第53話
「……しかし、ルナティア以外となると、心当たりはないな」
ゴドナーが深く腕を組み、低く唸る。
魔獣細胞の増殖を抑えるには、“抗魔獣細胞” を作る必要がある。
だが、そのためにはルナティアの細胞を解析しなければならない。
オリカは肩を落とした。
「……ルナティアの協力は、絶望的だし…」
さっきの戦いを思い出し、彼女の人間に対する激しい憎悪が脳裏に浮かぶ。
(あの目……。)
(あんなに強い憎しみを抱えた人が、
素直に協力してくれるわけがない。)
エリーゼもため息をつく。
「彼女の過去を思えば、それも当然でしょうね」
カイルは言う。
「人間の手によって弄ばれた存在が、また人間のために力を貸すなんて……皮肉な話だ」
「けれど、それが唯一の解決策なら——?」
オリカは強く拳を握る。
「……方法は、一つじゃないはずよ」
「彼女に無理強いするのではなく、別の手段を探るべきだわ」
ゴドナーはじっとオリカを見つめた後、口角を少しだけ上げた。
「……やれやれ。やっぱり、お前は変わってるな」
「ルナティアが自ら協力する日は、来るのか?」
「分からない」
オリカは真っ直ぐゴドナーを見据えた。
「でも、それを諦めたら……何も変わらないもの」
◇
ルナティアとの衝突を経て、オリカたちは グラン=ファルムに数日滞在することにした。
理由は一つ——
“異種族の医療について、資料を集めるため”。
黒死病、魔獣細胞、抗魔獣細胞……。
今までの医療知識だけでは解決できない問題 が、次々と目の前に現れている。
「この世界の医療は、人間だけのものじゃない」
オリカは そう考えていた。
異種族の医学の中に、解決の糸口があるかもしれない。
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オリカたちは、グラン=ファルムの図書館や学院を巡り、各種族の医療資料を集めた。
【異種族の医療研究】
◆ エルフの医学
→ 自然の回復力を活かし、魔力を利用した治癒法が発展。
→ ただし、魔法に頼りすぎるため、「外科手術」は未発達。
◆ ドワーフの医療技術
→ 外科医療と薬学に長けており、義肢や治療器具の開発が進んでいる。
→ 「魔導医学」との融合も進められており、人工臓器の研究もある。
◆ 獣人族の医学
→ 独自の免疫システムを持ち、回復力が高い。
→ 「再生医学」に相当する技術が発達し、一部の部位を再生可能。
◆ ダークエルフの秘術
→ 呪術や古代の治療法を用い、魂と肉体のバランスを重視する。
→ 一部には「死者の蘇生」に近い技術が存在すると言われている。
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「……やっぱり、すごい」
オリカは集めた資料を机に並べながら、感嘆の声を漏らした。
「人間の医療とは、全然違う視点で発展してる」
エリーゼが 興味深そうに手に取る。
「たとえばエルフの治癒魔法は、人間よりも“細胞の活性化” に重点を置いているのね」
「ドワーフは、“治療器具の発展” に特化してるし……
獣人族の回復能力の研究は、人間の医学にも応用できそう」
オリカは目を輝かせた。
「異種族の技術を統合すれば、今まで不可能だった治療法も見つかるかもしれない……!」
カイルは苦笑しながら頷いた。
「けど、それを実現するには、かなりの時間が必要だな」
「ええ、そうね……」
オリカは 深く息を吐いた。
(それでも、希望はある。)
(今はまだ、何も分からないけれど——)
(私にできることは、必ずある。)
数日間の滞在を終え、オリカたちは ロストンへ帰ることを決めた。
ルナティアとの一件、異種族の医療研究……。
短い間に、多くの収穫があった。
しかし、それと同時に——
「解決すべき課題」 も山積みになっていた。
馬車に揺られながら、オリカは静かに街の風景を眺めた。
「……やっぱり、グラン=ファルムは広いなぁ」
「ロストンとは、全然違う雰囲気ですね。」
エリーゼが 感慨深げに呟く。
カイルは苦笑しながら手綱を握った。
「帰ったら、すぐに診療所の仕事に戻るんだろ?」
「もちろん!」
オリカは胸を張る。
「ロストンに戻ったら、今度はこの異種族の医療を応用して、私なりの治療方法を模索するわ!」
「……本当にお前は、休む気がないな」
カイルは苦笑しながら、馬を進めた。




