までも魔物大発生(スタンダード)は王国のあちこちで起こってきた。

そしてその都度、王国騎士団が適切に処理してきた。

ゆえに騎士達は経験豊富で、難しい任務を的確にこなすだけの実力者ばかりがそろっている。


今回も、簡単ではないが、それでも適切に処理されるはずだった。


違っていたのは、魔物の種類がレア種と呼ばれるアンデッド系だったこと。

それだけで鎮圧は、王国史上最高難易度まで跳ね上がった。


アンデッド系の魔物には、光属性を付与した武器か、光属性魔法しかきかない。

それだけでもやっかいなのに、やつらは瘴気と呼ばれる、生命に有害な霧を全身に纏っている。

そしてその瘴気は、消滅する寸前に自分を滅した相手()へと襲いかかる。

つまりこちらはアンデッドを倒した分だけ、瘴気を体に存分に浴びることになってしまう。

一匹や二匹ならどういうことがないが、これが百、二百と桁が違ってくると致命的にもなってくる。

その都度こちらも光属性魔法を使って浄化をしているが、なにぶん数が多いため、自分の身を優先させていては今度は物理的に致命傷を負わせられかねない。


「はあ、もう、ほんと嫌になる。 完全に準備不足だね」


今回のこの苦戦は、アンデッドがレア種であり、魔物大発生(スタンダード)など起こらない、と決めつけていたことに起因する。


アンデッドは光属性を宿した武器、魔法しか倒せないのに、有効な武具はほとんどなく、光魔法の使い手も騎士団には三人しかいない。

光魔法(その)中でも最も強力な攻撃手段が『聖なる炎(ホーリーフレア)』なのに、習得が非常に難しく、それでいて使う機会がほとんどない、という理由から敬遠されつづけ、結果王国では現在この魔法を扱えるのはエヴァンとアティの二人しかいない。


この状況は危険だ、と。

もう少しアンデッドの襲撃に向けて備えるべきだ、とエヴァンは何度も忠告した。


けれどその忠告は、他の細々とした問題に押され、全てなかったことにされた。


その結果がこれだ。


有効な攻撃手段を持たない騎士団では、どう頑張っても鎮圧することが出来ず。

助力を求める文が国王に届けられた。

国王は、ここでようやく事態の深刻さを知り。

そして、強制召集をかけた。


─────ルナマリン公爵家の長女であり、王国一の『聖なる炎(ホーリーフレア)』の使い手であるアティ=ルナマリンに。


「冗談じゃないよ、あんなに可憐でかわいいアティを、こんな腐った死体達の真ん中に放り込もう、だなんて。 叔父上は頭がおかしい」


襲ってきたゾンビを切り捨てながら、エヴァンはギリリと歯を噛み締めた。


本来この悍ましい戦場に送り込まれるのは、アティ=ルナマリンのはずだった。

彼女はすでに成人を迎えており、魔物に対して特に有効な攻撃手段を持っている。

なにより家を継ぐ嫡男でもない。

唯一心配なのは、初めて魔物を見て震えて役に立たないことだが。

聞けば随分と気位が高く、気も強い令嬢のようだ。

ならば問題ないだろう。


そうして国王は、アティ=ルナマリンの召集を決める。

その寸前で。


状況をいち早く掴んだエヴァンが『待った』をかけた。


甥とはいえ、爵位すらまだ継いでいない人間が、最高権力者(国王)の決定に異議を唱える。

それがどれほど国王の不興を買うか、ちゃんと理解していた。

もし召集されるのが自分で合ったなら、嫌々ながらも素直に従った。

もしくはエヴァンとアティ、二人での出撃であったなら。

卒業前に言われた「大嫌い」(あの一言)がショック過ぎて、手紙を出すことも出来なかったアティに、ようやく会う口実ができた、ともしかしたら上機嫌で出かけていたかもしれない。


けれど、アティ=ルナマリン一人での出撃はどうしても看過できなかった。


国にたった二人しかいない『聖なる炎(ホーリーフレア)』の使い手。

二人ともが出撃し、二人ともが万が一戦死した場合、国の存亡に関わる。

そうでなくても、同時期に別々の場所で同じ種類の魔物大量発生(スタンビード)が起きたという事例が今までに何度も確認されている。

ならば今回も、王国の別の場所でアンデッドが湧く可能性は少なからずある。


早急に国の魔術師に『聖なる炎(ホーリーフレア)』の習得を進めるべきだが、一朝一夕で出来るものではない。


ではどうするか。


一人は待機し、どちらか一方が出撃すればいい。

そうして、文字通り『命をかけて』魔物大発生(スタンダード)を終わらせればいい。


そんな国王の意思が透けて見えた。


あの時点で生半可な方法ではこの魔物大発生(スタンダード)を終わらせることが出来ない、と容易に想像できた。

『核』を壊さない限り増え続けるアンデッド。

現在王国中から武具を集めているが、それでは到底追いつかないだろう。

有効な攻撃手段を持たない騎士団は、魔物を逃がさないように結界を張ることしか出来なくて。


助力を求める手紙が、国王の元に届くまで何日経ったのか。

向こうは状況はさらに厳しくなっているはず。

そうして要請を受けた援軍が向こうに着くまでに、状況はさらに悪くなるだろう。


溢れかえるアンデッドを一掃するには、広範囲に『聖なる炎(ホーリーフレア)』を使うしかない。

けれど、魔力の消費が著しく多いあの魔法をそんな広範囲で使えばどうなるか。

それがわからないほど国王は愚かではない。

だからこそ、エヴァン(公爵家の嫡男)ではなく。

アティ=ルナマリン(替えのきく令嬢)を行かせようとしているのだから。


「『高貴な者の義務(ノブレスオブリージュ)』? へどが出るよ」


国王の決断はある意味正しい。

もしアティ=ルナマリンがここに来ていたなら。

こんな気持ちの悪い魔物達にも臆さず立ち向かい、そしてノブレス・オブリージュの信念の元、魔物大発生(スタンダード)を終わらせていただろ。


────自分の命を代償にして。


だけど国王は知らない。


「アティはね、おばけが大嫌いなんだよ」

後ろで物音がするたびに、大袈裟なくらいびくっと飛び上がって驚くことも。


「それに、虫も大の苦手なんだ」

クラスメイトの令嬢に頼られて、平気な顔をして虫退治していたけれど。

本当は、虫──特に足がたくさんある虫が大嫌いなのことも。


「気が強そうに見えて、実は涙もろいし」


いつも背筋を伸ばして凜としているから、誤解されがちだけど。

強がっているだけで、実は泣き虫なことも。


将来のためにと一生懸命勉学に励んでいたことも。

いつの日か弟と、共同経営で事業を立ち上げるつもりなことも。


そして、本当に気を許している相手には、どんな宝石よりも輝かしい笑顔を見せることも。


エヴァンは知っている。

一目あったときから彼女に惹かれ、それ以来ずっとずっと見てきたのだから。


だからどうしても『アティを切り捨てる』という、国王の決定には従えなかった。


ではどうすればいいのか。

国王を脅せばいい。

国王自らが『勇者』と認めたその能力全てを、威圧へとかえて。


『僕が一ヶ月以内に、確実に魔物大発生(スタンダード)を終わらせてきますので。 それまでアティ=ルナマリンには絶対に情報を漏らさないでくださいね? もしアティに手を出せば、『勇者』であるこの僕が、全力で王国を潰しますよ?』と。


国王は青い顔で何か言おうとしていたが。

何を言ってもエヴァンの意思は曲がらないと察したのか、最後にはその要求を受け入れた。


そうしてエヴァンは、一人戦場へと向かいつつ、アティの身の安全を守るために召喚獣を送った。

召喚獣()の目を通して、状況は完璧に把握できるし、必要であれば意識を飛ばしてアティを守ることだってできる。


最初は騙すつもりなんかなかった。

アティの身の安全を、影ながらでも守れればそれでいいと思った。


エヴァンの考えが変わったのは、戦場に着いてから。


もしかしたら戦況は、自分が思っているよりも軽く、命を捨てるほどではないのかもしれない。

もし生きて帰ることが出来たなら、今度こそアティに会いに行こう。

彼女が好きな焼き菓子と、赤い花を持って。

「ごめんね」とそういえば、卒業前に言われた「大嫌い」(あの言葉)を取り消してくれるかもしれない。

いいや、取り消してくれなかったとしても、なんとか誠意を見せて。

今度こそ良好な友人関係を築くことから始めるのだ。


少なからずそんな希望を抱いていた自分が浅はかに思えるほど。


最前線は悲惨な有様だった。


そして。


ああ、これはもう、どうあっても自分は助からないな、と察した。


だから。


────ただ、ほんの少しだけ思い出が欲しかった。


ずっと思い続けた彼女と、束の間だとわかっていても、一緒に過ごしたかった。

もういなくなってしまうだろう自分の存在を、少しでも彼女の中に残したかった。

そんな男もいたわね、と一年に一度でもいいから思い出してもらえる存在になりたかった。


……でももう。


「……もうそんな馬鹿みたいな時間は終わらせないと、ね」


自分に群がる魔物を剣を横に振るってなぎ払いながら、エヴァンは小さく息を吐き出した。


『終わらせる』。

それがどういう結末を迎えるのかわかっていても。


自らの命をかけてこの戦いを終わらせる。


万が一にも彼女に『その役目』が回ることがないように。


「ねえ、アティ。 本当に君のことが大好きだったんだ」


初めてあったとき、呆然とした顔で定期テストの結果が張り出された掲示板を見上げていた。

エヴァンを認識した瞬間、悔しそうに歪んだあの顔が本当にかわいくて。

それまで何でもそつなくこなしてきたエヴァンが、表情を取り繕うだけのことにどれだけ苦労したか、彼女は知っているだろうか。

『あいつは特別だから』。

そんな簡単な言葉で片付けられ、遠巻きにされてきたエヴァンを、いつも全力で追いかけ、追い抜こうとしてくれた。

それがどれだけ嬉しかったか、彼女は知っているだろうか。


どれだけ言葉を尽くしても、とても伝えきれるとは思えないけれど。


それでもどうしても。


「アティ……」


愛しい彼女の名を呼ぶと同時に、意識のほとんどを召喚獣(向こう)へと飛ばした。


不本意にも、大嫌いだった男に身代わりになられたこと。

そうしてその男に、一ヶ月も騙され続けていたこと。


真実をしれば、きっとアティはエヴァンを許さないだろう。


感謝されるなんてこれっぽっちも思ってない。

全てエヴァンの自己満足だ。

わかってる。

けれど最後にもう一つだけ、我が儘を言えるのなら。


「【僕に負けたと本気で悔しがるあの顔が、さ…。 いつもいつも……】」


最後の最後で、自分勝手に気持ちを伝えることを、どうか許してほしい。


「【本当に、かわいかった】」


ずっとずっと言えなかった言葉は、不思議なくらいするりと口の中から滑り落ちた。


もっと早くにこれが出来ていたら、もう少しましな関係になれていただろうか。

けれどどれほど後悔したってもう時間は巻き戻せない。


だからせめて。

自己満足だとわかっていても、彼女の未来はエヴァンが守る。


そうしてエヴァンは、詠唱をすでに終えていた『聖なる炎(ホーリーフレア)』を解き放った。


まばゆい白銀の光が、暗かったイルイザ大森林を照らし出す。


持てる魔力全てを使った魔法は、その場にいた魔物全てを焼き尽くした。


ひどい疲労感に、クラリと体が揺れる。


外で結界を張り、エヴァンの戦いを補佐してくれていた騎士達が何かを叫んでいる。

こんなに近くにいるのに、疲労のせいか、声が聞こえない。


思えば彼らにも酷い事をした。

一ヶ月近くもエヴァンの我儘に突き合わせた。

彼らにも、彼らの帰りを待ちわびている家族や大事な人がいるはすなのに。

でも彼らはきちんと家に帰れる。

優秀な彼らは、すぐに自体を把握し、速やかに『核』を壊してくれるだろう。

一ヶ月以上続いた王国史上最悪の魔物大発生(スタンピード)は、これでようやく終息する。


エヴァンも彼らと一緒に帰還できる。

もしかしたら、生き残れるかもしれない。


────このままなにもしなければ。


どこもかしこも血だらけで、ボロボロだけど、それでも帰れる。

アティにどれだけ嫌われようと、まだその先を生きていけるかもしれない。


けれど。


「まだ、だよ」


まだ終わってない。

大量の魔物が残した、大量の『瘴気』がまだ残っている。

通常、瘴気は自分を殺した相手に怨念のように向かって来るが、もうエヴァンは瘴気まみれでこれ以上取り付けない。


ではどうなるか。


取り付く相手がいない瘴気は、大気を漂う。

そうして、人体に、大地や水に、そして作物に甚大な被害をもたらす。


この森から一番近い領地は、ルナマリン公爵領。

このまま騎士団が結界を解けば、解き放たれた『瘴気』は数年に渡って、ルナマリン公爵領の土地を汚し、その地に住まう人々の健康を脅かす。


もうエヴァンには一欠片も魔力が残ってない。

それでも『瘴気』を払うために魔法を使うなら、自らの生命力で補うしかない。

そうしてそれをしてしまえば、今度こそエヴァンは助からない。


自らの命と、ルナマリン公爵領(アティの大事な場所)


どちらを選び、どちらを切り捨てるか。


自分でも呆れるほど、一瞬も迷いはしなかった。


彼女が住む場所。

彼女が愛している人たちが住む場所。

彼女が愛したあの一面の麦畑(美しい景色)をなくすわけにはいかない。


最初からわかっていた。

もう帰れないことは。

とっくに、覚悟はできている。


だけどせめて、言えるだけのことを言いたい。

君に伝えたい。


「【ねえ、アティ? 君のことが大好きだったよ。 初めてあったその時から。 ずっとずっと君に夢中だった】」


思いつくまま。

自分勝手に言葉を並べていく。

予想通り彼女には『やめろ』と。『許さない』と、怒られてしまったけれど。

それでも、エヴァンにとって、この一ヶ月は何よりも幸せな時間だった。

伝えたかった言葉も伝えられた。


だからもう思い残すことはない。


「アティ。 ありがとう。 【バイバイ】」


その別れの言葉を最後に。


エヴァンは最後の魔法を唱えた。




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