第60話
霧の森の奥深く、そこにひっそりと生える幻の薬草——
《フィオナの聖草》。
この草は、長い年月をかけて 魔力を帯びた霧の中で成長する。
そのため、特定の環境でしか育たない。
※ただし文献によれば、「フィオナの聖草」の“純正な原種”は、自然が豊かで、日当たりの良い立地や、空気が澄んだ場所に生えていたそうだ。
▼ フィオナの聖草の生息条件
1. 極端に湿度が高い土地
森の奥には、霧がより 濃く、停滞する場所 がある。
水はけの悪い低地 で、地面が ぬかるんでいる場所が多い。
苔むした岩や、腐葉土が積もった大地の隙間に根を張る。
2. 魔力の影響を強く受ける地帯
“瘴気” が漂い、通常の植物が枯れる場所 ほど、聖草はよく育つ。
一般の薬草とは異なり、強い魔力を養分にして成長する特異な性質を持つ。
「この地で生きるもののみが口にできる」と言われるほど、特殊な環境でしか生息しない。
3. 太陽が届かない暗所
常に霧に覆われた 森の最深部。
太陽の光を必要とせず、月の光をかすかに浴びることで成長する。
昼夜の区別がないため、花が咲く時間も限られている。
4. 侵入者を拒む自然の罠
フィオナの聖草は、森の 奥地の断崖 や 水場の近くに密集する。
しかし、その土地には 危険な魔獣が潜み、強い魔力の影響を受けている。
霧の深い地形は 方角を狂わせ、無事に戻れる者は少ないと言われる。
「フィオナの聖草は……この森の最奥にあるんだって」
オリカは前を見据えながら、静かに言った。
「瘴気が漂う、湿った土地。
霧がより濃く、魔力が渦巻く場所……」
「なるほど」
ゼファーは薄く笑う。
「つまり、一番ヤバい場所ってわけだな」
エリーゼは周囲を見回し、慎重に言った。
「霧の奥に入るほど、音が消えています……。
気をつけて進みましょう」
足場に気をつけながら歩く。
ただでさえ視界が悪い状態だった。
得体の知れない森が故に、慎重を期さなければならない。
霧はじっとりと湿り気を帯び、肌にまとわりつくようだった。
まるで森そのものが呼吸しているかのように、霧が脈動する。
奥へ進むにつれ、距離感が狂い始めていた。
近くにあるはずの木々が遠く見え、足元の地面がゆがんで感じられる。
霧が揺れるたび、幻のように樹々の影が浮かび上がった。
蜃気楼のように。
——まるで、影そのものが浮かび上がってくるように。
虫の羽音すら聞こえない。
風は吹いているのに、枝葉は不自然なまでに静か。
この森が異世界と地続きになっているかのような錯覚を覚える。
地面はじわりと湿り、靴がぬかるみに沈んでいく。
腐葉土の香りが強くなり、森の奥の生気が濃くなる。
時折、水滴が滴る音がするが……それは本当に水なのか、わからない。
「……不気味ね」
オリカはごくりと唾を飲み込んだ。
ゼファーは剣の柄に手をかける。
「お嬢ちゃん、いつでも逃げられるようにしとけよ」
オリカは頷く。
(この森の奥に、“何か” がいる。)
(それでも、私は進まなきゃならない。)
霧はより深く、より冷たくなっていく。
——フィオナの聖草は、この先にある。
だが、それを摘むためには、森が“見せるもの” を乗り越えなければならない。




