ヴィオラの目覚めと最初の仲間 1
第一話
「はい、それも下さい」
王都の大通り、出店が両脇に立ち並び、多くの人々が各々の目的の為に出歩く場所で、ある人は日々の生活費を稼ぎに来たと言う人。必要な物を揃えに買いに来た人。走り回る子供の黄色い声。様々な人で賑わう大通りは、今日も平和だなと感じたのだった。
「ねぇ、お母さん! これ買って!」
「もう、しょうがない子ね」
「いらっしゃい! 今日は果物が安いよ!」
「じゃあこれを二つ」
「あいよ!」
少女のいる所から一つ隣の果物を売る出店の前でここより城壁の外。魔物の出る外の世界から帰って来た冒険者と名乗る男が、次の依頼が終わった後の昼食として一緒に持って行く為に、お勧めは何だと熱心に店員と話し合っているのが横目で見えた。
──冒険者、なんて心惹かれる言葉なんだろう。
前世で読んだ小説に確か、勇者と姫の物語があった事を冒険者という言葉で少女は思い出すも、少女にとってそれは、無縁と言わざるを得なかった。
何故なら、今世では出来る限り危険になる様な選択は取らないと心の中で決めていたからだ。それに、少女自身に剣や魔法の才能は無い事から、なろうとは決して思わなかった。
「冒険者なら、もっと買っていかないか?」
「いいや、これくらいでいい」
「それにしても、立派な剣だな! どこかの名工が作った代物かい?」
「自作だ」
「おお、すごいな! こんな物作れるのか」
冒険者という職業は死の危険が付き纏うのは既知の事実なのだが、その反面、成功すれば一生を働かなくて良い程の収入を得られるのもあって冒険者となる人が後を絶たない。
──私にも、才能があって前世でのあんな死が無かったならやっていたのかもしれない。
前世の記憶。それは誰にも話していない事でありながら、母や学校での数少ない友人にも話しておらず、生涯を通して秘密にしようとしている……とても大きな秘密。突然の出来事だった。学校帰りの道中で、自分の注意不足が祟ったのか信号無視の暴走した車に撥ねられ、そのまま。
そんな悲惨な最後を迎えた事で、出来る限り常日頃から周りに注意し、危険な職や選択を避け、将来は母を養いながら、平凡に幸せに生きようと心の底から少女は決めていたのだった。
「嬢ちゃん。これで良いのかい? これは最近、仕入れがあまり無くてな。少し高くなるが、大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫ですので。これを四個下さい」
少女が指を指した先は母の好物である卵で、聞いていた話によると、近頃は老齢となった鳥の屠殺や鳥肉好きの貴族への献上等が重なって仕入れが少ないとの事で、値段はいつもより、価格は二倍近く上がっていた。
「そうかい」
男がそう言うと、少女に対して卵を四個、自前で持ってきていた鞄に適当な布を巻いた後に入れたのと同時に金銭の交換を終えると、その店に背を向けて一言。「また来ます」と去り際に微笑んで、早めに少女は帰路についた。
渡す際、今まで見ようとしていなかった男の目を見た時に、欲情の籠もった目で自身が見られていたのを気にしない様に、仕方ない事だと割り切って心で納得しようとしながら。
「見て、魔族よ」
「怖いわ……何をするかわからないのに、お偉い人は対策もしないのかしら」
「ええ、そうね。いつ、私たちに牙を向けてくるのかどうか、わからない物よね」
「追い出しちゃえばいいのに」
「あれ魔族か?」
「わざわざ買い物なんかして、人から好かれようと努力しているみたいだが、騙されないからな。魔王の時代から知ってる奴らは多いってのに、無駄な事を」
いつもの事だ。気にしない様にしていても、この耳がある限りは入ってきてしまうのが苦痛で、切り落としてしまいたいぐらいだ。けれど、そうしてしまえば声が聞こえなくなる事だけは避けたく、どうしようも無い事として処理するしか無かった。
私の身体を見てくる人か、魔族だからって離れていく人のどちらかしかいない。窮屈で、痛くて、孤独。
──ここから、逃げ出してしまいたい。でも、出来ない。
この国はまるで、牢獄みたいだ。
「今日は誕生日だから、盛大にお祝いしないと」
母の誕生日。価格が高くなっていたというのを前もって友人から聞いていたお陰で、少し多めに持ってきていたのが功を制した。
そう、自分にとってはたった一人の親友。
ヴィオラが大陸の丁度中央に位置するこの王国の首都、王都に移住してきた時、関わり合いを持ってくれた数少ない友人の一人。クラスメイトで名はクレアという。同じ平民で少し変わり者ではあるが、物知りで悩んでいる時は助けてくれたり等、信頼出来る人物。
『明日から卵が高くなるんだって、近所で商人の人達がそう愚痴を吐いてたよ。お貴族様って欲深いよね何事もだけど、まあでも、欲しい物が手に入るって少し羨ましいなとは思うけどさ」
普段は読書が好きで、暇さえあれば教室から離れて一人になれそうな場所で本を読んでいる為に、彼女を探すのが少々面倒なのだが、それでも会った時は明るく、嬉々として少女を迎え入れてくれる事から、なんだかかくれんぼみたいで、日々のささやかな楽しみになっている事は秘密にしている。
『これ貸したげるから読んでみてよ! 魔物が主人公の物語って貴重だからさ、私も惹かれてつい読んでみたんだけど、面白かったから是非!』
少女が淫魔族、つまりはサキュバスだという事を気にせず、分け隔て無く話しかけてくれた者の一人で、その関係は、少女が王都にやって来た二年前から関係が続いている。どうやら最近は、魔物に興味がある様で学校では度々図鑑や資料を見せて少女に話をしてくれる。
「明日はちゃんとお礼しないと」
「お礼? 誰にだぁ?」
すると、買ってから大通りを離れて家に帰る為の近道として裏路地を進んでいた時、暫くして歩いている最中、目の前に今までの周りの人々とは違って裕福そうな腹をこさえた趣味の悪い豪奢な格好をした青年とその取り巻きの集団と運悪くぶつかってしまう。
「あだっ!」
帰る事に集中していながら、クレアにどうお礼をしようか考え事をしていた為に前を見ていなかった少女は、そのまま歩いた事で勢いよくぶつかる。
「いっ! この、汚らわしいサキュバスめ!」
「わっ、ご、ごめんなさい」
咄嗟に頭を下げ、腰を低くして謝るものの、青年の怒りは収まらず、舌打ちをして腹を立てながら少女を突き飛ばし、ただでさえ硬い地面に倒れてしまう。
「いたっ」
「くそ! このっ、成敗してやる!」
「痛いっ、痛い!」
青年は、突き飛ばした少女に対して足蹴にしながら罵倒し、衣服は傷つき汚れていく、それでも母の為に買った卵の入った鞄を身体で守り、怪我をしても決して割れない様に手で防御しつつ、必死に謝り続けた。
何故反抗しないのか。それは少女の自戒がそうしていたからであって、反抗心が全く無い訳ではなかった。平穏に、波風を立てず、やり過ごすだけで面倒事に巻き込まれないからで、平和な日々を過ごしたいと願い、前世の記憶も相まって邪魔をしていたのだった。
一度、立ち向かえばその後に何が起こるのか。事故に巻き込まれる前に彼が経験していた事。それは少女に生まれ変わっても同じだった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あ、謝ります。お願いします。どうか、許して……」
「な、なあ。それくらいで良いんじゃないか?」
「はぁ? 止めるわけないだろっ、このサキュバスなんていう人間より劣った種族の生まれ、汚らわしい血が、俺様の! 服に! ついたら、どうしてくれるんだ? ああっ? 貴族である俺様にぶつかってきた事を後悔させてやるよ」
「下賤な血の奴等が貴族の事を嫌っているのは知っているし、ぶつかってきたのもわざとだというのは分かっているんだぞ。そうだよな、ヴィオラ!」
「いつもいつも、教室でお前を見かける度に苛々するんだよ……どうして俺様と同じ立場で、授業を受けているのかってな!」
「そして無駄に大きい黒い角、長い耳と男を誘惑してくるその身体も全て、汚らわしいんだよ!」
誰も助けてはくれないし、耐えなきゃいけない。
「ごめんなさい。ごめんなさいっ」
それでも謝るそんな中、突然青年達の背後から黒ずくめで怪しげな女性が落ち着いた雰囲気と声で、何もせずに蹴りに耐え続けるヴィオラの事を心配し、語りかける様に話しかける。
「──やめなさい。彼女は謝っているでしょう」
「ああ? いきなり何だ。お前は」
「たまたま通りすがった者ですが、一部始終を遠くから見ていましたよ。彼女は不注意でぶつかっただけで、そこまでする義理は無いと思うんです」
「あなたの気持ちも分かります。それでも謝っているじゃないですか、ここはどうか寛大な心で許してあげてはどうでしょう」
「じゃあ、代わりにお前が何かお詫びでもしてくれるのかよ? なあ!」
「こいつの所為で、服が汚れたんだぞ」
その言葉を聞いた瞬間、怪しげな格好をした女性の態度が代わり、呆れながらため息を吐いた。青年もその態度を見て更に激昂し、彼女に対して怒りを露わにしだした。
「おい、喧嘩売っているのか? 良いんだな、お前如きいつでも消せるんだぞ。俺様の権力でな」
「さ、流石にもういいだろ。こいつも謝っているし……」
「お前等は黙ってろ。それに、何か言えよほら!」
言葉を無視して、少しの間を置き一呼吸の後、今までの丁寧な彼女の話し方とは違って、まるで敵に話す様に指摘する言い方に変えて青年にまた続きを話し始めた。
「──全く、本当に性格が悪いですね」
「汚れた。では無く、自分で汚したの間違いでしょう?」
「何だと?」
「この国の貴族は、皆こうなのでしょうか」
「どうやら、お前も痛い目に遭いたい様だから、見させてやるよ!」
「ついでにそのフードの下の顔も拝んでやる! おらっ!」
「──はっ、そ、そんな馬鹿なっ! 当たっていない!」
勢いよく振り上げた拳、青年は女性の顔に向けて腕を伸ばし、確実に当てたと思われる位置まで拳が来ても何故か避けようとせず、そんな素振りを見せなかった。だが振りかぶった腕と拳は風切り音と共に空振りした事で、当たる事の無かった事実に青年は驚愕した。
「何が……起こったんだ」
「馬鹿なのは、あなたよ」
気がつけば青年の前に居た彼女が、背後に居たという事にも驚き、余裕そうにしながら青年の肩を叩いたのだった。
「なっ!」
「す、すごい」
それを見た少女は、唖然とした。
「魔法なら、そんな不可解で気持ち悪い物は存在していない。まさかとは思うがお前、国外からやって来た魔導師なのか!」
「ま、魔導師」
“魔導師“それは基本的に五元素と呼ばれる内の属性魔法どれか一つだけに適正があり、その一つを極め、伸ばしていく通常の魔法使いとは違い、何と全てに適正がある魔法使いの事を魔導師と呼ぶのだ。
しかも、それだけでは無い。魔導師は五元素の全てに適正がある事から新たな魔法、既存のありとあらゆる属性魔法からそれらを利用して、完全なるオリジナルの魔法を生み出す事が出来てしまうのだ。
名は、“魔術“そして、今この瞬間にも彼女の魔術に惑わされているという事になる。
「魔導師だって、かないっこない、僕達殺されちゃうよ! 早く逃げないと!」
「ああ! 早く逃げるぞ!」
敵にしていたのが魔導師だと分かった瞬間、青年達は尻尾を巻いて逃げ出す。それはそうとヴィオラはまだ現実を受け入れられず、ただただ唖然とし続けていたのだった。
「殺される? そんな、私はただ分かってもらいたかっただけなのに」
「あの、大丈夫ですか?」
その優しげな女性の声を聞いた事がきっかけとなり、現実に戻ってこられた様でようやくホッと一息を吐けた。
「えっとあなたは一体……?」
「シスターとでも呼んで下さい。これっきり会わないと思いますがね」
その発言の後、シスターと名乗る彼女のフードの下、たまたま顔を上に上げて空を向き、暗がりで見えなかった所を光が差した事で一瞬だが、ヴィオラは見えた。翡翠色の綺麗な瞳と、どこか憂い気な表情。顔には無数の赤い刻印が広がり、何故彼女が顔を見せないのか少しわかった気がする。あれは確かに、子供が見たら泣いてしまいそうだ。
──始まりは、いつも唐突に訪れる。
今世での主人公の友達であるクレアも実はヴィオラと同じ(サキュバスではない)魔族なんですが、周りから変人、天才、狂人みたいな認識をされているので虐められず貴族や平民関係なく怖がって誰も手を出さないという感じです。
まあ、とりあえず二作目です。
それでは、また。