第63話
「——オリカ、お前の“医学” ってやつで、こいつの動きを封じる方法はあるか?」
ゼファーが剣を構えながら、オリカに問いかけた。
オリカは霧爪の魔獣の動きを観察しながら、即座に答える。
「この魔獣の“瘴気” は、ただの”毒“じゃない」
「じゃあ、なんだ?」
「おそらく……“病原菌” に近いものよ」
ゼファーの眉が動く。
「……菌?」
「そう」
オリカは冷静に説明を続ける。
「この魔獣が霧に放っているものは、おそらく微細な胞子のようなもの。
直接傷を負わなくても、吸い込むだけで炎症反応を引き起こす可能性がある」
「吸い込んだら、どうなるんだ?」
カイルが緊張した表情で尋ねる。
「発熱、咳、皮膚の腫れ、呼吸困難——」
オリカは苦々しい顔で続けた。
「最悪の場合、“肺が壊死する” かもしれない。」
「……ッ!」
エリーゼが息を呑む。
「つまり、接触もダメ、吸い込むのもダメってことか」
ゼファーは顎を撫でながら苦笑した。
「やっかいだな」
オリカは深く頷いた。
「だから、まずはこの瘴気を“封じる” 必要があるわ」
「瘴気を封じる?」
ゼファーが興味深そうにオリカを見る。
オリカは短く答えた。
「“燻蒸” するのよ」
「……燻蒸?」
エリーゼが怪訝そうに眉を寄せる。
「燻蒸は、煙や蒸気を使って“空気中の菌” を無力化する方法。
たとえば、現代医学では“消毒” のために、特定の薬剤を蒸気にして使うこともあるの」
ゼファーが納得したように頷く。
「なるほどな。だが、そんな便利な薬剤は持ってねぇだろ?」
オリカは森の木々を見渡しながら微笑んだ。
「だから、ここで探すしかない」
「探す?」
エリーゼが疑問を口にする。
「うん…!」
オリカは手を前に翳し、魔力を込めた。
「“マナ・スキャン”!」
淡い青白い光がオリカの周囲を包み、森の木々の“魔力の流れ” を読み取る。
(……どこかにあるはず。抗炎症作用のある植物……。)
「……見つけた!」
オリカが 目を開いた瞬間、ある一帯の木々を指差す。
「あそこよ! 地中に広がる根に、抗炎症作用がある!」
「エリーゼ、地属性魔法であの根を掘り起こして!」
「わかりました!」
エリーゼは杖を振り、足元に魔法陣を描く。
「——大地の抱擁!」
ズズズ……ッ!
土が揺れ、指定した木の根が 地面から持ち上がる。
「“この植物“には、抗炎症作用がある。
そして、この草の根を燃やすと、特有の成分が煙になって空気中に広がるはず!」
ゼファーの目が鋭く光った。
「つまり、それを燃やして、こいつの瘴気を打ち消すってことか?」
「そう!」
「だが、どうやって燃やす? 戦闘中に火を起こす余裕はねぇぞ」
オリカは静かに微笑んだ。
「だから、カイルッ、お願い!」
カイルは驚いたように目を見開いた。
「お、俺?」
「ええ。“炎熱魔法” で、煙を広げてもらえない!?」
カイルは一瞬考え込み、やがて頷いた。
「……わかった、やってみる!」
「出来るだけ広範囲にできる?!」
オリカが彼に視線を向ける。
敵は周りにいる。
霧でうまく位置を特定できない以上、円を描くようにエリアを拡張していく必要がある——!
「火をつけて!」
カイルは静かに頷いた。
「了解ッ!!」
彼は片手をかざし、詠唱破棄、——つまり、できるだけ速射式の炎の魔法を発動する。
「——焔裂!」
周囲に散らばる無数の火球が、持ち上げられた根に勢いよく触れた瞬間——
ボッ……!という衝撃音と共に、魔力を帯びた炎が燃え広がっていった。
エリーゼの杖のコントロールによって、根の水分を外へと押し出していく。
カイルの魔法が次々と降り注ぐ中、次第に煙が立ち上り始めた。
モクモクモク……ッ!
白い煙が瘴気とぶつかり、ゆっくりと霧を押し返していく。
ゼファーがすぐに変化に気づく。
「……おい、霧が晴れ始めてるぞ!」
オリカは拳を握った。
「植物の成分が瘴気を分解しているのよ!」
「つまり、こいつの隠れ蓑が消えるってわけか」
ゼファーが 嬉しそうに剣を構えた。
「……面白ぇ」
「気をつけて!」
オリカは警告する。
「瘴気が消えても、魔獣自体の力は変わらないかも!」
「承知の上だ!」
ゼファーが剣を構え、魔獣に向かって跳躍する!
燻蒸によって霧の中から姿を現した霧爪の魔獣は、ギラついた赤い目で ゼファーを睨んだ。
ゼファーは一気に間合いを詰める。
「——はァッ!」
剣を振り下ろすが、魔獣は素早く横に跳び、爪を振るう。
キィン!
ゼファーの剣と魔獣の爪が激しくぶつかり合う。
(速い……!)
オリカは焦燥感を覚えながら、すぐに分析を始める。
(この魔獣、瘴気がなくなっても素早さは落ちてない……!)
(でも、視界が開けた分、対策はできる!)
ゼファーは巧みに剣を操り、魔獣の爪を弾いた。
「こいつ、まだしぶといな!」
「ゼファー、動きを止めるなら関節を狙って!」
オリカが叫ぶ。
「関節?」
「そう! この魔獣は素早いけど、四足歩行の関節は魔法による“強化” じゃない!
“人体” と同じ構造をしているなら、膝や足首を狙えば動きが鈍る!」
ゼファーはニヤリと笑う。
「……よく分かってんじゃねぇか!」
剣を逆手に持ち替え、一気に魔獣の 後脚の関節に斬撃を放つ!
ズバァッ!!
魔獣が悲鳴のような咆哮を上げた。
「効いたか……!」
ゼファーが剣を構え直す。
「オリカ! 今のうちに仕留める方法を考えろ!」
オリカは歯を食いしばり、考えを巡らせた。
(この魔獣を、どうやって確実に止めるか……?)
(魔法? それとも、医学の知識を活かす?)
その時——
魔獣が再び動き出した。
「——まずい! まだ終わってない!」
ゼファーが構え直し、次の一手を考える——