第65話
霧爪の魔獣がゆっくりと地面に崩れ落ちる。
ゼファーは剣を肩に担ぎながら、じっとそれを見下ろした。
「……終わったか」
カイルが 慎重に魔獣の様子を観察する。
「完全に動きを止めましたね」
エリーゼは緊張が解けたように、深く息を吐いた。
「これで、ひとまず危険は去った…か……」
オリカは魔獣の亡骸を見つめながら、ゆっくりと近づいた。
(この魔獣……。)
(ただの“猛獣” じゃない。何かおかしい。)
——まるで、誰かの手で“作られた” みたい。
「オリカ、何をしてる?」
ゼファーが眉をひそめる。
オリカはしゃがみ込み、魔獣の体をまじまじと見つめた。
「……解剖するわ」
「……は?」
ゼファーが呆れたように目を細める。
「おい、さっきまで命懸けの戦いしてたんだぞ?
休む気はねぇのか?…っていうか、解剖!?」
オリカは構わず、手袋をつけながら答える。
「この魔獣、普通じゃないのよ」
「どこが?」
「皮膚の再生速度、血流の制御、そして瘴気の放出。
こんな特性を持つ生物が、自然界で進化するとは思えない」
「……確かに」
カイルが冷静に頷く。
「通常の魔獣は、ここまで特殊な能力を持ちません。
それに、この霧の森で報告されている魔獣とも、特徴が一致しない」
エリーゼも難しい顔をする。
「まるで、誰かが意図的に“こういう魔獣” を作り出したみたいですね」
オリカはナイフを取り出し、魔獣の腹部に慎重に切り込みを入れる。
「……!!」
オリカは手を止め、息を呑んだ。
「なにか見つけたのか?」
ゼファーが興味深そうに覗き込む。
魔獣の内臓の間に、見慣れない“青黒い結晶” が埋め込まれていた。
「これは……?」
オリカは慎重にピンセットで結晶を取り出す。
(こんなもの、生物の体内に存在するはずがない。)
(人工的な……何か?)
「見せてみろ」
ゼファーが 結晶を手に取る。
「……魔石みてぇな質感だが、こんなの見たことねぇな。」
カイルが慎重に魔力を込めると、青黒い結晶がかすかに反応した。
「魔力を帯びています……。」
エリーゼは険しい表情で結晶を睨んだ。
「もしかして……これが、魔獣の“再生能力” の原因なのでは?」
オリカは考え込む。
「もしこの結晶が、魔獣の体に“後天的に埋め込まれた” ものだとしたら……?」
「……つまり?」
ゼファーが眉を上げる。
「この魔獣は、誰かの手によって“改造” された可能性がある」
「……!」
一同の間に緊張が走った。
「改造された魔獣……」
エリーゼが呟く。
ゼファーは腕を組み、険しい表情を浮かべた。
「それが本当なら、誰がこんなことを?」
カイルは推測するように言う。
「ヴァルキア帝国……?」
「……可能性はあるわね」
オリカは深く頷いた。
「ヴァルキアは“旧アウロラ計画” で、人体実験をしていた」
「もし、人間だけでなく“魔獣” にも同じことをしていたとしたら?」
ゼファーが低く笑う。
「……嫌な話だな」
エリーゼは腕を組み、森の奥を睨んだ。
「もしこの魔獣が、ただの個体ではなく“実験体” だったとしたら……?」
カイルが小さく息を呑む。
「もっと、同じような魔獣がいるかもしれない……?」
「可能性は高いわ」
オリカは真剣な表情で結晶を見つめた。
(これは……単なる薬草採取のための戦いじゃない。)
(私たちは、もっと大きな何かに踏み込もうとしている……。)
「……ひとまず、この結晶を調べる必要があるわね」
ゼファーが興味深そうに笑った。
「ハハッ!物好きなやつだな。だが、こういう話、大好きだぜ」
エリーゼが呆れたようにため息をついた。
「…本当に、厄介ごとが好きですね」
「まぁな」
ゼファーは肩をすくめた。
オリカは改めて魔獣の亡骸を見下ろす。




