6-4・トモの噂
この世界の内地には、帝都、東西南北の4都市と、それぞれの町の中継点になる4つの大きな村、帝都と東西南北の都市を中継する宿場、他にも点在する小さな村は幾つかあるだろう。楽に移動する為の手段が必要だ。
「馬車が欲しいな!」
「いいね!女子には馬車に乗ってもらって、男子は徒歩だね」
「源は気が早いなぁ~。それは、馬車を手に入れてから考えよう!」
「可愛い幌を被った馬車が良いなぁ!」
満場一致で決まったので、宿屋のオーナーに「この村のどこに行けば馬車を購入できるか?」を聞いてみる。
「馬車工はこの村に2軒。馬売りなら村の入口付近で3軒ある。
今の調子で贅沢をせずに300~400日くらい稼げば、
安物くらいは買えるんじゃねえか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高っ!」
いきなり暗礁に乗り上げた。安藤さんに生活費を維持してもらって、僕と柴田くんと真田さんと綿本さんで休日無しで働いて、衣類は最低限で我慢して(服1つで一日の総収入の3~5割が吹っ飛ぶ)・・・数日程度なら我慢できるけど、数百日は無理です。
安物の馬車に何人乗れるのか?素人でも馬を操れるのか?それすら解らない。
「1年近く働くのはキツいな」
仲間が増えたら、当然、馬車も増やさなければならない。
「難易度の高い依頼を受けて報酬を上げるにしても、俺達だけでは限度がある。
今の倍の稼ぎにするのは無理だな」
「真田と綿本が体を売れば、今の数倍は稼げるんじゃね?」
「・・・安藤さん?」
「絶対イヤ!」
「安藤、冗談でも起こるよ!」
「安藤・・・それは、ありえねーだろ。」
言うまでもなく、女子達に売春をやらせる気は無い。
「どうする?馬車、あきらめる?」
「徒歩で旅するしかないかなぁ~?」
「徒歩だと『行ったけどハズレ』は避けたいな。
なぁ、目黒。オマエの富醒で探知できてるヤツ、他にはいないのか?」
「俺の探知力は、今のところ半径10㎞くらいだ。
この町で探知できたのは、君達5人だけ。
次の町に行かなきゃ、探すことはできないな」
「使えねーな」
「いやいや、充分使えるでしょ」
「だけど、チョット信じられない噂は、1つ耳にした。
西の都市・セイで派手に知名度を上げてるヤツがいるってさ」
噂の主は、凄まじい富醒を見せつけて、数日前に西の公爵・ディーブ・ホーマンに才能を買われ、「西の英雄」と呼ばれる秘境者らしい。
「あたし達が、本を買えず、服1枚買うのに苦労してるってのに、凄い差だね」
「誰だよソイツ?フミヤかコウジあたりか?」
フミヤってのは、クラスで一番存在感のある藤原史弥くんのこと。コウジは藤原グループで№2の近藤浩二くんね。
「それなら俺も納得できるんだけどさ・・・
西の英雄は『チート』と名乗ってるらしい」
チートは、僕以外のクラスの男子と、藤原グループの女子が使う智人の渾名だ。
「チートって・・・まさかねぇ」
「あの徳川智人くんのこと?」
「ありえね~って。
俺達の知ってる徳川は、英雄とは真反対・・・だよな」
「まぁ、あくまでも噂・・・だけどな」
「あんなカス、この世界に来たって野垂れ死に以外の選択肢ねーだろ」
「安藤、それちょっと言い過ぎ」
仲間達は噂の否定をしているが、僕の耳には入っていない。僕は、「西の都市・セイ」って地名と「チート」の名を聞いた瞬間から、魔法の地図に見入っていた。
今いるペイイスの村からセイの町までは、直線距離で90㎞を超える。強行すれば1日で行けるし、2日かければ余裕のある旅ができる。ただし、あくまでも「平らな道」を前提にしたスケジュール。森や山や川があるかもしれない。それに、安全な道は、都市を繋ぐ街道だけ。どんなモンスターに遭遇するか解らない“道無き道”を進むのは怖い。
そうなると、ペイイスの村から、北西に向かってノスの町へ、それから南西に向かってウェスホクの村を経由してセイの町に行く。合計で120㎞の移動距離になるけど、安全な街道を使って町や村で休息できる。1日40㎞を歩いて3日でセイの町に到着できる。
「あの・・・僕、西の英雄・チートに会いに行きたい」
僕が顔を上げて提案すると、仲間全員が呆れ顔をした。
「オマエ・・・今の俺達の話、どう聞いてた?」
「ゴメン、聞いてなかった」
「英雄チートが俺達の知ってるチートなら、合流すれば不協和音になる。
今のタイミングでは会うべきじゃないって話してたんだぞ」
「え?なんで?それ、ひどくない?」
柴田くんの言い分には驚いた。智人は僕の親友。智人は良い奴。なんで、みんなが敬遠してるのか、僕には理解できない。
「源って、チートの人間性、理解してねーの?
チートが英雄扱いされてんのは想像しにくいけど、
スゲー富醒を獲得してイキって英雄面してたとしても、
なんも不思議じゃないぞ」
目黒くんが智人を小バカにする。僕は、目黒くんが智人を嫌っていることを知っている。
「智人はそんな奴じゃないよ!」
「尊人くんがそんな言い方すんの珍しいね」
「源さぁ・・・なんで藤原がアイツを相手にしてねーか、
遠藤や加藤が露骨に見下してるか・・・知らねーのか!?」
安藤さんが、智人のイジメを正当化している。そんなの許せるわけが無い。
「智人をいじめてる人達の気持ちなんて、解りたくもない!」
「尊人くん、ちょっと落ち着こうよ。
安藤、言い方にトゲが有り過ぎ」
「源君、アイツと一緒にいてイラッとこないの?」
智人と同じ中学校出身の綿本さんまで悪口を言う。
「そりゃ、時々、イラッとすることあるけどさ!
だからって、そんなんで嫌いになんてならないよっ!」
「綿本は、また一言余計だって」
「アイツって、力に溺れるタイプだぞ。
なんも努力しないのに、見栄っ張りで、口ばっかり達者でさ。
だから、オマエ以外のクラスのみんなから総スカン食らってんだ」
柴田くんまで、智人の仲間外れを主張する。
「いい加減にしてよ!智人は僕の友達だよ!悪く言わないでよ!」
「チートからは『丁度良い格下』って思われてんの、気付けよ!」
「何言ってんの、柴田くん。そんなわけ無いじゃん。
智人が優しいの知らないくせに、解ったみたいなこと言わないでよ」
「オマエ、お人好しすぎるぞ!俺は源の為を思って言ってんだ!」
「尊人くん、顔ちょっと怖い。
俊一くん、その正義感の押しつけ、悪いクセだよ。
2人とも、もう少し冷静に話しなよ」
友達の悪口言われてるのに、ニコニコして聞き流すなんて、僕にはできない。柴田くんは、目黒くんや安藤さんとは違うと思ってた。ここ数日で仲良くなれていたのに、柴田くんがそんな言い方をするのは凄く残念だ。
「もう良いよっ!なら、僕だけで良い!
僕1人で智人のところに行くっ!!」
異世界での一人旅がどれほど危険か・・・頭に血が上っていた僕には、そこまで考慮する余裕は無かった。