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第66話



「……これで終わり、か」


ゼファーが剣を鞘に納め、長く息を吐いた。


霧爪の魔獣は沈黙し、森の中を満たしていたどす黒い瘴気 は、燻蒸の煙に溶けて消えた。


気づけば、霧も徐々に薄らいでいく。


「ふぅ……やっと一息つけるな」


カイルが額の汗を拭いながら言った。


オリカはすぐに他の魔獣の亡骸を観察しようとしたが、まずは優先すべきことを思い出す。


「……フィオナの聖草」


彼女は森の奥を見渡した。


魔獣の影響で生態系が乱れている可能性があったが——


(それでも、この森のどこかに生えているはず。)


「エリーゼ、一緒に探してくれる?」


エリーゼが軽く頷いた。


「そうですね。これだけ広い森の中、普通に探していたら日が暮れますし」


「カイル、お前も手伝え」


ゼファーが 肩をすくめながら言った。


「はいはい、っと」


カイルが静かに魔力を展開する。




「——マナ・スキャン!」


オリカは魔力を集中し、森の魔力の流れを読み取る。


(この森に生えている植物の中から、特定の魔力を持つものを探す。)


魔獣が放っていた瘴気が消えたことで、あたり一帯を覆っていた魔力の乱れが、少しずつ晴れてきていた。


(植物は、その土地の“魔力の記憶” を持っている。)


(だから、その記憶を辿れば、薬草の“生えやすい場所” も自ずと見えてくる。)


「……見つけた。」


オリカの視界に、微かに青白く輝く魔力の流れが映る。


「この先よ!」




オリカたちは 霧が晴れた森の奥へと進んだ。


すると——


「……なんだ、ここ?」


ゼファーが驚いた声を漏らした。


霧の森の奥には、穏やかな陽光が差し込む“隠された楽園” のような場所が広がっていた。


木々の間から金色の光がこぼれ、無数の野花が風に揺れている。


さっきまでの霧に包まれた陰鬱な森とは対照的な光景に、オリカたちは一瞬息を呑んだ。


「こんな場所が……」


エリーゼが驚きながら呟く。


(この場所だけ、まるで“浄化” されているみたい。)


カイルが慎重に足元を確認しながら進む。


「魔獣の影響が届いていない……」


「この場所には、何かが“守っている” ものがあるのかもしれないわ」


オリカは目を細めながら、再び魔力を探る。


(フィオナの聖草は……)


その時、彼女の視界に 青白く光る一角が見えた。


「……あった!」




オリカたちは微かな光の差し込む林の奥へと進んだ。


そこには——


「すごい……。」


エリーゼが感嘆の声を漏らす。


一面に広がる、青白い輝きを放つ薬草の群生。


「これが……フィオナの聖草?」


ゼファーが目を細めて見下ろす。


薬草は背丈の低い細長い葉を持ち、中央には小さな銀色の花が咲いていた。

花弁は淡く輝き、微かな香りが漂っている。


「……神秘的ですね」


カイルが慎重に葉を触れる。


「柔らかいのに、芯がしっかりしている……」


「この草には、強力な抗炎症作用があるの」


オリカが丁寧に摘みながら言う。


「でも、ここにこれだけの量があるなんて……。」


(もしかして、この場所が“霧の森の汚染” から守られていた理由は、この草が関係している?)


(でも、文献によれば、フィオナの聖草は“ 太陽が届かない暗所”にしか生えないって書いてあったけど…)


ゼファーが鼻をひくつかせた。


「……なんか、ほのかに甘い匂いがするな。」


「それは、“鎮静作用” ってやつ」


オリカが笑う。


「フィオナの聖草は、炎症を抑えるだけじゃなく、痛みを和らげる効果もあるっぽい」


「なるほどな」


ゼファーが腕を組んだ。


「これがあれば、お前の診療所も安泰ってわけか」


「そんな単純なもんじゃないけどね」


「しっかし、本当にこれが“目当て”のものなのか?」


「多分ね。見た目は酷似してるし、特徴も文献に書いてある通り」



(…気になるのは、やっぱり生息してる場所だけど)



オリカは摘んだ薬草を布袋に包みながら頷いた。


「この薬草をしっかり乾燥させて、煎じれば薬になるわ」


「意外と繊細なんですね」


エリーゼが 慎重に草を摘みながら言う。


「摘んでからすぐに加工しないと、有効成分が飛んでしまうらしいの。

だから、帰ったらすぐに処理しないとダメ」


「ふーん」


カイルが納得したように頷く。


「……そろそろ引き上げましょう」


オリカが立ち上がった。




「このまま引き返しますか?」


エリーゼが提案する。


しかし、オリカは霧の奥をじっと見つめたまま、首を横に振る。


「……もう少し、進んでみたい」


「おいおい、まだ先に行く気かよ」


ゼファーが呆れたように笑う。


「どうしてですか?」


エリーゼが 慎重に問いかける。


オリカは静かに息を吸い込んだ。


「……この森の先に、何があるのか気になるの」


瘴気を纏った霧が森を覆い尽くしていた。

それなのに——


(瘴気が晴れた今、森の奥から“風” が吹いている。)


それは、まるで清廉な大地が、この先にあると告げているようだった。


「……なら、行ってみるか?」


ゼファーが肩をすくめる。


「どうせここまで来ちまったんだ。少しぐらい足を伸ばしてもいいだろ?」


「……しょうがないですね」


エリーゼは ため息をついたが、どこか楽しそうだった。



薄暗い森を抜けるにつれ、霧が和らぎ、木々の隙間から次々と光が差し込み始めた。


湿った大地の匂いに混ざり、どこか清涼な草の香りが鼻をくすぐる。


「……霧が晴れてきた」


カイルが驚いたように呟いた。


「おい、見ろよ。」


ゼファーが視線を上げた先に——


——突如、目の前に広がったのは、まるで別世界のような光景だった。


緑の大地が果てしなく広がり、澄み切った空がその上に広がる。


木々は高く天を仰ぎ、葉の間をすり抜ける光が黄金色の模様を作り出していた。


崖の上からは、壮大な滝が流れ落ち、陽の光を浴びて煌めく飛沫を上げる。


遠くには 穏やかに広がる湖、そしてそれを囲むように絹のような雲が浮かぶ山々がそびえ立っていた。


「……なんて場所なの」


オリカは思わず息を呑んだ。


さっきまでいた森の陰鬱な暗闇とは対照的に、ここには命の息吹が満ちていた。


「まるで……“楽園” みたいですね」


エリーゼが感嘆の声を上げる。


「こんな場所が……霧の奥にあったのか?」


カイルも驚きを隠せない様子だった。


「すげぇな……」


ゼファーが赤髪をかき上げ、笑みを浮かべる。


「まるで、“この世の果て” に来たみてぇだ」


オリカはそっと足元の草を踏みしめる。


土は柔らかく、生命の温もりを感じる。


小さな野花が咲き乱れ、風に揺れながら囁いていた。



(ここには、瘴気の痕跡がまったくない。)


(むしろ……霧の森の“汚染” を打ち消しているような気さえする。)



「この場所は……いったい?」


エリーゼが不思議そうに辺りを見回した。


「……何かがある」


オリカは小さく呟いた。


「この場所には、“特別な何か” が」




「ちょっと登ってみるか」


ゼファーが崖の方へ向かう。


崖は急斜面ではあるが、ごつごつとした岩の隙間にはしっかりと根を張った木々が生えている。

その間から、冷たく澄んだ水が流れ落ち、細やかな飛沫がキラキラと光を反射していた。


「おい、見てみろ」


ゼファーが 崖の上から振り返る。


オリカたちはゆっくりと登り、視界を開いた。


「——ッ!」


「これは……」


そこには巨大な湖が広がっていた。


湖面はガラスのように透き通り、空の青と雲の白がそのまま映し込まれている。

水辺には動物たちが戯れ、鳥たちがさえずる声が響く。


オリカは静かに水に手を入れてみた。


「……冷たくて、澄んでる」


(こんなにも清らかな水……。)


「ねぇ、エリーゼ」


オリカはふと振り返る。


「この水……“何か” を感じない?」


エリーゼは目を細め、水に手をかざした。


「……これは……魔力?」


彼女は驚いたように目を見開いた。


「湖そのものに、魔力が流れ込んでいます」


「……やっぱり」


オリカは静かに頷いた。


(この湖は、普通の湖じゃない。)


(まるで、“世界樹” の力に近い何かを感じる……。)


ゼファーが湖を眺めながら、ニヤリと笑った。


「おいおい、すげぇ場所に来ちまったな」


エリーゼが湖の水を慎重に観察する。


「この湖の魔力……もしかして、霧の森の瘴気を浄化している?」


オリカの脳裏に、一つの仮説が浮かんだ。


「……この場所があるから、霧の森は“これ以上” 汚染されないのかもしれない。」


カイルが静かに言う。


「だとすると、ここは……」


「“世界の浄化装置” みたいなもの?」


オリカが湖を見つめながら呟く。


(まるで、ここが“世界樹” によって守られた場所のように……。)




「……とにかく、この場所はただの湖じゃないってことは確かね」


オリカは湖の水を少し採取し、小瓶に入れた。


「研究してみる価値はありそうね」


「帰ったら、じっくり調べてみよう」


エリーゼが頷く。


「……しかし」


ゼファーが湖を見つめながら、何かを感じ取るように言った。


「ここにある魔力……“何か” を隠してやしねぇか?」


オリカはゼファーの言葉に、はっとする。


(もしかして、この湖には“まだ知らない秘密” がある?)


その時——


湖の底から、かすかに青白い光が揺らめいた。


「……あれは?」


オリカが 目を凝らす。


湖の奥深く、何かが眠っている——。


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