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第62話






「——おい、少し止まれ」


「…え?」


「近くに、何かがいる」



ゼファーの低い声が、沈黙を破った。


彼は剣の柄に手をかけ、ゆっくりと霧の奥を睨む。


「……どこに?」


オリカは慎重に問いかけた。


「さぁな」


ゼファーは小さく舌打ちしながら、鋭い目つきで周囲を探る。


「この霧のせいで、感覚が狂う。……が、確実に何かがこっちを狙ってやがる」


エリーゼも杖を構え、魔力を込める。


「……数は?」


「一匹、二匹って数じゃねぇな」


ゼファーは目を細めた。


「……周りにいる」


オリカの背筋が凍った。


(まずい。どこにいるのかわからない。)


(まさかもう、敵に囲まれてる……?)


「でも……なにかおかしいわね」


エリーゼは霧の奥を見つめながら、違和感を覚えた。


「魔獣がいるなら、もっと騒がしくなるはず。

森がこれほど静かなのは……何かがおかしい」




ザザァ



耳に少し掠めるほどの軽い音。


砂利が風に触れるような、微かな感触——


些細なものではあったが、暗い視界のそばで、靄のようにぼんやりとした「空気」が揺らぐ。


霧の奥で、何かが動いた。



ギギギ……ッ


異様な金属音のような音が、どこからともなく響く。



「——来るぞ!」


ゼファーが 一気に剣を抜いた。




霧の中から飛び出してきたのは、異形の魔獣だった。


四本の足を持ち、背中には無数の骨のような突起が並ぶ。

全身が黒い皮膜に覆われ、血のような赤い目がこちらを睨んでいた。


オリカはその姿に息を呑む。


(……なんなの、これ!?)


ゼファーが 剣を構え、冷静に言った。


「“霧爪むそうの魔獣” か。」


エリーゼが 険しい表情を浮かべた。


「……聞いたことがあります。

この森に棲む魔獣の一種で、

霧と一体化しながら獲物を狩る……。」


幽冥狼ゴースト・フェンリルとは少し違うが、生態としては近い」


「しかも——」


ゼファーが鋭く言葉を続ける。


「こいつらは、“毒” を持ってる」


オリカの目が見開かれる。


「毒……!?」


(まずい……!)


毒の種類がわからない。

解毒方法も不明。

もし噛まれたら、魔法で治癒できるかも怪しい。


(……ここで負傷者を出すわけにはいかない!)


「エリーゼ!」


オリカは素早く言った。


「攻撃よりも、“毒を防ぐ” ことを優先して!」


エリーゼはすぐに理解し、頷く。


「了解しました!」


彼女は素早く魔法陣を展開し、“防御結界” を張った。


「ゼファー、近づきすぎないで!

この霧の中じゃ、毒の拡散範囲も読めない!」


「言われなくてもわかってるぜ!」


ゼファーは霧の中を疾走し、剣を閃かせた。




戦いながら、オリカは魔獣の動きを観察した。


(この魔獣……霧の中で自由に動ける。)


(もしかして……霧を吸ってる?

いや、違う。霧の中に“何か” を放出してる……?)


ゼファーが剣を振り抜くが、魔獣は霧に溶けるように後退する。


「——ちっ!」


ゼファーが舌打ちする。


「こいつ、すぐに霧に逃げやがる!」


オリカは瞬時に仮説を立てた。


(この魔獣は、霧を操る? いや、それだけじゃない……。)


「——ゼファー!」


オリカは叫んだ。


「そいつ、体表から“瘴気” を出してる!

だから、できるだけ霧から離れない方がいい!」


「離れない方がいいって言っても、霧を利用してるんだろ!?」


「だからこそ近づくの!この霧は瘴気を生み出すためのエネルギー源になってるかも。霧に隠れてるんじゃなくて、霧そのものを利用してるとしたら?!」


「霧そのものを??」


「瘴気が出てくる方向に進めば、敵が動くルートを追える!」


ゼファーがニヤリと笑った。


「つまり、こいつの“瘴気” を辿れば、姿を捉えられるってことか?」


「ええ!」


「なら、やることは決まりだな!」


ゼファーは剣を構え、霧の奥へと突進した——。




オリカは霧爪の魔獣を見つめながら、もう一つの可能性を考えた。


(この魔獣が持つ“瘴気” ……これってもしかして……。)


(毒そのものじゃなくて、“炎症” を引き起こす作用がある?)


ゼファーが斬りつけ、魔獣の体表を裂いた。


すると——


ドロリとした黒い液体が飛び散る。


「……!」


オリカの脳裏に、ひらめきが走った。


(この液体……! もしかして、魔獣の毒って“菌” に近いものかもしれない!)


「ゼファー!」


オリカは とっさに叫んだ。


「その液体に触れないで!」


ゼファーは即座に後退する。


「……なるほどな」


彼は鋭く笑った。


「この魔獣の毒、“接触” するだけで作用するタイプか」


オリカは強く頷く。



(つまり、これは……この世界でいう“瘴気” とは違う。)


(“毒” ではなく、“病原菌” に近い可能性がある……!)



「——そうだとすれば、私の知識が活きるかもしれない!」


オリカは急いでエリーゼに指示を出した。


「エリーゼ! 魔獣の液体に触れないように、空気を遮断して!」


「わかりました!」


エリーゼが素早く魔法を唱え、風の壁を作る。


「ゼファー!」


オリカは彼に向かって言った。


「この魔獣の体液、もしかしたら“伝染” するかもしれない!

だから、“殺す” じゃなくて、“動きを止める” ことを優先して!」


ゼファーがにやりと笑う。


「おもしれぇ……!

お前の“医学” ってやつ、どこまで通用するのか試してみようぜ!」


そう言いながら、彼は霧の中へと踏み込んだ。


——オリカの知識と、魔法が交差する戦いが、今始まる。

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