第64話
「——まずい! まだ終わってない!」
ゼファーが即座に後退し、魔獣の次の動きを警戒する。
燻蒸によって瘴気が消え、魔獣の視界を隠す霧はほぼ無くなっていた。
しかし、それでも霧爪の魔獣はなおも凶暴に牙を剥く。
「霧が消えても、コイツ……怯まない」
ゼファーが剣を構え直す。
「…推測の域を出ないけど、この魔獣にとって瘴気はあくまで狩りの補助。
本来の強さは、そこじゃないかも」
オリカは冷静に分析しながら、魔獣の動きを観察する。
魔獣の体はすでに何カ所か深く斬られている。
にもかかわらず、傷口から流れる血はほとんどない。
(……おかしい。出血が少なすぎる。)
ゼファーが再び魔獣の関節を狙おうと動いた瞬間——
ズルッ……
魔獣の皮膚がめくれ、内側から別の皮膚が現れた。
「——ッ!?」
ゼファーが 瞬時に後退する。
「……再生した?」
オリカが驚愕する。
(まるで“脱皮” みたいに、傷ついた皮膚を捨てた……!?)
「ふぅん……」
ゼファーが鋭く笑う。
「つまり、どんなに斬りつけても“脱ぎ捨てる” ことでダメージを回避できるってわけか」
「そんな……!?」
エリーゼが息を呑む。
(これは……思ったより厄介な相手かもしれない。)
オリカは魔獣の異様な再生を見ながら、医学的な視点で考えた。
(普通、傷を負った皮膚は“再生” するのに時間がかかる。)
(でも、この魔獣は違う。ダメージを負った皮膚を捨て、新しい皮膚を即座に露出させている。)
(それに、あの血液量と皮膚の“性質”…)
(つまり——)
「……こいつ、“皮膚の構造” がおかしい!」
オリカの言葉に、ゼファーとエリーゼが反応する。
「皮膚の構造?」
「ええ! 傷を治しているんじゃなく、上から新しい皮膚を重ねてるのかも!」
エリーゼがハッと気づく。
「それって、つまり……?」
「こいつの体は、常に新しい皮膚を“生成し続ける” 状態になってる」
ゼファーが顎を撫でながら、考え込む。
「じゃあ、こいつを倒すにはどうすりゃいい?」
オリカは即座に答える。
「皮膚が剥がれる前に、“内部” へダメージを通さないとダメ!」
ゼファーはニヤリと笑った。
「……おもしれぇ!」
「内部にダメージ……」
エリーゼが考え込む。
「ゼファー、魔獣の関節に向けて“貫通する一撃” を入れられる?」
オリカが尋ねる。
「関節を貫通?」
「ええ。関節の内側は柔らかい組織が多い。
つまり——ぶ厚い皮膚が剥がれても、関節の内部は修復が遅れるはず!」
ゼファーは不敵に笑った。
「なるほどな。……試してみる価値はあるか」
彼は剣を構え直し、目を光らせる。
「エリーゼ!」
「はい!」
「足元を固定できるか?」
「やってみます!」
エリーゼは杖を握りしめ、地面に魔法陣を描いた。
「——地縛結界!」
大地がうねり、魔獣の足元が一瞬沈む。
「ゼファー、今よ!」
「——おう!!」
ゼファーが一気に跳躍し、剣を突き立てた!
ズブッ!!
魔獣の前脚の関節に、ゼファーの剣が突き刺さる!
ギィィィィィィ!!!
魔獣が悲鳴のような声を上げた!
「……効いたか!」
ゼファーが 剣を引き抜くと、魔獣の動きが急激に鈍くなる。
「やった……!」
エリーゼが息を呑む。
「まだよ!」
オリカが叫ぶ。
「ここで仕留めないと、また皮膚が再生してしまう!」
「お嬢ちゃん、どうする?」
ゼファーがオリカを見る。
オリカは真剣な目で答えた。
「——“血流” を止める。」
「血流を止める?」
ゼファーが首を傾げる。
「ええ」
オリカは手をギュッと握りしめた。
「この魔獣は、皮膚を高速で再生している。
でも、再生するには“栄養” が必要なはず」
「……なるほどな」
ゼファーがニヤリと笑った。
「“血” が回らなきゃ、いくら皮膚を作ろうとしても無理ってわけか」
「そういうこと!」
オリカは指を差した。
「ゼファー、後ろ足の大腿部を斬って!」
「おう!」
ゼファーは魔獣の背後に回り込み、
剣を一閃する!
ズバァッ!!
魔獣の太ももに深い傷が刻まれる。
「カイル!」
オリカは振り向き、カイルに指示を出す。
「血流を止める氷結魔法を!」
「了解!」
カイルは魔法陣を展開し、
「——凍結!」
魔獣の脚が氷に包まれ、血の流れが一瞬で止まる。
——魔獣の再生が、完全に止まった。
「……終わった?」
エリーゼが息を呑む。
ゼファーはゆっくりと剣を下ろした。
「いや……」
「もう終わりだ」
オリカが静かに言った。
「……魔獣の生命活動は、停止したわ」
——霧爪の魔獣は、その場に崩れ落ちた。