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第72話



湖の水面が 揺らめく。


オリカたちは慎重に構えたまま、目の前の現象を見つめていた。


「……また、形を変えた?」


カイルが息を呑む。


先ほどまで人の姿を取っていた湖の守護者が——


今度は巨大な“水の球” へと変化していた。


それは、まるで シャボン玉のような半透明の球体。

淡く光を帯び、表面には 星のような輝きが点々と浮かんでいる。


——ゆらり、ゆらり。


波紋が広がるように、球体の表面がゆっくりと変化する。


「……あれが、守護者の本当の姿?」


エリーゼが 警戒しながら呟く。


「……いや、何か話そうとしてる」


ゼファーが短剣を収め、目を細めた。


その瞬間——


——“声” が、直接オリカたちの頭の中に響いた。




——「水は、全てを記憶する。」



オリカたちは思わず息を呑んだ。


球体の中心から、静かで穏やかな声が響く。



「……水は、生命の源であり、流れる記憶の器」


「星が創り出した生命エネルギー、そして古の記憶が、私たちを形作る」



オリカは思わず呟いた。


「……記憶?」


「そう。“星の記憶” だ」


守護者の声が波紋のように湖の上に広がる。


「私たちは、“この世界” の記憶を司るもの」


「大地が生まれ、命が芽吹き、やがて流れ去るすべてを、記憶し続ける存在。」


エリーゼが唇を噛みしめる。


「……でも、あなたは私たちを試した」


「なぜ?」


湖の守護者はしばし沈黙し、そして——ゆっくりと答えた。


「今、星は穢れ始めている。」




「この世界は、かつてもっと美しかった。」


「芳醇な森。 透明な水。 陽光に輝く大地。」


守護者の声とともに、湖の水面が波紋を描く。


オリカたちは次第に、まるで映像を見るような感覚に包まれた。


湖の水に映し出される“過去” の景色——


広大な草原が風にそよぎ、色とりどりの花々が咲き誇る。


澄んだ小川が穏やかに流れ、小鳥たちがさえずる森が広がる。


「……綺麗……」


オリカは思わず呟いた。



だが——


その景色はやがて変わる。



——ドォォォォン!!


黒煙が立ち上る。


木々が焼かれ、川は濁り、動物たちは次々と姿を消していく。


「……何が、起こったの……?」


エリーゼが息を呑んだ。


湖の守護者は静かに告げた。


「人間たちが、この土地を侵食したのだ。」



「かつて、この地は“霧の森” ではなかった。」


「豊かな自然が広がり、精霊や魔獣たちが共存していた。」


「だが、人間がこの地に足を踏み入れ、均衡は崩れ始めた。」


湖の水面に映し出される光景が変わる。


——剣を振るう者たち。

——木々を伐採し、土地を切り開く者たち。

——魔力を利用し、自然を改変しようとする者たち。


「森の精霊たちは、嘆き、抗った。」


「だが、人間たちは己の繁栄を優先し、森を切り開き、川を歪め、大地を穢していった。」


カイルが拳を握りしめる。


「……まるで、俺たちが……星を壊しているみたいじゃないか……」


湖の守護者がゆっくりと答える。


「すべての人間が、そうではない」


「だが——この星の均衡は、今、確かに崩れ始めている。」


「そして、それが“魔獣“の発生と無関係だと思うか?」


オリカの心臓が大きく跳ねた。


「……魔獣……!?」


湖の守護者は静かに答える。


「“病” 、——穢れとは、星が発する“悲鳴” なのかもしれぬ」



湖の水面が揺らめく。


巨大な球体と化した湖の守護者は、 淡い光を帯びながら語り始めた。


「……星は、形を求めていた」


その言葉に、 オリカたちは思わず息を呑む。


「混沌の中に秩序を生み、己の輪郭を定めるために」


「流れ続けるだけの存在ではなく、“定義” を持ちたかった」


「その果てに——人間が生み出されたのだ



——ゴウッ……!



湖の波紋が、まるで呼応するように静かに広がる。


「……私たちが?」


オリカが小さく問いかける。


守護者は微かに頷いた。


「そうだ。お前たち人間は、星が求めた“形” そのもの。」


「動かぬ山に名をつけ、流れる川を地図に記す。」


「流動するものを定義し、秩序を作り出す存在。」


エリーゼが杖を握りしめる。


「……でも、それなら……どうして?」


「どうして、星が生んだ私たちが、今になって“星を脅かしている” なんて言われるの?」



湖の守護者の光が、 僅かに揺れた。


「——お前たちは、“停滞” を求めなかった」


エリーゼが息を呑む。


「人間は“変化” を恐れず、より良い未来を求めた」


「だが、それと同時に——」


「星が与えた自然を破壊し、生命の循環を阻害し始めた」


「大地を耕し、川を堰き止め、森を切り開く」


「火を生み、鋼を鍛え、天をも制そうとする」


「それは、“創造” でありながら、“破壊” でもあった」



——ザァァァァ……


湖の水面に、 過去の映像が映し出される。


青々と茂る森が、 伐採されていく。

川がせき止められ、 大地が干上がる。

空に煙が立ち昇り、 かつての青空が霞んでいく。



「これは……」


カイルが拳を握りしめる。


「……確かに、俺たちは発展を求めた」


「でも、それが……“世界” を壊しているのか?」


湖の守護者は静かに答えた。


「均衡は、今まさに崩れつつある」


「生物だけでなく、世界樹にも——“黒い影” が及び始めている」



「黒い影……?」


オリカの胸がざわめく。


湖の守護者は淡く光を灯しながら、ゆっくりと語る。


「黒死病——お前たち人間はそう呼んでいるようだな」


「しかし、我々の間では“黒い影” と呼ばれている」


「それは、生命の流れを歪め、停滞を生む呪い」


「そして、今——世界樹の根にも、その影が忍び寄りつつある



——ゴウッ……!



湖の水面が、 暗く濁る。


オリカの心臓が大きく跳ねた。


(世界樹に……黒死病が?)


「世界樹は星の軸であり、命の繋がりそのもの」


「そこに影が差せば、生命そのものの循環が途絶えることになる」


「つまり——」


湖の守護者の 声が、より低く響いた。


「このままでは、すべての命が行き場を失う」



「……それって……もう、どうしようもないの?」


オリカが 不安げに問いかける。


湖の守護者は 微かに、揺れながら答えた。


「元々、この世界は無秩序な混沌から始まった」


「完全なる秩序は、最初から存在しない」


「それゆえに、“完全な調和” を求めること自体が、矛盾しているのだ」


オリカたちは沈黙した。


ゼファーが低く笑う。


「……皮肉な話だな」


「生きることそのものが、世界の秩序を乱すってわけか」


湖の守護者は静かに続けた。


「生命とは、静寂からの脱却」


「停滞を拒み、流れを作り出し、時にそれすらも壊すもの」


「可能性という特異点——」


「“生物” とは、一種のパラドックスなのだ」


「生まれ、変化し、消えていく」


「不合理で、矛盾に満ちた存在……」


「しかし、それこそが“生命” というものではないか?」


オリカの 脳裏に、一瞬だけ過去の光景が蘇る。



(——転生する前の、病室。)


(——母の涙。)


(私は……)


(“生” を与えられた……。)



オリカは ゆっくりと手を握った。


「……だからって」


「だからって、私たちは“無力” だって言うの?」


湖の守護者は静かにオリカを見つめた。


「——その答えは、お前自身が見つけるものだ」




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