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episode1 変な女

 *

 蒸し暑い夜だった。

 喉がカラカラに渇いていた片桐風子かたぎりふうこは、枕元に置いたスマートフォンを手に取った。


「もう夜中の二時なんだ…雨降ってるのかな?」


 前日テレビで見た天気予報で「未明から明日の昼頃まで全国的に雨が降り、所により雷が伴うでしょう」と言っていた。

 風子は台所まで行き冷蔵庫を開けると、まだ半分は入っている一リットルの冷えた水のペットボトルを取り出す。


「コップ洗うの面倒だしこのまま飲んじゃえ」


 突然外からゴロゴロゴロロロロ!ともの凄い音が鳴ると次の瞬間、居間のカーテンの隙間からピカッと光が漏れ入ってきた。


「え!?…雷…かな?」


 ペットボトルをテーブルの上に置いた。

 風子は窓際まで行きカーテンを半分開けると、やはり外は雨が降っている。そしてアパートの二階から空を見上げると、ピカピカとヒカリ今にもまた雷が鳴りそうだ。


「雷苦手なんだよな…今のうちにサッサと寝ちゃおう」


 カーテンに手をかけた時だった、何かが見えた気がした。

 気のせいだろうと思いたかったが、風子は一度気になると確認したくなる性分なのだ。窓から下を覗くと、道沿いに沿って設置された街灯に照らされて、その姿が見えた。白装束を着た二人が歩いているのを見た風子は、恐ろしさで息をのんだ。

 その中の一人が突然顔を上げ風子と目が合ったとたん、背中まで伸びた真っ黒な長い髪を振り乱し、手には大きな出刃包丁を持って風子のアパートに入って来た。恐怖のあまり風子は、水のペットボトルをテーブルの上に置いた事を忘れまたまま走ってベットに行った。布団をかぶり目をつぶったが、頭の中で考えてしまう。


(あの白装束は私を迎えに来た村の奴らなのだろうか?嫌!帰りたくない!でも逆らえば殺される!)

 

すると突然風子の家の鍵が、ガチャっと開く音がした。



 二ヶ月後…

 白衣を着た新田寮斗にったりょうとが突然言い出した。


「人生に革命を感じた事ってあるかね?」

「はい?朝から何です突然。あっ先生もコーヒー飲みます?」


 新田の身の回りの世話をしている石川日向いしかわひなたは職場で朝からコーヒーを入れて飲むのがルーティンになっている。

 経費で落とせることを良いことに、値段が高い普段飲めないコーヒーを日向は買って来ているのだ。


「石川さんは何て答える?」

「何をです?」

「だから人生に革命を感じた事ってあるかね?って訊かれたら石川さんならなんて答える?」


 う〜ん…と考えながら淹れたてのコーヒーの香りを嗅ぐと、朝から雨でテンションが上がらない気分もリフレッシュする。

 お店で飲めば一杯900円以上はすると思われるコーヒー豆に拘って、私自身を甘やかしてあげるのも新田とうまくやっていける秘訣の一つと考える。

 新田のアシスタントをしていた日向の友達、成宮彰人なりみやあきとが「新田先生の身の回りの世話のアルバイトをしない?」と声をかけられ新田先生の漫画のファンだった石川は即引き受けた。

 初めて新田の家に行った日、驚くほど家の中はぐちゃぐちゃで、台所は食事の食べ残しや使った食器はそのまま放置し、しかも新田の服や下着や靴下が床に散らばっていた。

 新田は漫画を描くこと意外は本気で何も出来ない男だったのだ。

 しかし新田の絵や漫画の才能は、惚れ惚れしてしまうほど魅力的だった。

 なのでその日から日向はそのままずるずると新田の身の回りの世話をしている。

 ストレスは溜まるが、このコーヒーを飲むことだけが生き甲斐になっている。

 日向は新田専用のカップにコーヒーを入れ、机の上に置きながら言った。


「はい先生コーヒーどうぞ、そうですね〜人生に革命ですか…ところでその聞かれた内容と白衣を着ている意味って何かあるんですか?」

「なりきりだよ!今回の漫画はね何の変哲もない大学生が、教授に言われるんだよ『君は人生に革命を感じた事はあるかね?』って。そしたらその生徒はその言葉にハッと心を動かされて俺の人生はこのままじゃいけないと気づいて音楽家を目指すことになっていくって内容なんだ」

「大学の教授だから白衣なんですか?」


 新田は少し恥ずかしそうに白衣を脱ぎながら言った。


「なんとなくだよ…大学教授っぽいだろう」


 突然インターホンが鳴った。

 新田の言葉に日向は首を傾げてから傾げながら「先生私出ます」と言って玄関に行った。

 日向はドアの前でどちら様ですか?と訊ねると、「警察署の者ですが少しお話きかせていただけませんか?」と言われた。


「ちょっと待って下さい!」


 慌てて新田の元へ駆け足で行った。

 机の上のパソコンに向かってプロットを打っている新田は、回転椅子に座る体が突然クルッと勢いよく日向の方に向けられると、顔を近づけて日向は言った。


「先生!何かやったんですか!?警察の人が話ききたいって来てますよ!」

「ちょっと顔が近いよ石川さん。僕は何もしていないしその警察って恐らく…」


 新田は顔を赤らめていた。


 *


 石川日向はムスッとした表情で、来客用の長椅子に座る星野明希ほしのあきの目の前の机の上にどうぞと言いながらコーヒーカップを置いた。


「警察だなんて仰るからびっくりしました…」

「驚かせてしまって本当にすまなかった、新田だと思ってふざけて言ってしまったんだ」


 星野は座ったまま頭を下げた。

 もういいですからと言って、星野の向かいの長椅子に座る新田に向かって日向は訊いた。


「でも先生の同級生に探偵の方がいらしたなんて初耳ですよ」

「僕の知り合いに探偵がいるだなんて日常会話で言わないだろう」

「まぁ、そうですけど」


 星野はカップを手に取り一口コーヒーを飲むと話し始めた。


「俺が中学二年の時だった。新入生の一年が柔道部に入部してきた。その中に新田がいたんだ。でも俺達は初対面ではなくてさ、お互い小さい頃から同じ柔道の道場に通ってたんだ。でも道場ではお互い顔は知っていたけどあまり話をした記憶はなかった。だから同じ中学だったって事に驚いたよ。そこから段々俺と新田は仲良くなっていったんだ。だけど、いつの間にか俺は探偵業をやり新田は漫画家になってるだなんて、あの頃は微塵も考えなかったよな」


 今の話を聞いて日向は納得した。

 一見、新田の体は細く見えるが、しかし実はいがいに筋肉がついていて力がある。

 過去にこんな事があった……

 朝からシャワーを浴びていた新田が、腰にバスタオルを巻いて上半身裸のまま浴室から出て来た事があった。

 日向は驚いて「ちょっと先生!服着てください!」と言いながら両手で顔を覆ったが、指の隙間から新田の意外に肩幅の大きな体がチラチラと《《見えてしまった》》。

 それに前いた、美央みおちゃんという先生のアシスタントをしていた大学生の女の子が、具合が悪いのに一生懸命背景を描いていると、体が限界だったのか倒れて椅子から落ちてしまった事があった。

 その時、新田は他のアシスタント達に「皆は手を止めないでそのまま作業していていいよ」と言って、美央ちゃんをヒョイと抱きかかえると、長椅子まで運んで寝かせていた事を日向は思い出していた。

 星野はコーヒーを全部飲み終えると笑いながら言う。


「そう言えば俺思い出したぞ!お前さ中学二年の時、美術の授業で俺らの住んでる街の絵を描いて大賞取ったよな!?その絵が役所やスーパーや病院やあっちこっちポスターになって暫く貼られてたの憶えてるか?」


 新田は照れくさそうに「そうだったか?」と知らないふりをした。


「新田は元々絵の才能があったんだろうな~」

「もういいって星野そんな昔の話」

「いいじゃねーか、俺が人を褒めるなんてレアだぞ!?」


 星野は胸ポケットから煙草とライターを出した。

 そして煙草を口に咥えて火を点けてから日向に訊いた。


「そう言えばここで煙草吸っていいかい?えっとー…名前聞いてなかったね」

「石川日向です。どうぞアシスタントの方達も数人タバコ吸いますから、気にしないで大丈夫ですよ。今灰皿お持ちしますね」


 クルリと後ろに振り返った石川日向は笑顔から真顔になると、先に訊いてから吸いなさいよと心の中で思った。


 

新田亮斗にったりょうと 星野が煙草の煙を吐きだすたび日向は咽そうになっていた。

 煙が苦手だと知っている新田は、日向の姿を横目で見ると立ち上がる。そして窓辺に向かいながら星野に言った。


「ところで、今日ただ僕に会うために来たわけじゃないんだろう?」


 太陽の日差しが眩しく、目を細めながらガラガラと窓を開けて新田は振り返る。

 察しがいいなと心の中で思ったが、星野は黙ってた。

 新田は「守秘義務かな?」と言いながら星野の向かいの長椅子に戻って座る。

 暫く沈黙が続き煙を勢いよく吐くと、星野は吸殻を灰皿に押し付けた。


「お前さ人間が突然消える事ってあると思うか?」


 新田と石川は顔を見合わせた。


「夢か何かの話をしているのか?」

「そう言えば先生と同じ時期にデビューしたほらお名前何って言いましたっけ?」

影浦大和かげうらやまと先生?」

「そうそう!その影浦先生が以前連載してた漫画で、人が突然消えた!って話の漫画描いてましたよね?」

「そう言えばあったね。変わった内容の漫画で面白かったけど、結局最後は未知の生き物の仕業で人が消えたって内容の結末だったけど、最後の終わり方が僕的にう~んって感じだったんだよな」


 石川は大きく頷く。


「わかります!私も途中まではこの先どうなっていくのかな〜?って楽しみで読んでいたけど、途中から読者が入り込んでいけない世界観になっていきましたよね〜」

「確かに…でも影浦先生の発想は独特な感じだから、好きな人にはささる世界観だよ」

「彰人は絶対好きな世界観ですね!いつも宇宙人だのUFOだの未知の生物だのって言ってますもん」

「そうだね、成宮君と言う独特なジャンルの人間がすぐそばにいた事忘れていたよ」


 星野は苛立った様子で頭をクシャクシャと掻きながら言った。


「これは漫画の話とかじゃなくてだな!」


 日向は目をキラキラさせている。


「俺の知り合いの話なんだけど…一週間前に変な女から電話がかかってきたんだ」


「変な女?」新田と日向は同時に言った。



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