行方不明の勇者を探せ 3
第六話
「冒険者登録って、えっ?」
「はい。基本的に魔物の出る場所に行くには冒険者ライセンスが必要で、普通の許可証だと駄目なんです」
「……でも、そうですね」
この先には、冷静に考えてみれば彼女は要らないです。
私が駄目ですね。まだこの人は学生で、帰る場所があるのだから、私よりも才能があって連れて行きたいのはそうだけど、私一人で行きますか。そもそも勇者の場所がわかるまで付き合ってという約束だし、ここでお別れですかね。
「ごめんなさい、やっぱりいいです。しなくても」
「いや、私も行くよ」
「やる。シスターさんがそう言うなら」
「今から行くのは、危険な所なんです。ちゃんと実力があって過酷な環境下でも生きていける人でないと無理なんです」
「だからあなたとは、ここでお別れです。今までありがとうございました」
これからも、一人でだってやっていける。
「待ってよ!」
「何で、自分で全て解決しようとするの? 私も行くよ! 一人でなんて行かせない。私が必要ならいつでも言って、まだ、あなたにしてもらったお礼も何も返せてない」
「お礼もなにも、私は何もしていないです」
「いいや、シスターさんは助けてくれたから」
「あなたと出会って、たとえ一人が救われるなら他の誰かの為に自分を見捨て、犠牲にして平穏に生きようとしてた自分は居なくなった。あなたのお陰で、立ち向かい、誰かの為に手を差し伸べる自分を思い出せたんです」
「確かに、私もシスターさんも、知り合ったばかりで全く何もわからないよ」
「でもそうやって、一方的に引き離すのは違うでしょ」
「……私から見たあなたは、光の側にいる。ここを越えてしまえば、どうなるかわからないんですよ」
「目の前で死なれるのはもううんざりなんです。弱い者は否応無しで死ぬ世界に、私達は立っているんですよ。理解してますか?」
「だからごめんなさい。今までの事は忘れて日常に戻ってください」
「なら、一つ聞いてよ」
「何で、必要としてくれたの?」
「丁度良かったからです。それ以外にありますか?」
「じゃあ何で、助けてくれた?」
「あのまま私が道端で倒れていれば、蹴られていれば、あなたは面倒事に巻き込まれず、そのまま行けたはず」
「それは、その……」
「どうせ親とか、学校の事で気にして言っているのであれば大丈夫だし、学校に関しては別に行かなくても最初から誰も私の事をそこまで見てくれてないから、急に消えたって話題にもならない」
「何故って? 私が、魔族だから」
「誰かが言うに、人間ですらない、人間にとっては悪の象徴らしいです。あの魔王と同じ種族なのに人間と暮らしている卑しい魔族、それが私」
「でも、必要としてくれた。嬉しかったんです。誰かの役に立てる事が初めて、嬉しかった」
「親が心配しますよ」
「親に関してはその」
「もう、いないよ。今は一人で暮らしてる」
「そうですか」
「うん。誕生日だったし、その為にお祝いした」
「ほら、命日ってなんか悲しくなるなって思ってさ誕生日に変えようって決めた」
「一人だけでも、楽しかったよ」
「悲しくはないんですか」
「そもそも過労で、なんでもっと自分の身体を大事にしてくれなかったんだろうって」
「でも、怒るのは違うと思ったから」
この世界で、初めて優しくしてくれた母には感謝している。父に関しては会った記憶がないから知らないけれど、そんな人の事を少しでも忘れたくなくて、今年からそうしようって決めたんだっけな。
「えっと、だから気にしなくていいよ!」
「あはは」
「……これではまるで、私が悪いみたいですね」
「悪くないよ。私がわがままを言っているだけだから」
「ふっ、そうですか」
彼女にも、私の様に暗い過去がある。それにヴィオラさんはあの子によく似ているから、贔屓するって事とはまた違う。同じ繰り返しをしたくなくて多分、ここまで感情が入ってしまってるのだと、そう感じた。
ですが、受け入れる時が来たんでしょうね。ここまで言っている彼女の意思を否定は出来ないですから。
「覚悟は出来てるんですね」
「うん」
「わかりました。では、ヴィオラさん。いえ……」
「“ヴィオラ“行きますよ」
「うん!」
「これからはシスターではなくて、私の本当の名前である“リリー“と、呼んでください」
「わかった! シスターリリー!」
「シスターはいりませんが、まあ良いでしょう」
「えへへ、これからもよろしく!」
「ええ、こちらこそ」
「あなたの覚悟は、よくわかりました。ですのでこれからはもっと、強くなるのがきっと必要になってくる。森へ行く前に、一旦今のあなたの力を再確認しましょう。良いですね? ヴィオラ」
「うん、もちろん! とことんやってみせるよ」
「ではまず、冒険者登録を済ませましょうか」
受付へと、二人はまた戻る。
「あら、さっきの人達ですね。ご用事は無事に済みました?」
「ええ、それとこの隣にいる──」
「ヴィオラです。登録したいん、ですけど」
「わかりました。で、見た所随分と若い様に見えるのですが、失礼ながら何歳でしょう?」
「十六です」
「あら、十六歳ですか。ご希望の役職はありますでしょうか」
「例えば前衛だと剣士、格闘家、戦士、後衛だと魔法使いや弓士などがございますが、この中にない物でも大丈夫です。どうしますか?」
「えっと、魔法使いで」
「ふむふむ、なるほど」
「一応、冒険者になる上での説明が長くはなりますが、説明を聞きますか?」
「う、じゃなくて、はい」
「では、説明致します。まず冒険者における等級についてです。等級はその名の通り、本人の活躍と実績で上がっていく、つまりは位階の事です」
「下から順番に白、赤、橙、黄、青、紫と順番づつ上がって行きますが、紫の上、黒の位には国から英雄と認められ、各国の首都にあるギルド本部からもそれ相応の実績が確認された場合にのみ、なる事が出来る位ですので、あまり気にしないでください」
「記録として最後になった人が出たのは、うろ覚えですが、確かニ、三十年前でしょうか?」
「なるほど」
「あなたがなれるとは思えませんが、まあ頑張ってくださいね」
「では次に、依頼の受け方と対応についてです」
「依頼はここから右手の方にあるボードから見て受けたい物を紙ごと取って受付まで持ってくれば大丈夫です。もし、事情が重なり途中で辞めるなどしたい場合には、どのギルドでも良いので職員に必ずその旨を伝えてください。私達の方から代わりの者を見つけ対処致します。違約金などは発生しませんのでご安心ください」
「ただし、複数回依頼を途中で離脱などした場合には現在の等級が下がる可能性がありますので、注意してくださいね」
「それと、依頼によっては等級の位階がここまでと上限が決められている物もありますので、そこはよく見ていただけると幸いです」
「それでは次に遠征についてです」
「遠征は──」
その後は思ったよりも長く説明が続き、ヴィオラの脳がパンクしかけた所までいった後に、ようやく終わったのだった。
「これで、説明は以上です」
「ああ、どうも……ありがとう」
うう、長すぎる。
「では、登録の為に必須となる試験がございますので、私について来てください」
ええ? まだあるんだ。
「あっ、はい」
「ヴィオラ、頑張ってくださいね」
「うん、ちゃんと戻ってくるからね」
シスターリリーから離れ、そのまま受付の人に奥の方に案内されながら、どこか気まずく空気が重い雰囲気の中、酷く無機質な通路を渡っている途中で心配する様な口調で歩きながら彼女は話し始めた。
「あの、試験では筆記はありません」
「完全なる実力の試験だけで、この試験の結果で最初の等級が決められます。その、偏見で申し訳ないのですが、個人的にあなたが乗り越えられるとは到底思えなくて、最悪怪我する場合もあるのでちょっと心配なんです」
「多分大丈夫、です!」
「そ、そうですか、幸運を祈ります」
そうして話していると、今までとは違って修練場の様な広い空間にたどり着くと共に、奥には筋骨隆々の大男が背を向けて何かを殴っているのが見えたのだった。
ドゴッ! ドゴッ!
「ふっ! ふっ! ふっ!」
「あの〜急で申し訳ありませんが、試験よろしいでしょうか〜!」
「ん? ああ、いいぞ」
やがてその声の元まで近づいて行き、大男はヴィオラの目の前に立った。
「こいつか、今回の試験者は」
「そうです。遠慮はいりません」
「あ、えっと、よろしくお願いします!」
「ふむ、その身体怪我するぞ」
「大丈夫です!」
「そうか、後悔するなよ」
「ふんっ!」
その発言と同時に、丸太ぐらいある大きな腕をヴィオラに振り上げて猛スピードで、どんどん速度をあげて行きながら、拳が顔に向かう。
「はっ!」
咄嗟にナイフを創造し、防御しようとするも自分の筋力じゃ敵わないと思った瞬間に、ヴィオラは腰を低くした後に避けて腹に当てる。
「うおっ!」
「ああ、刃はついてないですよ」
「な、何だこれ!」
「えっ、歪んでる?」
ヴィオラが大男の腹に当てたナイフは何故かこの前のとは違って、当てた先から空間と時空が歪みだし、ぐにゃぐにゃと触るとまるでグミの様に柔らかくなり、細くなったり、太くなったりと収縮を繰り返して少しずつだが徐々に縮小していく。
「お、俺の腹が小さくなっていってるぞ!」
そして、次の瞬間──
ギュンッ!
「ぐわぁっ!」
縮小が限界まで、糸の様な太さにまで至ったと同時に急に太くなり始めて元に戻ったかと思えば勢いよく空中に吹っ飛ばされたのだった。そして、部屋の端っこまで飛んで行き、ドスン! と、大きな音を立てて頭からいった事で一瞬にして意識を失ってしまった。
「わ、私の力って、やっぱり意味がわからない」
「こんな、一瞬で終わってしまうだなんて」
「あ、あの! どんな魔法なんですかこれは!」
表情を変え、さっきまでの心配していた彼女とは違い、ヴィオラの事をまるで化け物でも見る様な目をしながら驚いたのだった。
「何かやってしまったみたいで、私にもよくわからない……」
「わ、わからないって、あなたは一体なんなんですか!」
「だから知りませんって! 私が知りたいですよっ!」
そうしてヴィオラはまた、やらかしてしまったのだった。
冒険者ライセンスには基本的に個人の等級や軽めの情報等が書かれるが実は全て手書き、受付の人はそれで腱鞘炎になってしまった過去を持つ。
それでは、また。