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『あなたのことがずっとずっと好きだった』
長年認めることが出来なくて。
蓋をしつづけた思いは、一度口にした瞬間、止めどなくあふれ出した。
倒れたまま動かないエヴァンの首元に腕を差し入れ、その頭に頬を寄せる。
柔らかい猫っ毛が頬にあたってくすぐったい。
「大好きよ、エヴァン」
もう一度。
心から、うそ偽りないわたしの本心を告げれば。
ぴくりとわたしの腕の中、エヴァンの体が動いた。
「今の、言葉、は……本当?」
動いた?
そう思った瞬間、今度は声が聞こえた。
でもいつもみたいに、わたしをからかうような声じゃない。
とても弱々しくてかすれているけれど。
真剣で、どこか懇願するような声。
「エヴァン…?」
恐る恐る体を起こし、その顔を覗き込んでみれば。
長い睫毛をつけた瞼が、重そうにゆっくりと持ち上がっていって。
見とれるほど美しい黄金の瞳が現れた。
一度左右に揺れた瞳が、わたしを見つけて輝きを増す。
「ああ…。 僕はまた、都合のいい夢をみているのか……」
「エヴァン!?」
「!? エヴァン様? まさか本当に!? 息を吹き返した!? ……っ、きゅ、救護班、至急回復魔法! いや、だめだ、二人を引き離すな! この位置から魔法をかけろ!」
ラカン卿の指示と、それに応と答える騎士達の声の中。
弱々しくかすれた声が、わたしの耳に届く。
「アティ」と。
わたしの名を呼ぶエヴァンの声が。
「ねえ、アティ…? 今の、言葉は、本当、かなぁ……? もうこの際、夢、でも幻、でも、いい…から……どうか、嘘だなんて、言わないで、欲しい……」
「エヴァン……」
エヴァンが喋っている。
とても苦しそうだけど、ちゃんと呼吸をしている。
生きいてくれている。
「嘘だなんて、言わないわよ、馬鹿エヴァン」
ぶわっと、涙腺が馬鹿になったみたいに涙があふれ出た。
エヴァンの頬に、わたしが流した涙がぽつぽつと落ちていく。
傷に良くない。
わかっているけど、涙が抑えきれなかった。
状況がよくわかっていないのか、意識が朦朧としているのか。
いつもより少しだけ幼い表情をしたエヴァンが、そんなわたしの様子に不思議そうに目をしばたかせ。
「ねえ、これ、もらって、くれる?」
フルフルと震える手がわたしの目の前に差し出される。
傷だらけのその手に、それでも大事そうに握られていたのは、もう萎れかけたリコリスの花。
こんな状況でもエヴァンがわたしに贈ろうとしてくれた花。
「し……仕方ないから、もらってあげるわ」
もちろんよ、ありがとう。
本当はそう言いたかったのに。
長年培ってきた、エヴァンにだけは意地っ張りでかわいくない性格は、そう簡単には変えられなくて。
それでも『ありがとう』、と心からの思いを込めて花を受けとろうとしたのに。
「やっぱりやめた」
わたしが花を掴む寸前で、引っ込められてしまう。
気まずそうにわたしから視線を反らすエヴァン。
「……………」
へえ?
メラッ心の中で怒りの炎が燃え上がったのを自覚する。
やっぱりやめた、ですって?
そりゃかわいくなれないわたしも悪いけれど、よりにもよってこの場面で?
一体なんなのよ。
もしかして結局わたしをからかって楽しんでいただけ?
酷い。
やっぱりエヴァンなんて───。
大嫌い。
寸前のところで、その言葉を飲み込んだ。
これは絶対に言ってはいけない言葉。
以前ならともかく、わたしは今エヴァンが嫌いなんかじゃない。
だから言わない。
でもやっぱり初めて贈られた花を引っ込められたのはショックで。
そこまで思って。
わたしの腕に抱かれたまま、気まずそうに視線を反らしているエヴァンの様子が気になった。
作ったような表情でも、ましてやわたしをからかうような表情でもない。
泣きそうな顔。
どうしてそんな顔をしているのかわからない。
だから。
「ねえ、エヴァン? その花、どうしてダメなの?」
素直に聞いてみた。
わたしの言葉を受けて。
一瞬だけ何かを考え込んだエヴァンの表情が、また苦しそうに歪む。
「だって、もう萎れかけてる……」
耳を寄せないとわからないような、かすれて弱々しい声。
それでもエヴァンは、わたしの問い掛けに一生懸命答えてくれる。
「それに、リコリスの花は、あまり贈り物には、向かない。 初めてアティに贈る花、なのに……」
きっと今のエヴァンは意識が朦朧としていて、普通じゃない。
いつものエヴァンなら、絶対にこんなかわいいこと言わない。
でも、極限まで弱っているからこそ、それでも告げられる言葉は本心なのだと思う。
「ううん、それがいいの。 贈ってくれるんでしょう?」
「…………うん」
傷だらけのエヴァンの手から花を受けとった瞬間、今までに感じたことのない多幸感が混み上がった。
好きな人に好きな花を贈ってもらう。
それがこんなにも幸せなことだなんて知らなかった。
感激のあまり自然と顔が綻んだ。
そのわたしの緩んだ顔を見て。
「かわいい」
エヴァンがまた有り得ないことを言う。
かわいい?
エヴァンに面と向かってそんなことをいわれたのは、もちろん初めてで。
ぶわっと顔に熱が集中したのを自覚する。
これはなんて返事をするべきなの?
『当然でしょ』とか?
『あなたにいわれても嬉しくないわ』とか?
いいえ、こんな可愛いげのない返しじゃダメよ。
でも、何て答えていいかわからない。
あたふたと挙動不審な動きを繰り返すしか出来ないわたしに。
エヴァンは楽しそうに喉を鳴らして笑って。
そして。
「ねえ、アティ? 僕と結婚してくれないかな?」
もっと有り得ないことを言った。




