第7話
「さて、お前さんの身元は保証されたわけだが……」
看守の男は渋い顔をしながら、牢の鍵をガチャリと回した。
「くれぐれも 次からは身分証を持ち歩けよ」
「えぇ、もちろん!」
牢の扉が開き、私はようやく自由の身になった。
やった、監獄行きを回避!!
「オリカ様、こちらへ」
少年の父親である アレクシス家当主・ヴィクトール が、静かに私を促した。
彼は整った口ひげを生やし、貴族のような雰囲気を持つ威厳ある男だった。
その隣に立つのは、少年の母である カテリーナ夫人。
彼女は優雅なドレスをまとい、どこか冷静な美しさを漂わせていた。
「オリカ様を、正式にロストンの住人として登録してもらいます」
「おぉ……それってつまり、私の身分証がもらえるってこと!?」
「ええ。“アレクシス家の客人”としての資格で発行できます。」
「やったぁぁぁぁ!!」
私は飛び跳ねながら喜びを爆発させた。
「フフ、そんなに喜んでいただけるとは」
カテリーナ夫人が微笑む。
「さて、手続きを済ませましょう」
私はアレクシス夫妻に連れられ、ロストンの 役所 へと向かった。
ロストンの役所は、石造りの堂々たる建物だった。
中に入ると、威圧感たっぷりの書記官が待ち構えていた。
「アレクシス家が保証するということで間違いありませんね?」
「ええ」
ヴィクトールの一言で、書記官の態度がガラリと変わる。
「では、オリカ・フジサ様の登録を行います」
「おぉぉ……!」
私はドキドキしながら手続きを見守った。
書記官は、なにやら分厚い書類にサラサラと記入していく。
「オリカ・フジサ様。あなたは本日より、ロストンの正式な住人として登録されます」
「やったーー!!」
「……ですが、ひとつだけ問題があります」
「え?」
「通常、身分証には 出生地と家名 が記されます」
「……」
そ、そうだった。
私には 異世界での出生地も家名もない。
「記録上、あなたの出自は“不明”となります。
それでもよろしいですか?」
「……」
この世界の誰ともつながりがない。
それはつまり、私は本当に“異邦の者”である という証明になる。
でも——
「問題ありません!」
私は胸を張った。
「ここから、新しい人生を始めるつもりですから!」
「……わかりました」
書記官は頷き、身分証を仕上げた。
「こちらが、あなたの身分証です」
渡されたのは、小さな 金属製のプレート だった。
表面には “ロストン住人” と刻まれ、私の名前が記されていた。
「これで、無法者扱いされることはありません」
「やったーー!!」
私は誇らしげに身分証を握りしめた。
「オリカ様、おめでとうございます」
「本当にありがとうございます!!」
私はアレクシス夫妻に深々と頭を下げた。
「しかし、オリカ様」
ヴィクトールは腕を組みながら、じっと私を見つめた。
「なぜあなたの治癒魔法は、黒死の病の一部には効果がなかったのですか?」
「え……」
私は、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
そうだ。
私は 最初に助けた男の病は治せたが、少年の病は治せなかった。
それが何を意味するのかは、まだ分からない。
「……それを調べるために、私はこの街で“医学“の勉強を始めようと思っています」
私は真剣な目で彼を見つめた。
「黒死の病が蔓延しているこの街で、何が起きているのかを知るために」
すると——
「なるほど。あなたは、医療を通じてこの街を知ろうとしているのですね」
ヴィクトールは満足そうに頷いた。
「それならば、私たちも協力しましょう」
「えっ!?」
「私たちアレクシス家は ロストン最大の貿易商 です。
この街の物流を担い、帝国とも密接な関係を持っています」
「そ、そんなすごい家だったの!?」
「ええ。私たちは 『黒死の病が経済に与える影響』 を懸念しています。
このままでは 物流が滞り、商業が崩壊する でしょう」
「……」
私は驚きつつも、納得した。
疫病が広がれば、物流が止まり、人々の暮らしが立ち行かなくなる。
「もしあなたが、この病の真実を突き止めることができるなら、私たちもあなたを支援しましょう」
「……!」
「例えば、診療所の場所の提供 や、医療器具の手配 など」
「マジで!? そんないい話あるの!?」
「ふふ、あなたは私たちの恩人ですから」
「……ありがとうございます!!!」