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第73話




湖の水面はゆっくりと静寂へと戻っていく。


守護者の姿はなおも淡い光を帯びながら、球体のまま漂っていた。


「——私と“対話” できるものは、そう多くはいない」


その声が響くと同時に、 湖の水が小さな波紋を描く。


オリカは思わず息を呑んだ。


(……私と、対話できるもの?)


ゼファーやエリーゼ、カイルも不思議そうな表情を浮かべる。


「どういうことだ?」


ゼファーが眉をひそめる。


湖の守護者はオリカに視線を向けるように、わずかに光を揺らした。


「お前は、“この星” の記憶の外からやってきている」


その言葉に、 オリカの背筋が凍った。


「……っ!」


(記憶の……外?)


エリーゼが驚いたようにオリカを見る。


「……この“星”の?…それって、どういう……」


オリカは言葉を失ったまま、守護者を見つめ返した。



湖の守護者は 淡く輝きながら、静かに続けた。


「……お前の“力” は、この世界の理を脅かすかもしれぬ」


「もしそうならば——」


「お前は“決断” しなければならない」


オリカの喉がひりつく。


「決断……?」


「生きるか、死ぬか。」


「過去を選ぶか、未来を選ぶか。」


オリカは拳を握った。


(過去か、未来か……?)



湖の水が 再び波紋を描く。



「世界樹はお前に語りかけている。」


「混沌を追い払うことができるのは、静寂ではない。」


「ましてや、“秩序” でもない。」


「黒き影を消し去ることができる“炎” は、前に進むことを恐れぬ“心” だ。」


「だからこそ、神は人間を産み落とした。」


「“外界より来た者” よ——よく聞け。」


「明日、世界がどうなるかは誰にもわからない。」


「明日、世界が滅ぶとしても——」


「お前は“リンゴの木を植える” ことはできるか?」



オリカは息を呑んだ。



(——リンゴの木?)


(それって……。)


“未来のために、今できることをする”——そういうこと?


オリカの胸が、強く締め付けられる。



「……私は……」



「……お前の答えは、まだ見つかっていないようだな」


湖の守護者は 静かに揺らぎ、淡い光を広げた。


「それでいい」


「“答え” は、誰かに与えられるものではない」


「お前自身が見つけるものだからな」



——スゥ……ッ。



次の瞬間、守護者の姿が湖の中へとゆっくりと沈んでいった。


「……!」


オリカたちは思わず見つめる。


守護者が消えた湖面は、 再び穏やかな水鏡となった。



——サァァァ……。



風が吹き抜ける。


湖のほとりに静かな時間が訪れる。


オリカの髪が、そっと揺れた。



(……私は。)


(私の“答え” は……?)



“明日世界が滅ぶとしても、私は何ができる?”


オリカはゆっくりと目を閉じた。



湖の守護者が消えてから数分が経った。


それでも、オリカは動けずにいた。


風が湖面をなで、 波紋をゆっくりと広げる。


ゼファーが低く息を吐いた。


「……考え込んじまったか」


エリーゼもオリカの横顔を見つめる。


「オリカ……」


カイルが静かに湖を見つめた。


「すごいことを言われたもんな……」


「“世界の記憶の外” って……どういうことなんだろう」


オリカは口を開かない。


ただ、守護者の最後の言葉が頭の中で反響していた。



——“明日世界が滅ぶとしても、お前はリンゴの木を植えることができるか?”



(……私は。)


(私に、それができる……?)




「……わかんないよ」


オリカは小さく呟いた。


ゼファーが腕を組む。


「まぁ、すぐに答えが出るような話でもねぇよな」


「ただでさえ、世界の命運だの、黒死病だのって話だ。重すぎるぜ」


カイルが神妙な顔で頷く。


「俺たちは、この世界で生きてるけど……」


「オリカ、お前は“俺たちとは違う世界“から来たんだろ?」


「…なんつーか、そんなの信じられねーけど」


「……それってつまり、この世界にとって“異質” ってことなんじゃ……?」


オリカは目を伏せる。



(私の力は、この世界を脅かすかもしれない。)


(でも、私はそんなこと……。)



「——だからって、私は何もしないわけにはいかない」


オリカは拳を握りしめた。


「黒死病は、今も広がってる」


「私は、私にできることをしたい」


「……たとえ、それが間違っていたとしても……」


エリーゼがそっとオリカの手に触れた。


「……間違いかどうかなんて、まだ誰にもわからない」


「あなたがどこから来て、どんな”存在”なのかも…」


「…でも」


「あなたはただ、“治したい” んでしょう?」


「人を、——命を、救いたい。そう言ってたわよね?」


「なら、それでいいんじゃない?」


オリカはハッとエリーゼを見つめた。


エリーゼは微笑む。


「私も、あなたの決断を手伝う」


「だから、迷った時はちゃんと言ってね」




ゼファーが ニヤリと笑う。


「ま、オレはお前がどういう答えを出すか楽しみにしてるぜ」


「人間が星にとって“異質” なら、それを逆手にとってやりゃいいさ」


「俺たちは、滅ぶために生きてるわけじゃねぇだろ?」


カイルも頷いた。


「そうだな……」


「オリカ、お前の力がどういうものかはわからないけど……。」


「それで誰かを救えるなら、俺は信じるよ」


オリカは一人ひとりを見回した。


そして—— ゆっくりと深く息を吸い込んだ。



(答えは、まだ見つかっていない。)


(だけど、私はこのままじゃいられない。)


(できることから始める。)



「……帰ろう」


「私たちには、やるべきことがある。」


そう言って、オリカは 湖に背を向けた。


湖面がゆらりと輝き、まるで彼女の背中を見送るように波を広げた——。


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