第71話
「……興味深い。」
——ズシャァァッ!!
湖の水が再び渦を巻き、攻撃が放たれる。
しかし——
「……!」
水の刃がオリカの身体に届く直前、透明な膜が展開された。
「バリア……?」
エリーゼが驚きの声を上げる。
それは オリカ自身が無意識のうちに形成した、完全防御の“領域” だった。
湖の守護者の攻撃が防がれる。
ゼファーがニヤリと笑った。
「……面白ぇな。お前、本当に“ただのヒーラー” か?」
オリカはゆっくりと地面に手をつく。
その瞬間——
「……行くよ。」
——光が、一気に広がった。
温かな魔力が 大地を伝い、仲間たちへと流れ込む。
「……ッ!」
エリーゼの 体がふわりと軽くなる。
「この魔力……!?」
カイルの傷が瞬時に塞がり、呼吸が整う。
「すごい……まるで、魔力が溢れてくるみたいだ……!」
ゼファーも驚いたように拳を握る。
「なるほどな……こいつは“治す” だけじゃねぇ」
「オリカの魔法は、“戦う力” もくれるのか」
「……まるで、身体が軽い」
エリーゼがしっかりと杖を握る。
「魔力が……みなぎってくる……!」
カイルの指先に、自然と氷の魔力が宿る。
「……ふっ」
ゼファーは剣を構え、湖の守護者を見据える。
「お前のせいで、一度は崩されちまった陣形だ」
「でもよ……今度は違うぜ?」
湖の守護者が静かに目を細める。
「——ならば、見せてもらおう」
「……いくぜ」
ゼファーが 眼帯を外した。
《ラグナロク》
——その瞬間、世界が変わる。
ゼファーの 右目が深紅に輝き、瞳孔が細く収縮する。
(……見える。)
湖の守護者の身体に、赤く脈打つ魔力の流れが浮かび上がる。
しかし——
(……?)
(コイツ、どこが“核” なんだ……?)
魔獣や魔道兵器であれば、通常は魔力の集約点——いわゆる「コア」が存在する。
しかし、湖の守護者の身体には、そういった単純な「一点の核」がない。
ゼファーの額に汗が滲む。
「おい……」
「こいつ、単なるコア持ちの敵じゃねぇぞ」
エリーゼとカイルがゼファーを見つめる。
「どういうこと?」
ゼファーは目を凝らしながら説明する。
「……コイツの構造は、普通の生物や魔獣とは違う」
「俺の“魔眼” は、生物の魔力の流れや潜在能力を“視る” ことができる」
「だが、コイツには明確な魔力の“核” がねぇ」
「……つまり、どういうこと?」
エリーゼが眉をひそめる。
ゼファーは舌打ちした。
「普通の奴なら、魔力は身体の中を循環する。だが、コイツは——“魔力そのもの” が意識を持って動いてる」
「コアが一点に固定されているわけじゃない。むしろ、全身が“核” のようなもんだ」
カイルが息を呑む。
「それって……つまり……?」
「簡単に言えば、普通の方法じゃ倒せねぇってことだ」
「一撃で急所を潰すことはできねぇ。コイツの魔力が“動く” 限り、何度でも形を変えて再生する」
湖の守護者が僅かに微笑む。
「……正解だ」
「私は“流動する存在”」
「一箇所を狙ったところで、無駄なこと」
ゼファーが剣を構える。
「……言うじゃねぇか」
「なら、“動く核” ごと、魔力の流れを逆流させてやるしかねぇな」
「魔力の流れを……逆流させる?」
エリーゼが疑問の声を上げる。
ゼファーは片方の短剣を軽く回した。
「要するに、コイツは全身の魔力が流動しながら“自分の形” を維持してるんだろ?」
「だったら、その流れを強制的に“止める” か、“暴走” させりゃいい」
カイルが理解したように頷く。
「魔力の通り道を、逆に利用する……!」
エリーゼが杖を握りしめる。
「つまり、特定の部位に一度“魔力を溜めさせる” 必要がある……!」
「その通り」
ゼファーがニヤリと笑う。
「そして、“溜まった瞬間” に、それを一気に破壊する」
湖の守護者が静かに頷いた。
「なるほど……。試してみるがいい」
オリカは深く息を吸った。
「……やってみよう」
(私にできること——。)
(みんなを支えながら、この流れを作る!)
「——行くよ!!」
——総攻撃の幕が、開く。
「——行くよ!!」
オリカの声が湖のほとりに響く。
湖の守護者は静かに身構えた。
ゼファーが短剣を構え、ニヤリと笑う。
「さて……“動く核” をどう料理するか、試してみるか」
カイルが詠唱を始める。
「魔力を“溜めさせる” には、こちらの攻撃を一点に集中させる必要がある……!」
エリーゼもすぐに続いた。
「なら、最初に魔力の流れを“固定” させるのが大事ね」
「私が“封じる魔法” を撃つ!」
「カイルは“冷却” で魔力の流動を鈍くして!」
「ゼファーは……」
「言われなくてもわかってる。俺が“要” をぶった斬る」
「——行くわよ!」
エリーゼが杖を掲げた。
「《グラヴィタス・ロック》!!」
——ゴゴゴゴ……!!
湖の守護者の足元が僅かに沈む。
(……重力を操る魔法……!)
通常の防御魔法とは異なり、この魔法は対象の魔力の流れを鈍化させる特性を持っている。
守護者の動きが一瞬、わずかに鈍る。
「……フム」
湖の守護者が軽く腕を振る。
バシュッ!
空間が歪むように魔力が解放されるが、それでも完全には自由にならない。
「効いてるわ! そのまま……!」
「——次は俺の番だ!」
カイルが氷結魔法を展開する。
「《クリスタル・コフィン》!!」
——ズァァァァァ!!
空気が一気に冷え込み、湖の水が氷結していく。
湖の守護者の身体の表面にも、薄く霜が張り始めた。
「……なるほど。」
「確かに、私の魔力の流動は鈍くなった」
「だが……それが決定打になるか?」
湖の守護者は冷ややかに微笑む。
「決定打になるさ」
ゼファーが目を細めた。
「今ので“魔力の溜まる場所” がわかったぜ」
ゼファーの 《ラグナロク》 が輝く。
「……お前の魔力は全身を巡ってるが、冷却されて鈍ったことで、動きが均等じゃなくなった」
「今、一番魔力が“集中” してるのは——」
ゼファーが短剣を向ける。
「——お前の左肩のあたりだ」
湖の守護者が微かに瞳を揺らす。
「……ほう」
「なら、試してみるがいい」
ゼファーは笑みを深めた。
「お前がそう言うってことは……本当に“そこ” ってことだな。」
「《アイス・スパイク》!!」
カイルが両手を掲げると、空気が一瞬で冷却される。
——ヒュウウウウウ……ッ!
凍てついた空気が一つの点に集まり、鋭利な氷の槍が形成される。
氷の表面は淡く青白く輝き、冷気の粒が周囲を漂う。
「狙いは、左肩の“溜まった魔力” だ……!」
湖の守護者は 即座に防御の体勢を取る。
しかし——
ゼファーがニヤリと笑う。
「遅ぇよ」
——氷槍
カイルが腕を曲げ、鋭い軌道を描く。
——シュバァァァァッ!!
高速回転する氷槍が空間を切り裂きながら、一直線に突き進む。
湖の守護者の左肩へと迫る瞬間——。
「……無駄だ」
湖の守護者が腕を振るう。
その動きに合わせて周囲の水が一気に渦を巻き、氷槍を絡め取ろうとする。
ただ——
「——凍れ。」
カイルが低く呟く。
——バキィィィィンッ!!
湖の守護者の水の流れが凍りついた。
カイルの魔法が 守護者の制御を封じ込めたのだ。
その隙に——
氷槍が守護者の肩に突き刺さる。
「ぐっ……!」
守護者の身体が僅かに揺らぐ。
「今よ、エリーゼ!!」
オリカの叫びに応じて、エリーゼが杖を振り上げる。
「《フレア・バースト》!!」
…チリッという音が杖の先端に弾け、——魔力が膨らむ。
——ズドォォォォン!!!
圧縮された炎の塊が、氷槍の刺さった肩を正確に狙う。
炎と氷の相反するエネルギーが融合し、爆裂する。
衝撃波が四方へ広がり、熱気が周囲の霧を吹き飛ばす。
「ぐぅ……!」
湖の守護者の肩が爆発的に吹き飛ばされる。
魔力の流れが大きく乱れた——。
「……今だ!!」
ゼファーが全速力で駆け出す。
彼の踏み込みが爆発的に加速する。
——ドンッ!!
空気を弾き飛ばすように 一気に跳躍し、守護者の懐へと滑り込む。
湖の守護者は 防御しようとするが——。
(遅ぇ。)
ゼファーの魔眼は既に動きを読んでいる。
「——ぶった斬る」
——シュバァァァァッ!!
ゼファーの 短剣が、守護者の“魔力の集中点” を正確に斬り裂いた。
「……ッ!!」
湖の守護者の身体全体が、一瞬にして弛緩する。
「魔力が……制御不能に……」
その瞬間——
——ドォォォォン!!!
湖の水が一気に逆流し、守護者の身体が霧散した。
水が静かに戻っていく。
霧が晴れ、湖の水面が穏やかに波打つ。
オリカたちは肩で息をしながら、敵の消滅を確認した。
「……終わった?」
エリーゼが慎重に周囲を見回す。
そして——
「……フフ」
湖の水が再び揺らぎ、守護者の声が響いた。
「素晴らしい……」
オリカたちは息を呑んだ。