第58話
馬車の車輪が 軋む音 が、静かな森の中に響いていた。
オリカたちはロストンを出発し、霧の森へと続く道を進んでいる。
空はどんよりとした 灰色の雲に覆われ、木々は生い茂り、陽の光が地面に届くことを拒んでいた。
オリカはゼファーの隣に座っていた。
彼は馬の手綱を握りながら、ふと口を開く。
「なぁ、ちょっと聞いていいか?」
「……何?」
ゼファーは赤髪をかき上げながら、淡々と問いかける。
「お前、『魔獣』についてどこまで知ってる?」
オリカは 一瞬、考え込んだ。
「……グラン=ファルムへ行く途中で、“ゴブリン” に遭遇したことならあるよ」
「ゴブリン?」
ゼファーは鼻を鳴らした。
「……まぁ、アイツらも魔獣っちゃあ魔獣だが、
所詮は“下級種” だ。脅威にはならねぇ」
「でも、ゴブリンたちは“社会性”を持ってるって聞いたよ?」
オリカは思い出すように言う。
「単独行動じゃなく、群れで動いていたし……。
“リーダー” みたいなゴブリンもいた」
ゼファーはふむ、と考え込む。
「……まあ、確かにそういうヤツもいるな」
彼は無造作に片手を上げ、馬の手綱を操る。
「ゴブリンも、知能が高い個体が出てくると厄介だ。
群れの統率が取れるようになると、一気に強敵になる」
「そうよね……」
オリカは しばらく考え込んだ。
(魔獣……ゴブリン以外にも、いろんな種類がいるはず。)
(それこそ、“幽冥狼” みたいに、霧の森には特別な魔獣もいる……。)
ゼファーはチラリとオリカを見て、ぼそりと呟く。
「……まぁ、お前みたいに“魔獣について知ろう” って考える奴は、そう多くねぇよ」
「え?」
「普通はな、“魔獣は殺す対象” でしかねぇんだよ」
オリカは 少し驚いた顔をした。
「……そんなものなの?」
「当然だろ」
ゼファーは 軽く肩をすくめる。
「魔獣ってのは、ただの害獣だ。
街を襲う、畑を荒らす、旅人を喰う……。
そんなもんを“理解しよう” なんて考える奴はいねぇよ」
オリカは沈黙する。
(……でも、私は違う。)
(私は医者として、“命” について知るべき立場にいる。)
(魔獣だからって、ただ排除するだけでいいの……?)
ゼファーは微かに笑った。
「まぁ、お前のその考えが、今後どうなるか楽しみだな」
オリカはぎゅっと拳を握った。
(……私は、私のやり方で、この世界を見ていく。)
道は次第に険しくなっていった。
馬車の揺れが激しくなり、森の木々が黒く、うねるように茂っていく。
周囲には濃い霧が立ち込め、木々の隙間からは淡い光が差し込んでいる。
——この先に、霧の森がある。
■ 霧の森の特徴
・湿った空気 が漂い、森全体が 幻想的な靄 に包まれている。
・木々は 背が高く、根が地面から隆起している。
・瘴気の気配 が漂い、不気味な沈黙が森を支配している。
「……ここからが本番だな」
ゼファーは手綱を引き締める。
「覚悟はできてるか?」
オリカは深く息を吐いた。
「……もちろん…!」
馬車は、ゆっくりと霧の森の中へと進んでいく——。




