行方不明の勇者を探せ 6
第九話
「おいおい、何の騒ぎだ?」
「エルガーさん! 外見てくださいよ!」
「ああ? 何でギルドの前で戦ってんの?」
「は、早く止めないと市民に被害が!」
「私達も行きます。とにかく止めないと」
「カルアさん……助かります!」
「というか、依頼から帰ってくるの早いですね。いつも通り」
「それはですね依頼の内容が、狼が道を邪魔してるから退治してくれっていう物だったからで、魔物じゃなかったからなんです」
「魔物でもこの付近じゃ、そこまで強いのは出ないしどっちにしても大した事ないんですよ」
「へぇー」
「ちょっと、そんな事話してる暇ないでしょ」
「すみません」
「私達も加勢するわ、良いよねカルア」
「はい、リーダー!」
「なっ、何が起こってるんですかっ。僕は戦いませんからね!」
「じゃあ離れてろ! 俺も加勢する」
「人数は多い方が助かるわ、ありがとう」
「行かせないわ、あんた達」
外では二人の魔導師が戦っている最中で、ギルド内でも混乱が広がっていたのだった。
その騒ぎに周囲は動揺し、ギルド内は混乱する者と避難しようとする者が溢れる中で一部の冒険者達は、被害を止める為に外に出て加勢しようとする者が現れ、続々と集まる冒険者達、そして外へと続く出入り口の前には大剣を背負い、鎧をつけた謎の少女が立ち塞がる。
「邪魔は入らせない様にと、言われてるの」
「帰ったら褒めてもらうから、私の邪魔もしないでね!」
「あの大剣、それに胸にある魔王の紋章って、まさかっ」
「ファルクス教団!」
魔法使い大好きな私でも、この教団の噂はたくさん聞いています。ファルクス教団、その名は大陸全土にまで轟きつつ、魔王を信奉していながら、かつて勇者に打ち倒された魔王の復活と、魔族による魔族の為の新国家樹立の為に活動している悪名高き組織。
最近では、北方における大国である帝国の首都で一度反乱を起こしたが、一応は鎮圧されたという話が王国にも届いているので、教団のメンバーがここにいるという事はもしかしたら、この王都も……
「そう、私が教団随一の最強の魔剣使い。その名もチェルシーちゃんよ、覚えておきなさいっ!」
「何だと、あいつらがここにいるのか」
「とにかく戦うのみ、先手必勝!」
カルアは弓を構え、射を放つ。
「うわっ、あっぶないわね!」
「時間は与えません。リーダー行ってください!」
「ひいっ! に、逃げないと」
「もちろんよ、言われなくともね」
「ふっ!」
「まともにやって大剣に、その細っこい剣で敵うとでも?」
「やってみなきゃわからないわ」
「はっ!」
「くあっ、中々やるわね」
弓の援護がある事でチェルシーと名乗る少女は近づけず、剣と剣の鍔迫り合いが起こる中で状況を打開しようと火の魔法を唱えるものの、思っていたより相手が素早く攻撃を仕掛けてきている事で、一方的な展開となっている。
「うっ、ここで僕達死んじゃうんだっ」
「立ち上がってください、終わってませんよ!」
「嫌だっ、そもそもここに来たのが間違いだったんだ。ギルドだなんて来るんじゃなかったよ〜っ!」
「稼ぐのにはもってこいだって? 馬鹿じゃないの死んだら稼ぐもなにも意味ないじゃないかっ!」
「ちょっと、誰と話してるんです?」
「えっ、私が守るから大丈夫? 確かに守ってくれてるさ、今までだってそうだったし、感謝してるよ。でも、そんな守るぐらいの危険な状況に追い込まれているのはいつだって、姉さんのせいじゃないか!」
「僕は、平和に暮らしていきたいんだよ。冒険者じゃなくて、生活出来る分だけ稼げたらそれで良いのに何で、何で冒険者なんかやろうって言うんだ。そうでしょ! 姉さん!」
「ほんとに、誰に向かって話してるんですか……」
「というか、あなたはそれでも冒険者なんですか! 立ち上がってくださいよ!」
「怖いよ〜っ!」
ポトッ
「ん? ちょっと、落としましたよ冒険者ライセンス……って、ええっ!」
「はっ、まだまだ!」
「あうっ、そ、その動き、やるわね」
「でも、舐めてもらっては困るわ!」
そう言うと懐から何か小型の物を取り出し、おもむろに天に掲げると、短い呪文を唱える。
「光よ、閃光と共に周囲を照らせ!」
カッ!
「まっ、眩しっ」
「あの光は──魔道具!」
「そうくるなら、俺も援護してやる」
彼が念の為持ってきていた鞄から謎の袋を取り出すと、少女に向かって走り始める。
「まっ、エルガーさん、危険ですよっ!」
「いいや、投げるだけでいい」
「闇よ、閃光を包み目を惑わせ!」
投げた瞬間、袋の中身が飛び出したのと同時に閃光は包み込まれ光は無くなる。
「なっ、高かったのに!」
「おっしゃ、成功!」
「この前の遠征で護身用として、対魔物用に作っておいた魔道具が効いたぜ」
「名付けて、ポケットダークプリズン!」
「うわだっさ、ネーミングセンス絶望的ね」
「喧嘩するか?」
「とにかく、援護ありがとうございます」
「いいや遠慮はするな弓使い。俺も試したい事がたくさんあるからな」
「犯罪者には、良いだろ?」
「くっ、うじゃうじゃと集まってきて……うざいのよ!」
「ギルドの冒険者を過小評価して、一人で来たあなたが悪いわよ!」
「そう、あなたも同じよ」
「何ですって?」
「私の事、過小評価してたら呑まれるわ。今こそ本当の力を解放する時……」
「獣化解放! 私の力、見誤ったわね!」
その瞬間、少女は鎧を脱ぎ捨てたのと同時に全身は狼にも似た獣の様な姿となって、対峙しているカルアのリーダーよりも俊敏に、地の力も増しつつ大剣を難なく、さっきまでの重々しく振り回していたのとは違い軽々と片手で剣を使い始めたのだった。
「やっぱり、教団はその力を使うのね」
「法では禁止されている禁断の力を!」
「ええ、もちろんよ! 強くなる為には何だってやる。これは、私自身で勝ち取った力なのだから!」
「死んじゃえ!」
ガッ!
「ああっ」
「リーダー!」
「ふふっ、最高」
「前衛が、いない」
「なんてこった」
「後衛の弓使いと、役立たずのおっさんだけで私に立ち向かうの? 無謀ね!」
「いいや、前衛は私だ」
「後は全て私に任せてくれ」
すると突然、戦いの中で白髪の謎の剣士が後ろから現れる。
「あ、あなたは誰なんです」
「大丈夫ですカルアさん。彼……いや、″彼女″ならきっとやってくれるはずです!」
「弓使い、もう援護しなくていい」
「んん? 何よ、私に歯向かうって訳っ!」
「お前、よくも私の弟を傷つけてくれたな」
「許しはしない」
「向かってくるなら、それまでよ!」
「はぁっ!」
*
「魔術、魔術の使い方を、知らなくちゃ」
「ヴィオラ! 落ち着いてください、考えるんです」
「私がっ、うっ、即席の結界を使っている内に」
このあり得ない程の力は、まさか私と同じ契約の……
「いつまで待つかな? 僕はそれほど、優しくはないぞ!」
「魔力、どうかもってください……!」
何か、何か考えないと。
『まずは、想像するんだよ。いいか? お前も男なら妄想の一つや二つぐらいしてるだろ? めっちゃ美人の女の人の胸の感触を想像するんだ。柔らかくて、手から溢れるほど大きくて、もちもちで、そうだな、枕だよ枕! 枕を参考にするんだ』
何だこの記憶、今こんな事を思い出している場合じゃないのに。
『例えば枕ではなくて、今自分は胸を枕にして寝ていると想像するのもありだな』
『まあどっちでも良いけど、俺にとっては両方だ』
『ん? 下品だって? ははっ、別に良いだろ兄弟同士なんだし!』
確か、前世で兄と久しぶりに夜更かししてゲームしている時の、記憶だった気がする。しょうもない会話ばっかだったけど、あの時の思い出というか経験は、何にも変え難い物で、楽しかった。だとしても今こんな場面を思い出してはいけない、何か役に立つ魔術の使い方を模索しないと。
『そう言えばお前、最近元気ないけどどうしたんよ。何かあった?』
『ゲーム楽しくないか? そうじゃない?』
兄には、何も言っていなかった。心配されたくないし、何より巻き込んではいけないと思って。
『大丈夫って、そうか。じゃあ良いや』
『気にすんな、話したくない事もある』
前世での兄はとても優しかった。それこそ、大学生になっても、私を心配して実家と近い大学にしたり、わざわざ一人暮らしで自分も忙しいはずなのによく家に来て一緒にゲームしてくれたりと、すごく優しかった。
って違う考えないと、それにしても魔術が思いつかない。ナイフを投げてあの時、絶対に当たらないと思った物が多かったのに、当たれと思って投げたら気づいた時には当たっていた。
その次の試験の時では、歪んで吹っ飛んだ。意味がわからない。私の魔術、私の事、何もかもがわからないよ。
『俺も最近は、大学で行き詰まっててさ。課題とか彼女とかとの関係で、こんな事話すのはお前に心配して欲しいって訳じゃなくて、ただ、話せば少しは楽になるんだって事で今話すよ』
『考えれば考えるほど、俺はわかんなくなってくんだ。正解は無いのかもしれないけど、いや、無いと思うけど、それでも限りなく近い正解を選びたい』
『急にこんな話をして申し訳ないけどさ、この世界における選択が、数学とか英語のテストみたいに、正解が決められていたのならどれだけ楽に生きられたのだろうなっていつも思う』
正解が、決められていたのなら……?
『運命は──どうしても、思い通りにはいかない事だらけ』
運命は、どうしても上手くいかない?
じゃあ、決める事が出来たなら、私はどうしたいのだろうか?
「ヴィオラ、もう持ちません! 早く!」
「終わりです。僕の勝ちだ!」
これで、全て、全て上手くいくはず。
「なっ、待って結界の外へ出てはっ!」
「これが、私の力」
手からナイフを創造させて、近くにあった適当な建物の壁に飛ばした。
ドスッ!
「どこに飛ばしているんです? 外していますよ」
「全く、自分から出てきてくれるとは、僕としても楽でありがたいですね!」
力によって肥大化した手でヴィオラを掴もうとした瞬間、上から何かが落ちてくる。
「ふっ! ん? 上から何かが落ちてきて……」
大きな音を立てながら下敷きとなって、やがて声が聞こえなくなった。
「ナイフ、あれは私が生み出した物ではなくて魔術そのものだった」
「なら、こうしたいと願いを込めてナイフをどこかに当てたなら?」
「使えたんですね。ようやく、あなたの力を!」
「私にも、運命を変える事は出来ない。けれど、運命を新たに作るのなら?」
「運命の創造、これが私の魔術」
「やっぱり、あなたは逸材です。魔法もまともに使えないのに、魔術を最初に使えてしまうとは」
「そ、そう? ありがとう!」
ヴィオラは進んでいく、自分の力と共に──。
カルアの風の魔法を用いた弓術はその昔、世話になったエルフではない人間の師匠から受け継いだ技術であり、元々の生まれ故郷から平凡でつまらない生活に嫌気が差した事から後先考えず飛び出し、道端でお腹が空いて倒れている所を師匠に拾って貰った事で今に至っている。
それでは、また。