3-3・黒い騎士
僕よりも歳上。20歳くらいかな?銀髪の黒騎士は、馬から下りて破壊された小屋を見て廻る。
「この破壊力・・・トロールに襲撃されたようだな。
オマエは、良く無事で済んだな」
無事に決まっている。だって僕はトロールってのには遭遇していない。来た時には、もうこうなっていた。
「あちらには少女の遺体は1つ。オマエと同じような服を着ていた」
「えっ?」
やっと声が出た。麻痺状態だった脳に血が通う・・・を通り越して血が上る。
「どんな女の子ですか!?」
「ロングヘアの少女だ」
櫻花ちゃんかもしれない。
「どっちですか!?」
黒騎士が指で示した方に向かおうとしたら止められた。
「行くな。見るべきではない」
そんなに酷い状況ってこと?数秒ほど躊躇う。だけど、櫻花ちゃんかどうか確かめたい。櫻花ちゃんみたいな凄い子でもダメだったなら、僕がダメでも仕方が無い。
「見ないことが『亡き友の為』ということもある。
死者を弔いたい気持ちは理解するが、
此処は生有る物が立ち止まって良い場所では無い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・でも」
「亡骸はやがて天に帰る。友の為に祈って、別れを告げて、それで終わらせろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
確認したいけど、そう言われると確認するのが怖い。
「乗れ。近くの人里まで送ろう」
黒騎士は馬に跨がり、僕に向けて手を差し出してきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
僕は、先生の剣を背中に縛り付けて、盾と地図を持って、引っ張ってもらって後ろに乗る。手綱を引かれた馬が歩き出した。
「俺はオブシディア騎士団のブラーク。・・・オマエは?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「名くらい有るのだろう?名乗る気が無いなら、秘境者と呼んでも構わないか?」
何も卑怯なことをしていないのに、ヒキョー者と呼ばれるのは嫌だ。
「源・・・尊人・・・です。」
「ミコトと呼んで差し支え無いか?」
「はい・・・源でも・・・尊人でも・・・どっちでも良いです」
今川くんと鰐淵くんの肉体はもう無い。馬上から今川くん達の所持品を見詰め、心の中でお別れを告げる。
多数決で「戻る」になれば、みんな戻れるから・・・僕は「戻る」に賛成するから・・・それまで待っていて。
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ブラークさんと僕を乗せた馬が、小川沿いの道を進む。
少し気持ちに余裕が出てきたからかな?さっきまでは「邪魔な遮蔽物」としか思えなかった草木が青々と見える。この世界の植物と現実世界の植物は同じなのかな?「同じような形をしてる」とは思うけど、植物を注意深く見たことが無かったからよく解らない。
「飲むか?美味くはないが、水分は必要だ」
ブラークさんが、馬に括り付けた袋から水筒を出して手渡してくれた。緊張の連続で感じている余裕は無かったけど、気が付けば喉はカラカラ。そう言えば、この世界に来てから何も口に入れていない。
「ありがとうございます」
蓋を開けて覗き込んだら、ちょっと白く濁った水だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわぁ」
直ぐ脇を流れている小川の水の方が綺麗なのではないだろうか?
「安心しろ。澄んではいないが、魔法で病原体の類いは取り除いてある」
あんまり飲みたくないんだけど、喉の渇きには勝てなくて一口飲む。美味しくはない・・・が、ようやく体内が潤った感じがする。
「魔法の水・・・ですか?」
「町で食事に使う水は熱する。
だが携帯をする水は、病原体が湧かぬように魔力で精製するのだ」
ちょっと考えた。現実世界の青い靄(出ちゃダメな範囲)には廊下の水飲み場も含まれていた。リターンで戻って、水をいっぱい持って戻ってきて“精製水”として売ったら、みんな買ってくれるのではないか?でも、ポリタンク(20ℓ)いっぱいに水を溜めるのに5分かかったとして、こっちの世界では4~5時間が経過する。ポリタンク1つ分の水を売るのに、4~5時間に該当する時給は得られるのだろうか?・・・てかダメだ。ポリタンクが無い。ちょっと「良い事を思い付いちゃった」と思ったけど、楽して儲けるなんて難しいのだ。そもそも論として、この世界に永住する行きが無いから、稼いでも意味が無い。
「里に着いたら、先ず服を替えろ」
言われてブレザーを確認したら、穴だらけ&あちこちに血が付いていた。勇敢に戦った証ではない。道無き道を進んだ時の掠り傷と、先生やクラスメイトに触れた時に着いた血だ。
「さすがに、この服じゃみっともないですね」
「そうではない。『一見で秘境者と見抜かれない格好をしろ』と言ったのだ」
「ああ・・・そっか。確かに、ヒキョー者呼ばわりは気分が悪いですね」
この国は、帝皇カイーライ・アングが頂点に立つ国。帝都テーレベールを中心に、北の都市・ノス、南の都市・サウザン、東の都市・アーズマ、西の都市・セイを諸侯が治めている。東西南北にある都市の役割は、帝都の守備、及び、外側の開拓。
「各都市の内側にモンスターが居るのに、外側を開拓するんですか?」
「内地のモンスター程度なら、剣と魔法を使える者なら自己防衛くらいはできる。
各都市を繋ぐ街道は結界で防衛されて強いモンスターは近付けない為、
非力な者でも安全に行き来できる」
「ずっと森の中を彷徨っていました」
森に入らず、地図を見て、さっさと街道に出るのが正解だったらしい。でもそれなら、力石先生や石田くん達は、なんで街道から外れた危険な場所に居た?
「腕に覚えが有る者や、俺のような騎士ならば、
内地のモンスターなど楽に倒せる」
東西南北の都市を治める諸侯は、それぞれが軍隊を持ち、且つ、屈強な騎士団を抱えている。また、腕に覚えが有る者は冒険者と呼ばれ、国や民間の依頼を受けて報酬を得ている。
「・・・・ゲームの世界みたい」
平時の騎士団の役割は、主の護衛、内地のパトロール、及び、外地探索。護衛した職人が砦を作り、その砦を起点にして更なる探索をする。外地にはまだ見ぬ資源やモンスターが存在する。モンスターの皮や爪は武器になる。肉は食料になる。何よりも、外部探索の成果は、騎士団の強さの証になる。熟練度の高い冒険者も、富と名誉を求めて外部を目指す。
「ブラークさんも探索に行くんですか?」
「無論だ・・・が、各騎士団の任務が外地探索のみで、
手柄自慢をしていれば平和なのだがな」
現在、帝国では諸侯による水面下の政権争い発生している。外地探索よりも政治の主導権争いが優先の状態。
「騎士団が力を行使すれば、正面からの武力衝突になる。
騎士団や冒険者とは違う能力・・・
使い方次第では、騎士団や冒険者を越える特殊な才能の持ち主・・・
各諸侯は、その力を求めるようになった」
「どういうことですか?それってもしかして・・・」
「秘境者が持つ富醒。
成長をすれば騎士団や冒険者を越える可能性を秘めた者達。
諸侯による秘境者狩りは、既に始まっている」
なるほど、確かにブレザー姿のまんまじゃ「特殊能力持ち」が看板をブラ下げて歩いているような状態だ。「転移者と見抜かれない格好をしろ」と言うアドバイスの意味が理解できた。