第67話
「……あれは?」
オリカは湖の底で揺らめく青白い光を見つめた。
透明な水の奥深くで、淡く、脈動するように光が漂っている。
「エリーゼ、見える?」
オリカが隣にいたエリーゼへ尋ねる。
エリーゼは静かに目を細め、水面に手をかざした。
「……確かに、何かが光っていますね」
「湖底に“何か” がある」
ゼファーが不敵に笑いながら、湖に小石を投げ込んだ。
ポチャン……
波紋が静かに広がる。
「……距離があるな。結構深そうだ」
「潜って確かめてみる?」
カイルが冗談めかして言う。
「いえ……湖に魔力が満ちている以上、何があるかわからない」
オリカは慎重に湖面を観察した。
(魔力の流れが、どこか“螺旋” を描いている。)
(まるで、何かを隠すように……。)
「これは、ただの湖じゃない」
オリカが呟く。
エリーゼは小瓶を光に当て、湖の水をじっくり観察した。
「この水……やっぱり普通じゃありません」
「どういうこと?」
オリカが尋ねると、エリーゼは水瓶を振ってみせる。
「水自体に魔力が込められているのもそうですが、それだけじゃない……。
何か、“別の成分” が含まれています」
オリカは 小瓶を手に取り、光に透かしてみる。
(水なのに、“目の細かい“不純物のような粒子が……漂っている?)
ゼファーが興味深そうに覗き込む。
「飲めるのか?」
「……やめておきましょう」
カイルが即座に制止した。
「成分がわからない以上、下手に口にすれば“魔法的な影響” を受ける可能性があります」
「つまんねぇな」
ゼファーが肩をすくめる。
「じゃあ、どうする? ここに留まって調査するか?」
オリカは湖底の光を見つめたまま、考え込んだ。
(これだけの魔力を放っているなら……もしかすると、もっと深く潜らないと、正体は掴めないかもしれない。)
乾いた空気。
涼しい風が通り抜けていく中で、何か不自然な気配が肌を掠めていった。
——ふっ……ふっ……
微かに、風に紛れるような声が聞こえた。
オリカの肌がざわりと粟立つ。
「……?」
ゼファーが 剣の柄に手をかけた。
「おい、今の聞こえたか?」
「……ええ」
オリカはゆっくりと周囲を見渡す。
「誰かいる?」
しかし、周囲にはオリカたち以外、誰の姿もない。
湖の水面は先ほどまでと変わらず、静寂に包まれていた。
「……気のせいじゃねぇよな」
ゼファーが警戒を強める。
エリーゼは杖を取り出し、魔力を先端に込めた。
湖に手をかざし、水の中に溶け込んでいる魔力の流れを読む。
「これは……まるで、“霊的な何か” が漂っているみたいです」
「霊的な?」
カイルが眉をひそめる。
「水の精霊とか?」
「……精霊に近いかもしれません」
エリーゼが 慎重に言葉を選ぶ。
「でも、何か“違和感” があります」
「どういうこと?」
オリカが問いかけると、エリーゼは静かに答えた。
「普通の精霊なら、もっとはっきりと“存在” を示します」
「……でも、これは?」
エリーゼが 湖の水をすくい上げる。
「まるで、過去の記憶が残っているかのように……」
オリカの心臓が高鳴る。
(過去の記憶……?)
まるで、“何かがこの湖に刻まれている” 。
——そんなふうに聞こえた。
ゼファーが腕を組み、湖底の光を睨んだ。
「……ここには、何かが埋まってる」
「だね」
オリカは湖面に映る自分の姿を見つめながら、静かに答える。
(この湖が“浄化” の力を持っているとしたら……。)
(その力の源が、湖の底に眠っている可能性が高い。)
エリーゼが周囲の地形を確認する。
「この湖、かなりの深さがありそうですね」
「潜るのは危険か……」
カイルが慎重に言う。
ゼファーはニヤリと笑った。
「なら、どうする? 掘り起こすか?」
「掘り起こすって、バカ言わないでよ」
オリカが湖底を見つめながら突っ込む。
エリーゼは、冷静に分析していた。
「この水には“霊的な影響” がある。
下手に手を出せば、何が起こるかわからないわ」
ゼファーが肩をすくめる。
「……じゃあ、手を出さずに、観察するしかねぇな」
オリカは深く頷いた。
「しばらく、この湖を調査しましょう」
「……でも、気をつけましょう」
エリーゼが湖の水を見つめながら言った。
「この湖……何かに“守られて” いる気がします。」
オリカは再び湖の奥の光を見つめた。
(この湖が何を隠しているのか——。)
(それが分かれば、私は“この世界の秘密”に一歩近づけるかもしれない。)
——湖底に沈む“何か” は、静かにその時を待っていた。




