2-5・リターン
戻ってきた場所は同じなんだけど、さっきまでとは違って夕暮れが迫っている。
「あくまでも俺の体感だが・・・」
先生が実体験を元にして説明してくれる。
モーソーワールドの時間の進行は、現実世界の50~60倍。リターンで現実世界に行って1分経過して戻って来ると、モーソーワールドでは1時間くらい経過している。
「時計が無いから正確な時間経過は解らないがな」
時間経過の誤差を体感できるのは、リターンの干渉下に有る者のみ。
基本的には、モーソーワールドで日数が経過をしても、現実世界の時間は動かない。つまり、仮死状態のまま維持される。
ただし、リターンで戻った人が有効範囲(青い靄)の外に出た時点で、時間停止は解除される。その場合、モーソーワールドに残った者達がどうなるかは不明(さすがに試せない)だが、モーソーワールドからの帰還をしていないので、目覚めることは無いと想定される。穏やかな仮死状態なら医療で進行を抑えることが可能だろうが、瀕死の者は確実に死のカウントダウンが始まる。
「つまり、俺の富醒は、自分だけが助かり、他の者を見捨てるスキルなんだ」
青い靄の範囲は、横並びの3つの教室と面する廊下。学級閉鎖の影響で補習をしていた38人と先生、隣の教室で補習を受けていた6人と先生、追試で集められた4人と先生、計51人が隕石の衝突に巻き込まれて、青い靄の中で仮死状態になっている。
「転移をした直後は、全員と合流して纏めてリターンで帰還することを考えた。
だが、犠牲者が出てしまった今となっては、
『可能な限り生存者を集めて帰る』は最後の手段だ」
全員が助かる手段は、多数決制による帰還のみ。
(先生、なんか格好良い)
僕は「リターンの所持者が先生で良かった」と思った。先生が生徒のことを優先に考えてくれなかったり、身勝手な人がリターンを得ていたら、僕達は異世界に取り残されていたかもしれない。
「あ・・・あの・・・
異世界に何日いても現実の時間は動かないってどういう意味ですか?」
「試してみれば解る。
リターンを貸してやるから、今度はオマエ一人で行ってこい」
「えっ?マジでっ!?」
「オマエの富醒が、状況打破にどれくらい役立つか、確認しておきたいんだ」
「わ、わかりました。やってみます」
「帰還した途端に、全員を見捨てて靄の外に出るのだけは勘弁してくれよな」
「あ、当たり前ですよ。先生、恐ろしいことを言わないでください」
先生が「富醒を貸す」と明言して、僕はさっきと同じようにレンタルしたリターンを発動させる。先生が発動させた光穴は直径5mくらいあって10人くらいは同時に通れそうだったけど、僕が発動すると直径1mくらいで僕1人が屈んで入るのがやっとだ。
「俺が初めて富醒を発動させた時は、直径2mくらいの光穴が出現したんだがな」
先生と僕の熟練度が違いすぎる所為もあるんだろうけど、きっと「僕が使うと効果が1/3」ってのが枷になっているんだろうな。
「行ってきますね」
光穴に入ると、さっきと同じように周囲がホワイトアウトをする。
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僕は廊下側の壁を背凭れにして座っていた。真田さんが僕の上に覆い被さっている。さっき来た時、先生から「この光景を覚えておけ」と言われた。隕石が教室にメリ込んでる感じと、みんなが倒れている状況(覚えてる範囲)は、さっきと一緒。青い靄も同じ。真田さんが穏やかに眠ってる感じと鼓動が聞こえるのも同じ。
さっきと違って、黒板の下で力石先生が倒れている。
「ああ・・・なるほど、そういうことか」
現実世界の時間は動かない。さっき現実世界で経過させた数分は無かったことになって、隕石が衝突した直後に戻っている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えぇっ!!」
真田さんのスカートが捲れて黒いパンツが見えている。さっきはそこまで見ている余裕が無かったから、一緒かどうか解らない。なんか恥ずかしい。目のやり場に困るから、捲れてるスカートを直しておく。
「青い靄の外に出なければ、瀕死になっても死なずに済む・・・
多数決で異世界から解放されれば、みんな助かるんだ」
ここと異世界では時間経過が違う。早く戻るべきなんだけど、ちょっと気になる事が有るので確かめたい。
申し訳ないと思いながら真田さんを退かして、周囲を見廻す。
「いたっ!」
智人と櫻花ちゃん、どっちも穏やかな仮死状態だ。
「良かった。ちゃんと、異世界で元気にしてる」
他の人が瀕死になっても良いってワケじゃないけど、僕にとって2人だけは特別なんだ。安心をした僕は、先生を真似て「異世界に戻る」をイメージしながらフィンガースナップをした。
途端に周囲がホワイトアウトをする。
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「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
目の前が拓け、力石先生が血まみれになって倒れている。
「先生っ!」
駆け寄って体を揺すりながら名前を呼んだけど、先生は動かない。息をしていない。
「嘘でしょ?先生っ!!」
僕が現実世界にいた間、異世界では50~60倍の時間が経過した。その間に先生が戦って死んじゃった。
「力石先生っっっっっっ!!!!!」
先生の体が白い靄に包まれて、キラキラと輝きながら消滅していく。これが、この世界での「死」?僕は先生から“触れている質感”が失われていくのを呆然と眺めていることしかできない。
「ガルルルルルッ!」
背後から気持ちの悪い声が聞こえた。
「へっ?」
振り返って理解した。ゴブリン2匹と、大人サイズのゴブリン=ホブゴブリンが1匹・・・僕を睨んでいる。先生の死を悲しむ余裕すら与えてもらえない。
さっき逃げたゴブリンが親分を呼んできた?僕が現実世界でマゴマゴしていた所為で、先生は動くに動けなくて、ここで戦って敗北した?
「先生・・・ごめんなさい」
先生の死に直面した怖さ、モンスターへの恐怖より、僕自身とモンスターに対する怒りが先立つ。
「剣・・・貸してください」
先生の剣は、僕が捨てた剣よりも立派な装飾があって綺麗な形をしている。きっと、この世界に来て色々苦労してお金を貯めて買った剣だ。
「仇は討ちます!」
僕は涙を拭い、先生の剣を握り締めて立ち上がり、モンスター共を睨み付ける!
担任教師【力石倫太郎】・・・脱落
出席番号22番【二宮新斗】&出席番号26番【橋本元】・・・人知れず脱落
序盤は、主人公は異世界に馴染めずに、動揺しまくりヘタレまくります。