番外編
「やあ、ルナマリン公爵令嬢」
エヴァンのお見舞いに王宮に来ていたわたしは。
後ろから不意に呼びかけられて、なにげなく振り返った。
そうして声主が誰なのか認識した瞬間、腰を落とし淑女の礼をとる。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「久しぶりだね。 ああ、そんなに畏まらなくていいよ」
声主はこの国の王太子であるレオナルド殿下。
エヴァンやわたしより二つ年上で、学園が数年一緒だったため勿論面識がある。
とても見目美しい殿下は、爽やかな笑顔を浮かべながらわたしの方に歩いてきた。
「今日はエヴァンの見舞いに?」
「はい」
「そうか。 一度心臓が止まったのに、そこから戻って来るなんて。 あいつは相変わらずあなたのことが大好きらしい」
「…………はあ」
ははは、と爽やかに笑う殿下に曖昧な返事をする。
一度心臓が止まったエヴァンが、わたしの呼びかかけで生き返った。
その話は騎士団から王宮に伝えられ。
これでもかというほど誇張されて、国中に伝わっている。
今度《愛の花》という題目で演劇化するという話だ。
両親には生暖かいで祝福されるし、友人達からは「やっとまとまったか」とからかい混じりの手紙が絶えない。
正直、ここ数日は本当にいたたまれない。
なので、この話題はさっさと終わらせたい。
「あの殿下? 本日はどういったご用件で?」
用事がないならさっさと解放してください。
そう言外に言ってみる。
人によっては「王太子に声をかけてもらったのに不敬だ」、と言われても仕方がない態度だけれど。
レオナルドが、そんなことくらいで声を荒げるような器じゃないことはよく知っている。
「ああ、失礼。 一分一秒でも早く、エヴァンのところに行きたいんだよね?」
「……………はい」
というより、あなたの元からさっさと退散したいのですが。
けれどにこやかに微笑む王太子様相手に「はい」以外に言えるわけがない。
「うん、では歩きながら話そうか?」
いえ、解放してください。
けれどさすがにそんなこと、言えない。
「愛って素晴らしいよね。 思えばエヴァンは学園にいるころからあなたに夢中だったからね」
学園時代のわたしとエヴァンの関係を知る友人は、皆祝福しつつからかいも多分に入った手紙をくれたけれど。
レオナルドだけは純粋にただ喜んでくれる。
そして、いかにエヴァンがわたしのことを好きかを力説してくれる。
正直、ものすごく恥ずかしいし、疲れる。
「ああ、そうそう。 今日はこれを君に渡そうと思ってたんだった」
へとへとになりながら、しばらく歩いた後。
ちょうどエヴァンの病室の真正面で、殿下は懐から分厚い何かを取り出してわたしに差し出した。
紙?
それも、上から下までびっしりと何かが書かれている。
どうやら書類か何かのようだ。
それが数十枚もある。
これは?
視線だけで問い掛ければ、今まで善良な笑みを浮かべていた殿下がニヤリと口角をあげて笑った。
読んでみて。
同じように目線だけで書類を示され、くいっと顎で受けとるように催促されて。
仕方なく受けとった、紙の束。
なんだろう、この書類の束は?
今このタイミングで渡されたと言うことは、今読めと言うこと?
訳がわからずみつめ返すわたしを、殿下はニヤニヤしながら見下ろしている。
「ちなみに上から順番にちゃんと並べてある」
順番?
一体何の話かと思いながら手元に視線をやる。
《親愛なるアティへ》
「え?」
殿下に手渡された謎の書類。
冒頭に自分の名前が書かれているのを見て、おかしな声が漏れる。
書類じゃない、これ手紙だわ。
そしてこの手本のような美しい文字には見覚えがある。
《親愛なるアティへ
君に卒業前に言われた『大っ嫌い』という言葉の意味を僕なりに考えてみた。
そうして思うんだけど、どうしてもあの言葉は納得がいかない。
君は何をしても優秀なこの僕を、超えて見せた。
その君の長年に渡る頑張りを、素直に褒め讃えただけなのに、僕はなぜ嫌いと言われたのだろうか?
君を不快にさせたなら謝るけれど、どうしても納得がいかない。
よければ、一度君の領地に訪問して話をさせてはもらえないだろうか》
手紙はそこで終わっているけれど、右隅に《親愛なる、は馴れ馴れしすぎか》《少し感じが悪くもある。 もう少し柔らかい文章にすべき》等、同じ文字でいくつも書き込みがされている。
「面白いだろう? その次も読んでみてくれ」
楽しそうな殿下の声に促されて次の手紙を見てみる。
《僕の好敵手アティへ》から始まった手紙には、前回よりもやや柔らかい文章で、けれど同じような内容のことが書かれている。
《前に好という文字が付いているとはいえ敵、という文字を使うのはどうだろう? 僕はアティの敵にはなりたくない。 却下》
「いやぁ、君に卒業前に言われた『大っ嫌い』が余程こたえたみたいでね。 仕事にならなくて困っていると、エヴァンの側近からも苦情があったほどだよ」
はははと、殿下がまた爽やかに笑う。
つまりこれは、エヴァンが卒業後に書いたわたしへの手紙?
「さあ、まだまだあるからどんどん読んでやってくれ」
次の手紙。
《いつも僕に負けてばかりだったのに、やっと一回勝てたアティへ》
内容は前回よりも随分と好戦的に感じられる。
《これでは煽ってるだけだ。 却下》
次
《滑稽な顔がとてもかわいいアティへ》
この手紙は内容が少し違っていて、自分に負けて悔しがるわたしの顔が、いかに滑稽だったかが、細かく書かれている。
正直喧嘩を売っているとしか思えない内容なのに、右隅には《なかなか良く書けた。 採用か》と書かれている。
意味がわからない。
次の手紙も、その次の手紙にも。
わたしに『大っ嫌い』と言われたことが悲しい、納得できない。
一度話を聞いてほしい、というような内容と、それを添削する文字が書かれていて。
最終的に一番最後の手紙には。
《話し合おう》
その一言だけが書かれていた。
色々と模索した結果、この一文だけが採用になったのだろうか。
なんだろう。
少し前のわたしなら、こんな手紙(特に三枚目と四枚目)を読んだら『馬鹿にされた』と怒っていたところなのに。
う~んう~ん唸りながら、一生懸命手紙を書いているエヴァンが想像できて。
心臓の辺りがキュンとしまるような感じがする。
「半年でそこまでの枚数を書いておきながら結局出せない、なんて『勇者』のくせに意気地がないと思わないかい?」
「だからわたしが今届けてあげたよ」そういって、ニシャリと笑った殿下が、ノックもせずに病室の扉を開けた。
「…アティ?」
正面に置いてあるベッド。
そこに枕に身を預けるような形で体を起こしていたエヴァンが、すぐにわたしに気がついてパッと表情を明るくした。
けれど。
「げ、レオ?」
わたしの隣に立っていた殿下を見て、その表情は急降下する。
殿下とエヴァンは従兄弟同士で、その仲は良好のはずだけれど。
「人の顔を見るなり『げ』とは随分失礼じゃないか、エヴァン?」
にこやかに微笑む殿下に促されるまま一緒に部屋に入れば、エヴァンの顔つきがますます険しくなる。
「うるさいよ、レオ。 とりあえずアティから離れて」
「んふふ、嫉妬? 嫉妬なのかい? 男の嫉妬はみっともないよ、エヴァン?」
「いいから、アティから離れて。 二メートル、いや三メートルは離れて。 いや、もう、いっそこの部屋から出ていってくれない?」
「酷いなぁ。 お前が届けられなかった想いを、たった今わたしがアティに届けてあげたところなのに」
「は? っていうか、馴れ馴れしく『アティ』なんて呼ばないでくれるかな。 そう呼んでいいのは僕だ………っ! その手紙は!!」
嫌そうに顔をしかめて殿下を睨んでいたエヴァンの視線が。
わたしの手元に来た、その瞬間。
殿下の先ほどの言葉が何を指しているのか理解したのだろう。
一瞬で、エヴァンの顔が真っ赤に染まる。
「なんっで、それをアティが! くそ、僕を売ったのはユーリか?」
「うん、正解。 主人が出せもしない手紙を書くことに忙しくて、仕事をしてくれない、と長い間困り果てていたお前の側近は、快くわたしに恥ずかしい手紙を差し出してくれたよ」
「はあ? 仕事は時間内には全て終わらせていただろう!?」
「でもユーリに迷惑をかけていたことは間違いないよね?」
「…………迷惑なんて……か、かけて、ない」
何か思い当たることでもあったのか。
ぶすっと頬を膨らませて、そっぽを向くエヴァンの様子に驚いた。
こんな風に誰かに言いくるめられているエヴァンも、不貞腐れた顔をするエヴァンも初めてみる。
……なんだろう。
わたしはどこかおかしいのだろうか。
普通は格好悪く思えるはずはのに、エヴァンがかわいく見える。
思った瞬間、また胸の辺りがキュンとしまった。
「へぇ? 迷惑なんてかけてない? でもユーリはそうは思っていないみたいだよ」
そこまで言った後。
殿下の顔つきと雰囲気ががらりと変わった。
「そしてそれは王族にも言える。 お前は王家の決定に盾突き、王を脅してまで出陣した。 為政者として見逃すわけにはいかない」
「…………え?」
国王陛下を脅してまで出陣した?
始めて知る事実に、言葉をなくす。
いくらエヴァンが国王陛下の甥で、公爵家の嫡男であろうと王の最終決定に背いて言い訳がない。
それも個人的な理由で。
「……それは……どんな罰でも受ける。 でもアティは関係ない」
殿下の言葉がある程度想定内だったのか。
観念したようにエヴァンが息を吐き出した。
そんな。
エヴァンが罰を受けるなんて。
ならわたしも一緒に…………。
そう思って声をかけようとしたわたしより一瞬早く。
殿下はニシャリと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
周りの空気がまたガラッとかわる。
「うん、流石にいさぎがいいね。 じゃ、罰はその『正気とは思えないくらい恥ずかしい手紙』、ってことで」
そういって、殿下はわたしの手元をわかりやすく指し示した。
「は?」
「え?」
エヴァンとわたしの声が重なる。
罰がこの手紙?
でも王家に盾突いた罰にしてはそれは余りにも軽いんじゃあ?
「まあ本当は、命を懸けて国を救ってくれた英雄を褒めたたえたいところなんだけど。 王を脅した事実がある以上、なにかしらの罰を与えないわけにはいかないからね。 で、この『わたしなら死ねるレベルで恥ずかしい手紙』の出番、というわけだ」
くいくいと、殿下は楽しそうに喉を鳴らして笑いながら、わたしの手紙をまた指差した。
というか、殿下、ちょくちょく毒を吐いてきますね。
「なかなか(色々とヤバすぎて)面白い手紙だっただろう、アティ?」
いつもは『ルナマリン公爵令嬢』と呼ぶのに、こんな時だけ楽しそうに『アティ』と呼ぶだなんて。
これはあれね。
完全にエヴァンをかっているだけね。
楽しそうに笑う殿下とは対称的に、エヴァンの顔色がどんどん悪くなっていく。
「え…。 まさかアティ、それもう全部読んで……? っていうか、『アティ』って呼ぶなって言ってるよね?」
「んふふ。 もちろん、全て読破してもらった直後に訪室させてもらったよ、ね、『アティ』?」
エヴァンの言葉を無視して、殊更力を入れて『アティ』と呼ぶ殿下は、意外と人がわる……いえ、お茶目なのかもしれない。
わたしの顔を覗き込むようにして、にっこりと殿下が笑う。
とても美しいし、とても爽やかなのに。
その笑顔が、黒く見えるのはどうしてだろう。
「そうそう、エヴァン? 一つ助言なのだが。 宛名は普通に『アティへ』でいいのではないかな? 前に下手に文章をつけようとするから、おかしくなるのだ。 それから女性への手紙、それも仲直りを望む手紙であれば、まず最初に誠意ある謝罪の言葉を記すことをオススメする」
ええ、そうですね。
全くの正論です。
けれど殿下、エヴァンの機嫌が。
「……うるさいな。 いいからもう、用事がすんだなら出て行ってくれない?」
ジロリと殿下を睨むエヴァンの目は、かなり苛立っている。
流石に殺気までは出ていないけれど、軽い威圧くらいは漏れ出てると思う。
「ははは。 はいはい、邪魔者はさっさと退散しろってことかな? 了解了解。 『夢でうなされるくらい残念な手紙』も無事に『アティ』に渡せたしね」
殿下は一つも憶する事なく、爽やかな笑みを浮かべ。
ヒラヒラと右手を降りながら部屋から出て行った。
最後に「また今度一緒に面白い話でもしようね、『アティ』」と、エヴァンを煽る言葉を忘れずに言ってから。
「……………」
「……………」
そうして病室には、わたしとエヴァンの二人が取り残されたわけだけど。
なんだか微妙な空気で居心地が悪い。
エヴァンも不機嫌そうにそっぽ向いたまましゃべらないし。
「エヴァン、調子はどう?」
埒が開かないので、わたしから話しかけてみたけれど。
「…………。 …………。 …………。」
はいはい、無言ね。
これは一度出直した方がいいのかしら?
二、三日開けて来れば、また様子も変わってるでしょう。
「出直すわ」
そうして部屋から出ようとしたわたしに。
「っ!! は、話し合おう!」
エヴァンが血相を変えて言う。
「……………」
「……………は、話…あおう?」
さっきは無視したくせに。
ジトリとわざと睨みつければ。
エヴァンは伺うように、わたしを上目遣いに見上げてくる。
………これは、あれかしら。
何て答えようか頭の中で巡察した結果。
色々な言葉が却下になって、最終的に採用になったのが。
『話し合おう』?
この手紙のように?
「ぷっ」
納得した瞬間、思わず吹き出した。
だってわたしが知ってるエヴァンはいつだって、完璧で、作ったみたいな笑顔ばかりで。
その表情をいつか崩してみたくて挑みつづけたのに。
赤くなったり青くなったり。
なんだ、こんなに簡単に表情を崩せるんだ。
キュンとまた胸が高鳴った。
ねえ、エヴァン。
わたしどこかおかしいのよ。
どんなあなたもカッコイイし、かわいく見えるの。
だからもっと色々な顔をわたしに見せて。
そのために、ねえ。
「わかったわ。 じっくり話し合いましょう?」
「ところで、アティ。 そろそろ卒業前に君が言った『だいっきらい』、撤回してくれないかな?」
「あら、まだこだわってるの?」
「そ、そりゃあ…」
「そうよね。 こぉんなにたくさんの手紙を書いちゃうくらい悩んだんだもんね? ね、エヴァン?」
「…………君、性格が悪くなったんじゃない?」
「ふふ、冗談よ。 じゃあ、撤回はしないけど更新はしてあげる。 『エヴァン、だいっきらい……よりは、多少は好き、かもね』」
「…………やっぱり性格悪い……そんなところも好きだけど……」
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
拙い話だったかと思いますが、一生懸命かきました。
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最後になりましたが、皆様の健康を心からお祈りしております。




