第54話
グラン=ファルムからロストンへ戻って数日が経った。
オリカたちは 異種族の医療技術を持ち帰り、診療所での治療の幅を広げるべく奮闘していた。
黒死病の患者は日々増え続け、さらに他の感染症や持病を抱えた患者も後を絶たない。
その中で——
ある問題が浮上した。
「……やっぱり、この薬じゃ追いつかないなぁ」
オリカは苦々しい表情で薬棚を見つめる。
黒死病の高熱を抑え、身体の衰弱を和らげるために、これまで使っていた薬草 《ルーゼの葉》 が底をつきかけていた。
それに代わる薬を探していたオリカは、グラン=ファルムで収集した異種族医学の資料の中で一つの記述に行き着いた。
「……《フィオナの聖草》……?」
エリーゼが資料を覗き込む。
「“フィオナの聖草” は、高熱を抑えるだけでなく、魔力干渉による細胞損傷を軽減する特性がある、と書かれていますね」
「つまり、黒死病の熱を抑えるだけでなく、魔法的な影響で弱った体の回復を助けるってことね」
「これがあれば、治療の幅が広がるかも……!」
オリカは勢いよく立ち上がる。
「で、どこで手に入るんだ?それは」
カイルが嫌な予感を覚えつつ尋ねる。
「ロストン近郊の《霧の森》ってところ」
「……って、おい!」
カイルは すぐにオリカの肩を掴んで引き止めた。
「《霧の森》って……あの、魔獣の出る危険地帯のことだろ?」
「そう…みたいだね」
オリカはあっさりと答える。
「魔力が豊富な場所でしか育たない薬草だから、自然と魔獣が多いエリアになっちゃうって聞いたよ?」
「いや、だからって……!」
カイルは 頭を抱えた。
「そんな場所に、わざわざお前が行く必要があるのか?」
「だって、私が行かないと誰が行くの?」
オリカは腕を組んでカイルを見つめる。
「使用人を行かせてもいいけど、この薬草は”負の魔力”が含まれてる可能性があるから、普通の人が触ると危険なんだよね」
「それに、摘み方を間違えたら、ただの枯れ草になっちゃう」
「だからこそ、魔力の影響を受けない私が行くべきなの」
エリーゼが眉をひそめる。
「オリカ様がそうおっしゃるなら、それも一理ありますが……」
「しかし、一人で行くのは無謀すぎます」
カイルも頷く。
「どう考えても危険すぎるだろ。
使用人を何人かつけても、相手が魔獣じゃ話にならない。第一、霧の森じゃコンパスだって役に立たない」
「だから、どうしてもって言うんなら、ヴィクトール様に相談してみよう」
◇
「なるほど……つまり、お前はまた無茶をしようとしているわけか」
ヴィクトールは額に手を当て、深いため息をついた。
「でも、必要なんだって!」
オリカは食い下がる。
「これがあれば、黒死病患者の治療が飛躍的に向上するの!」
「……まあ、理屈は分かる」
ヴィクトールはしばらく考え込み、やがて言った。
「だったら、傭兵を雇え」
「……傭兵?」
オリカは首を傾げる。
「お前一人で行かせるわけにはいかない。
かといって、使用人をつけても魔獣相手では危険が伴う」
「だから、高い金を払って、腕の立つ傭兵を雇うんだ」
「傭兵……って、どこで雇えるの?」
「ロストンには『傭兵ギルド』がある」
ヴィクトールは苦笑しながら説明を続ける。
「商人ギルドとは別の組織だ。
そこに行けば、戦闘のプロを雇うことができる」
「なるほど……」
オリカは 少し考え込み、やがて微笑んだ。
「じゃあ、さっそく行ってみるわ!」
「……いや、少しは慎重になれ」
ヴィクトールは 軽く頭を押さえながら、オリカを止める。
「ギルドには色んな傭兵がいる。
中には粗暴な奴や、信用ならない者も多い」
「だから、適当に選ぶな。ギルドにも善し悪しというものがあるんだ」
「この紹介状を持っていけ」
彼は羊皮紙に何かを書き込み、オリカに手渡した。
「これは《黒狼の爪》というギルドの推薦状だ。」
「《黒狼の爪》?」
「ロストンの中でも、最も歴史が古く、腕の立つ傭兵たちが集まっている。
戦争、護衛、探索——何でも引き受けるプロ集団だ」
「その分、値段も高いがな」
「……へえ」
オリカは 興味深そうに紙を眺める。
「お前が行くなら、エリーゼとカイルも同行させる。
一人では行かせないぞ」
「分かってるわ」
オリカはにっこりと笑う。
「じゃあ、傭兵を雇いに行ってくる!」
そう言って、彼女は意気揚々とその場を飛び出した。
カイルとエリーゼは呆れ顔で顔を見合わせる。
「……本当に止まらないよな、あいつ」
「まったく……オリカ様は、危険が好きなのでは?」
「まあ……とりあえず、俺たちも付いていくか」
カイルとエリーゼもオリカの後を追った。