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「だからね? 魔物の討伐なんて怖くてやっていられないだろう? 全てが終わるまで一ヶ月ほどでいいんだ。 僕を匿ってくれないかな?」
黒豹いわく、イルイザ大森林で魔物大発生が発生(これは王国新聞にも乗っていたからわたしも知っていたわ)。
すぐさま王国騎士団が現場に派遣されたけど、彼らだけでは鎮圧が難しく、『勇者』の称号を授かったばかりのエヴァンに出陣要請が来た。
けれどエヴァンはそんな戦場、怖くて行きたくない。
だから匿ってほしい。
要約するとそんな内容だった。
話は分かったわ。
っていうか、エヴァン=アルカインは思ってたよりもずっと腰抜けだったのね、がっかりだわ。
まあ、出陣要請であって命令ではないから断ることもできるんだろうけれど。
だけどなぜよりにもよって、わたしがエヴァン=アルカインを匿わないといけないのか。
「え? この僕が君のところに身を寄せているだなんて、誰も思いもしないだろう?」
思わず口からでた疑問の返答がそれだ。
言い換えるなら『わたしがエヴァンを匿っているなんてだれも思わない』
そうね、わたしがエヴァンを毛嫌いしていたことは周知の事実。
それに卒業してからの半年間、交流は全くなかったわけだし?
そんなわたしがエヴァンを匿っているなんて思いもしないわよね。
つまり状況的に考えて、わたしのところが一番安全と判断した、と。
けれどわたしが『勇者様はここにいますよぉ』と漏らしたらそれで終わりなんだけど?
そもそも、怖くて戦えない、っていうなら出陣要請を正式に断るべきじゃない?
話を聞くに、それすらせずに逃げ出してきたみたいだし?
やっぱりこんな情けない男の話に乗ることなく断って────。
「ふぅん? なにかな、その顔は。 まさか断るつもり? ……ねえ、確か君は僕に大きな貸しがあったよね? 今がそれを返すときじゃないかな? ……ああ、ルナマリン公爵令嬢ともあろう人が、貸しを返すこともできない、っていうんならまた話は別だけれどね?」
「うぐ……」
ニヤニヤと笑いながら黒豹がわたしを見つめてくる。
その表情は、獣顔であるにもかかわらずエヴァン=アルカインそっくりだ。
そう、エヴァンの言う通り。
わたしには(心底不本意だけれど)、エヴァン=アルカインに大きな借りがある。
五歳年下の最愛の弟ジルベルトを救ってもらった、という大恩が。
ジルベルトはとても元気な男の子だったけど、十歳の時に不治の病を発症した。
体が徐々に岩のように固くなる病気で、『鉱石病』と呼ばれている。
原因も根治法もまだ見つかっておらず、現状では薬で進行を遅らせることが精一杯で。
けれどあらゆる薬をためしたのに、ジルにはその薬さえ効いてくれなかった。
病はあっという間にジルを侵し、半年もしないうちにジルは全身が動かなくなった。
わたしも学園を休んで看病していたけれど、ジルのためにしてあげられることなんて何にもなかった。
本当にふがいない。
今思い出して見ても、あの半年間は地獄だった。
食事もとれず、枯木のようにやせ細り。
呼吸するというそんな当たり前のことさえままならない。
虚ろな目で、浅い呼吸を繰り返すだけの日々。
ただ生きていることさえ辛そうで。
苦しかった。
辛かった。
もし変われるものならわたしが変わるのに、と何度思ったかわからない。
そんな日々を救ってくれたのがエヴァン=アルカインだ。
エヴァンは突然前触れもなく、ルナマリン公爵領にあるうちの屋敷に乗り込んできて。
「偶然『鉱石病』の特効薬が作れたからあげるよ」、と言ってそれをジルに飲ませたのだ。
その薬は本当によく効いて。
ジルは三日後には食事が取れるようになり、一ヶ月後には歩けるまでに回復した。
三年たった今では、普通の男の子と同じように生活できている。
むしろ一度死ぬほどの思いをしたからか、大人びていて立派すぎるくらいだ。
エヴァンは、『偶然特効薬が作れた』何て言って、素知らぬ顔をしていたけれど。
そんな都合のいい偶然、あるわけがないことくらいわたしでもわかる。
エヴァンはおそらくジルのために力を尽くしてくれた。
この時ばかりはわたしも心から感謝して、「ありがとう」と伝えたわけだけど。
「………っ。 別にっ! 薬が出来たのは偶然だって言ってるよね。 それに僕に負けて悔しがる君のあの滑稽な顔を見ないと、日々つまらないんだけど! ……だからさっさと学園に復学したらどうだい。 ……まあ、また僕に負けるだろうけどね」
うん、相変わらず腹が立つ男ね。
人が素直にお礼を言っているのに、受けとることすら出来ないの?
滑稽な顔って何よ、失礼ね。
でも。
「分かったわ、今回のことは貸しにしといてちょうだい。 いつか必ず返すわ」
お礼の一つとして、まだ開発中だった魔道具を一つあげたけれど、そんなものじゃあ到底釣り合わない。
エヴァン=アルカインに借りを作ったままなんて冗談じゃないわ。
いつかわたしは必ずこの男に『借り』を返すんだから。
………確かにそう心に誓ったわけだけど。
だけどわたしがエヴァンを匿ったりしたら……。
「わたしがあなたを匿ったりしたら王国騎……」
「ああ、王国騎士達のことなら心配はいらないよ。 騎士達にもこの国にも危険が及ばないように、ちゃんと手は打ってきたからね」
手は打ってきた、とは一体どのように?
聞きたいけれど、この笑顔では聞いても答えてはくれないだろう。
エヴァンは憎たらしいが、しょうもない嘘はつかない。
誰にも危険が及ばないように手は打ってきたというのであれば、きちんと対策を立ててきたのだろう。
「ねえ、アティ? 一ヶ月でいいんだ。 僕を匿って……くれるよね?」
一応疑問形ではあるけれど、エヴァンの物言いはわたしが拒否することをこれっぽっちも想定していない、そんな言い方だった。
エヴァンはわたしの性格をよくわかっている。
正直エヴァンと一緒に一ヶ月も過ごすなんて嫌だ。
けれど借りがあるままなのはもっと嫌だ。
だったらわたしの答えなんて決まっている。
「しょうがないわね。 ただし一ヶ月だけよ。 一ヶ月たったら追い出すからね!」
「ありがとう。 君ならそういってくれると信じていたよ。 ……ああ、言い忘れていたけれど、一ヶ月間は常に君の側にいさせてもらうからね?」
「…………は? 聞いてないんだけど」
「うん、今言ったからね」
いやいや、まちなさいよ。
いい笑顔で、なに「当然です」、みたいに事言ってるの?
常に側にいる、ですって? 迷惑なんですけど!
花も恥じらう乙女の側に、男が常にいる、ですって?
冗談じゃないわよ。
「だって、ほら? 君がいない間に誰かに見つかると怖いし? 君には僕を守ってもらわないと」
「いやだからって、常に一緒とか………」
寝るときも一緒だなんて絶対にいやよ。
「…………あれ、もしかして警戒してるの? 黒豹の僕が? 君を? もしかしたら襲うかもしれないって? …………………ふっ……。 そっかそっか、ごめん。 そうだよね。 アティの期待に添えるように頑張ってみるけど、出来るかな……う~ん?」
「ばっ!! 馬鹿なこと言わないで! 誰も期待なんてしてないわよ!」
普通に『ない』って言われるよりも数倍腹立つんだけど。
その哀れむような口元の笑みが、スッゴく腹立つんだけど!
「でも、僕が怖いんだよね?」
「怖いですって? 冗談はやめて頂戴! あなたなんかこれっぽっちも怖くないわ!」
「うん、そっか。 じゃあなんの問題もないね」
くぅ。
うまく言いくるめられた。
これだからエヴァンなんて嫌いなのよ。
「これからよろしくね、アティ?」
こうしてわたしはエヴァンに借りを返すべく、一ヶ月彼を匿うことになってしまった。




