いじめられっ子の呪いと、人がこの世に生きる意味
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小学六年生の二学期が始まってすぐ、席替えで初めてコタロウと隣同士になった。
彼は物静かで目立たない、おとなしいタイプの男子だった。
それまで一度も話したことがなかったが、初めて彼に声をかけたのは、コタロウとカツノリが大喧嘩をした日だった。
その日、体育のドッヂボールでカツノリが至近距離から思い切りコタロウの顔にボールを当てたのだ。
コタロウは激怒し、カツノリに掴みかかり、授業中にも関わらず二人の大喧嘩が始まった。
カツノリは裕福な家庭で育ち、栄養が良かったせいか体格も良く、あっという間にコタロウは投げ飛ばされ、馬乗りにされてしまった。
先生や周りの友達が慌てて止めに入り、なんとか喧嘩は収まったが、授業は中断され、全員教室へ戻された。
結局、先に手を出したコタロウが悪いということで、彼が責められることになった。
教室に戻り、ぼくは顔を赤く晴らしたコタロウに声をかけた。
「顔、大丈夫?」
コタロウは顔にボールを当てられ、カツノリに投げ飛ばされ、さらに先生に叱られたにもかかわらず、涙一つ見せなかった。
そういえば、彼が泣く姿を一度も見たことがなかった。
「顔を狙ったカツノリが悪いのにな」
と僕が同情すると、コタロウは思いがけない返事をした。
「別にいいよ、どうせ、あいつ死ぬんだから」
「えぇっ?」
僕はその言葉を聞いて、命がけの決闘でもするつもりなのかと思ったが、その時は深く考えなかった。
ーーー
それから三ヶ月が過ぎたクリスマスの日、コタロウの言葉通り、カツノリが交通事故で亡くなった。
自転車で横断歩道を渡っていたカツノリにダンプカーが赤信号で突っ込み、即死だったらしい。
冬休み明けに担任からその報告があったとき、三ヶ月前のコタロウの言葉を思い出し、僕は彼を問いただした。
「どうしてわかった? 教えてよ」
「何が?」
「何がって、カツノリが死ぬってことだよ」
「知らないよ……」
コタロウはカツノリの死について何も語らなかった。
僕は黙っている彼に腹が立ち、適当な濡れ衣を着せてみた。
「お前が車道に突き飛ばしたんだろ?」
「ちがうよ」
「あ、わかったぞ。呪いとかかけたんだろ?」
「そんなわけないだろう」
「じゃあ、なんで死ぬってわかったか教えろよ!」
「知らないよ」
結局、彼は何も答えなかったので、僕は腹いせに周りの友達にコタロウがカツノリを呪い殺したと言いふらした。
その噂は学年中に広まり、いつの間にか彼は「呪いの人」と呼ばれていじられるようになってしまった。
ここまで悪い噂が広まるとは思わず、さすがに謝ろうと思ったこともあったが、三学期の席替えで席が離れてその機会を逃してしまった。
ーーー
時が流れ、ぼくが二十歳になった頃、小学校時代の同窓会が開かれた。
幼かった同級生たちは立派な大人になった様子だったが、担任のフクダ先生だけは昔のままだった。
先生は五十代後半になり、今年は校長に出世。悟ったような顔で自慢話を繰り広げていた。
二十一時を過ぎ、同窓会はお開きとなり、僕たちは先生を囲んで駅まで歩いた。
夜道を談笑しながら歩く中、先生が交通事故で亡くなったカツノリの思い出話を始めた。
その話のおかげで、一緒に帰宅する輪の中にコタロウがいることに今更ながら気がついた。
彼はあの頃と変わらず、静かで目立つこともなく、また、自分から話すこともなく、周りの話をただ聞いているだけだった。
僕はふと、コタロウにあだ名をつけたことを思い出した。
「ようコタロウ、元気だったか」
「うん、まあな……」
「あの時はごめんな、呪いの人とか、変なあだ名つけちゃって」
「えっ、そんなこと、忘れてたよ……」
思いのほか彼が気にしていなかったようなので、ついあの時と同じ質問をしてしまった。
「ところで、どうしてカツノリが事故で死ぬってわかったんだ?」
やはりこの質問になると、彼は黙ってしまった。
僕も当時のように追及する気はなかったので、話題を変えようとしたその時だった。
「なんとなく、わかるんだよ」
「えっ? わかるって何……」
コタロウは僕の言葉を遮って意味ありげにつぶやいた。
「フクダ先生も死ぬよ……」
予期せぬ一言に返す言葉を失った僕は、思わずフクダ先生の方を見た。
先生は別のクラスメイトと談笑していて、僕たちの会話は聞こえていなかったようだ。
すると、ぎこちない笑みを浮かべたコタロウが、急に饒舌になった。
「フクダ先生もひどいよなぁ、俺の顔見て、誰だっけ? なんてさ」
コタロウは先生を恨んでいるようだった。
僕は咄嗟に先生を代弁した。
「お、大人になって顔が変わったからだよ……、先生もたくさんの教え子がいるし、忘れることもあるんじゃない?」
「そうかな、でも、お前のことは覚えていたよな……」
「ま、まあ、そうだけど……」
「ドッヂボールの時も俺だけ悪者にされたよな……」
「そ、そういえば、そうだったな……」
少し気味が悪くなって、会話はそこで終わった。
ーーー
数日後、大学の講義に行こうと身支度をしていた時だった。
フクダ先生が亡くなったという知らせが入り、驚いて腰が抜けそうになった。
聞くところによると、先生は自宅で風呂に入った時に突然倒れ、そのまま亡くなったらしい。
死因は脳梗塞とのこと。
またしても、コタロウの預言、いや、呪いが成就してしまったのだ。
後日、同窓会のメンバーで先生の自宅に花と線香を供えに出かけた。
その帰り道、僕は意を決してコタロウに真相を問いただした。
「なあ、ちょっと教えてくれ、フクダ先生のことだけど、どうして死ぬってわかったんだ?」
「そんなの、偶然だよ」
「ちょっと待てよ、カツノリの時もフクダ先生の時も、さすがに二度も続くと、偶然とは……」
彼はやはり何も言わなかった。
「なぜ黙ってるんだ? まさか本当に呪いなんか、かけてないよな?」
僕は先生を呪い殺した彼を責めようとしつこくといつめた。
しかし、ついに彼はキレてしまった。
「マジでしつけーな! おまえも死ねよ!」
「し、死ねって、オマエ……」
後悔してもしきれなかった。
別れ際に、ぼくも呪いをかけられてしまったのだ……。
その日からしばらく、いつ車にひかれたり、暴漢に襲われるのだろうかと呪いの恐怖で家から一歩も出ることができなかったのは言うまでもない。
ーーー
あれから二十年の時がすぎ、ぼくは家庭をもち、子どもも二人授かった。
死を宣告されたぼくは、まだ生きていて、死んでいなかった。
いや、それ以前に彼が僕にかけた呪いのことなど、すっかり頭から消えていた。
僕は仲間と立ち上げたベンチャー企業を上場させ、四十歳にして大成功を収めた。
家族四人を余裕で養っていけるだけの収入もあるし、欲しいものも全て手に入れた。
改めて自分の半生を振り返っていた時、『ここで死んでも悔いはない』という自分の心の声にハッとした。
「死」という言葉から不意にコタロウにかけられた死の呪いのことを思い出したのだ。
あれからもう二十年以上も僕は生き延びて、こうして社会的に大成功している。
それを思うと、彼が呪いの人だなんてやはり勘違いだった。
カツノリの死も、フクダ先生の死も、見事に偶然が重なったに過ぎなかったのだ。
若い頃はくだらないことを信じてしまうものだ。その結果、彼に嫌な思いをさせてしまった。
久しぶりに彼と話してみたい。そして改めて謝罪したい。
そう思った僕は彼に電話をかけた。
しかしその日はつながらなかったので、翌日もう一度電話してみたがやはりつながらず、折り返しの電話もなかった。
ーーー
その翌日、会社で年に一度の健康診断があった。
ところが肝臓の数値が異常に悪く、「要・再検査」と診断された。
おそらく仕事の疲労とお酒のせいで、一時的に悪い数値が出たのだろうと思ったが、少しばかり嫌な予感がした。
というのも、コタロウの呪いのことを思い出した翌日、すぐにこの結果が出たものだから、時間差で呪いでもかかったかと妙に気にかかってしまったのだ。
妻に健康診断の話をすると、すぐに検査を受けるべきだと懇願されたので、翌日会社を休んで精密検査に出かけた。
すると、悪い予感は的中した。
胃がんまたは肝臓がんの疑いありと結果が出て、「再・再検査」となってしまったのだ。
もちろん家族には内緒だ。
妻には異常なしだったと嘘をついた。
そしてあり得ないと思いながらも、彼の呪いではないかとの疑念で、いてもたってもいられなくなっていた。
もう一度コタロウに電話をしてみようかと悩んだが、もしも彼が呪いをかけたのであれば、きっと電話には出ないだろうと思ってスマホをしまった。
体調は日に日に悪くなり、食べたものを吐いたり、血尿が出ることもあった。
僕の体の中で何かが起こっていた。
死の恐怖が容赦なく襲った。
家族を残して死ぬのかと思ったら、怖くて仕方なかった。
しかし、今日も僕はクライアントとの付き合いで居酒屋にいた。
いつもより酒の量を控えめにして、付き合いが悪いと嫌味を言われながらも、二十一時で切り上げて店を出た。
重だるい体に鞭打って、早く帰宅しようと駅まで歩く途中、どこかで見た顔の男が歩いているなと思ったら、なんとコタロウだった。
髪型をビシッと決めて、高そうなブランドスーツに身を包んだ彼の隣には、鞄持ち風の若い男が付き添っており、タクシーを探しているようだった。
(彼、ずいぶんと様子が変わったな……)
そう思いながらも、呪いの真相を暴いてやると意気込んで彼に歩み寄った。
「おお、コタロウじゃないか、久しぶり!」
彼は僕と目が合うと少し戸惑っているようだった。
やはり何かを隠している様子だ。
「こんなところで偶然だな」
「お、おう、電話出られずに、すまなかったな……」
「いや俺の方こそ突然ですまない。久しぶりにコタロウのことを思い出して、謝ろうと思って電話したんだ」
「謝る? 謝るっていったい何を?」
コタロウは付き添いの男に耳打ちをして、タクシーで先に戻るよう伝えた。
付添の男は彼のことを「先生」と呼んでいるようだったが、いったい彼は何の仕事をしているのだろう。
すると彼はあたりを見渡し、小さな居酒屋を指さした。
「せっかくだし、そこの店で少し飲もうか」
「時間は大丈夫か?」
「マネージャーには二十年ぶりの旧友だって伝えたから大丈夫」
「マネージャー? そ、そうか、すまんな……」
僕らは店の奥の席に座った。
店員がお通しを持ってくると、彼は迷わずコーラとウーロン茶を注文した。
(どうして居酒屋でコーラとウーロン茶なんだ?)
不思議に思って、なぜ酒を注文しないのかと彼に尋ねたら、その回答を聞いて背筋が凍った。
「だってお前はお酒飲めないだろう? 俺だけ飲むのは申し訳ないからさ」
「い、いや、そ、そうなんだよ……、肝臓がさぁ……、って、ていうか、どうしてわかった?」
驚いて、思わず声が上ずった。
しかしコタロウは、いたって冷静だった。
「お前って子供の頃からずーっと、教えて君だよな」
「どうして知ってるんだ……」
「そんなことよりも、景気良さそうだな、成功者っぽい雰囲気すごく出てるぞ」
彼は小学生の時の彼ではなかった。
同窓会の時の彼でもなかった。
まるで人が変わったように自信に溢れた話ぶりだ。
この二十年でどんな変化があったのか知らないが、とにかく彼は僕のことを何もかもお見通しのようだった。
僕を上から見ているように感じて居心地が悪かったので、呪いの真相を暴こうとしていたことも忘れ、早く謝って帰ろうと思いはじめた。
「そ、それより、あの時はごめんな、フクダ先生が亡くなって、コタロウも悲しいはずなのに、呪いだなんて言って、反省してたんだよ」
「あの時のこと?」
「うん、よくよく考えたら、二人が亡くなったのは偶然だよなって、あとから思ったんだ……」
「偶然? またその話か」
「うん、コタロウの予言通りにカツノリが死んで、フクダ先生も亡くなっただろ?そんなの偶然に決まってるのに呪いだなんて子供じみたこと言ってさ」
コタロウは僕の話を一通り聞いたあと、うっすらと笑みを浮かべながら小声でつぶやいた。
「だからさ、偶然じゃないって言っただろ?」
「えっ? じゃあ、やっぱり呪いか?」
「ふっ、だとしたらどうする?」
彼の冗談とも本気とも取れない言葉に僕はたじろいだ。
「そ、そしたら二十年前、別れ際に俺に『お前も死ねよ』って言ったよな? あれも呪いか?」
「二十年前のこと、お前よく覚えてたな、意外と執念深いんだなぁ……」
「なにっ……?」
「確かにお前はまもなく死ぬだろうな……」
「うっ……!」
一瞬、時が止まった。
そして血の気が引いていくのがわかった。
死の宣告を受けたのだ。
「お前、やっぱり俺に呪いをかけたのか……?」
「ふっ、呪いだったらどうするつもりだ?」
「どうするつもりって、だからこの前電話しても出なかったのか?」
「アッ、アーハッハッハー!」
彼は突然笑いだした。
やはり、呪いをかけたのだ。
人の死をおもちゃのように軽く見る彼に腹が立った。
しかし訴えようにも呪いなんてものは証拠にならない。
法律的にも彼は殺人犯でも何でもないから逮捕すらされない。
そう、コタロウの言う通り、もしも呪いだとしても、僕はどうすることもできないのだ。
とすれば、悪いのはすべて自分だ。
彼に変なあだ名を付けた時から不運は始まっていたのだ。
死神のような人間と関わってしまった自分が悪いのだ。
諦めて何も言わずに席を立とうとした時だった。
彼はコーラを一口飲んで、落ち着き払った表情で言った。
「小学生の時も、二十年前も、そして今も、自分勝手な妄想で俺を殺人犯に仕立てて、成長しない男だな」
予期せぬ一言が返ってきて、思わず聞き返した。
「だ、だって、そういうことになるだろう?」
「子供の遊びじゃあるまいし、呪いなんて存在しないよ。しかも二十年越しの呪いなんて気が長いにも程がある」
「まあ確かに……」
僕は少し冷静になった。
コタロウは続けた。
「ただ、お前が死ぬ様子がありありとわかっただけだ。だから先日、気の毒で電話に出られなかったんだ……」
「な、なんだ、それ?」
「同窓会の時に言っただろ俺は人がいつ死ぬのかわかるって。」
確かに彼は僕にそう言っていた。
でも、まさか本当だったなんて思いもしなかった。
そんなのは人間技ではない。
不思議がる僕に、彼は何やらよくわからない話を始めた。
「ご褒美の死を与えられた人間は光輝いて見えるんだ。だからわかる」
「なっ……、なんだそれ?」
「人間誰しも目的を持って現世に生まれるんだよ。その目的とは人それぞれ異なるもので、それを便宜的に魂の目的とでも呼ぼうか」
「魂の目的?」
「うん、その魂の目的を達成すると、ご褒美として神様から次の人生を与えられるんだ。ご褒美の死だから、決して苦しむことはない」
「じゃあ、カツノリやフクダ先生は?」
「二人もそうさ。人生の目的を達成して、祝福すべき次の人生を与えられたってことだ」
「もちろん、お前も同じなんだぞ」
確かにカツノリは交通事故で即死、フクダ先生は脳梗塞で突然死だから、二人とも一切の苦痛なく亡くなった。
まさに彼の言うご褒美の死だ。
しかも大出世したフクダ先生は同窓会の時、人生をやり遂げたような顔をしていた。
カツノリはよくわからないが、裕福な子供時代を過ごすことが人生の目的だったのだろうか。
コタロウによれば人生の目的、この世に生まれてくる目的は人それぞれだという。
では、自分はどうなんだ?
と自らに問えば、確かに現世でやり残したことは何もないというほどの大成功を収めたし、達成感もあった。
ということは、ビジネスで大成功することが僕の人生の目的だったということか……。
いつ死んでも悔いはないと本気で思っていたのは、人生の目的達成のサインだったとでも言うのだろうか。
(しかし、死ぬのは嫌だ……)
僕が考え込んでいると、彼の表情が緩んだ。
「このまま行けば、そう遠くない日に突然死ぬぞ」
「うっ……」
「でも、事前に死を知ったら、恐怖に怯えて死ぬことになる。せっかくの神様からのご褒美を、恐怖で怯えながら待つのは嫌だろう?」
「そ、そりゃ嫌だよ……。家族もいるし……」
「わかってる。でも、お前はついてるよ」
「えっ?」
「まだ間に合うみたいだ。運命を変える方法を教えてやるよ」
「ほんとか?」
「今、お前の来世を見てきたんだ。そしたら漁師だったんだ」
「来世? 漁師? 船に乗る、あの漁師か? そ、それで?」
「それで? 勘が悪いな。もう答えはわかっただろ? さっさと漁師をやるんだよ!」
「おい、ちょっと待てよ……」
そう言って彼は腕をまくり、高そうなブランド物の時計を見ながら席を立った。
死人から金は取れないと、店の勘定は彼持ちだったが、次に会った時は相場通りの鑑定料をもらうぞと、言い残して去っていった。
あとで昔の同級生から聞いてわかったことだが、彼は占い師として大成功したようだ。
ーーー
その後、僕はとある海の町で漁師になった。
四十歳にして見習いからのスタートだ。
もちろん家族には了解を取った。
収入は減ったが、家族が死ぬまで生きていけるだけの蓄えはすでに十分ある。
自分の天職は経営者だと思っていたが、それが大間違いだったと思うほどに充実した毎日だ。
数年後、漁師の仕事が一人前にできるようになった頃、ふと思い出して健康診断を受けた。
驚くことに、がんが消えてしまったどころか、全くの健康体だった。
僕は来世の魂の目的を先取りしたことで、神様から現世を生きる猶予をもらえたらしい。
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