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第51話



神殿の静寂の中、オリカの決意の言葉が静かに消えた。


その瞬間、フレンはゆっくりと視線を移し、ルナティアを見つめた。


「——彼女もまた、黒死病に悩まされている」


オリカは息を呑んだ。


「え……?」


ルナティアが、黒死病?


それはあまりにも突拍子もない話だった。

彼女は圧倒的な魔力を持ち、病に苦しんでいる様子など微塵も感じられなかったからだ。


しかし、ルナティアはフレンの言葉に何も言い返さなかった。

ただ、目を伏せ、口元をわずかに歪めるだけ。


オリカは ルナティアを見つめながら、言葉を探した。


「……でも、ルナティアは黒死病の症状なんて……」


「表には出ていないだけだ」


フレンの声が神殿に響いた。


「彼女の黒死病は、私たちが知るものとは異なる。

彼女の“呪い” は、その病を内側に押し込めているのだ」


「……!」


オリカは驚愕した。


(黒死病を、内側に押し込めている……?)


「その理由を話す前に——まず、お前たちに“旧アウロラ計画” について教えよう」


フレンの言葉とともに、神殿の奥へと導かれていくような空気が漂い始めた。



「ヴァルキア帝国は、かつて“人間の進化” を目指し、あらゆる種族を実験台にしていた」


フレンは 奥へと歩を進め、古びた石の祭壇に手を触れた。


「それが、“旧アウロラ計画” だ」


オリカは ごくりと唾を飲み込む。


「……アウロラ計画?」


「聞いたこともないのも無理はない。

この計画は、公式には存在しなかったことになっている」


「ヴァルキア帝国は、自国の人間を“魔造化” することを目的とし、

あらゆる種族を実験体として使った」


「その研究を主導したのが、“エーヴィヒ・ファーレンハイト” という生物学者だ」


オリカは、その名前に 強い違和感 を覚えた。


(生物学者……?)


「エーヴィヒ・ファーレンハイトは、“究極の生命” を生み出すために、

異種の力を融合させようとした。


エルフの魔法適性、獣人の身体能力、ドワーフの耐久力——

あらゆる特性を統合し、新たな“完全なる人類” を作る ことを目論んだのだ」


オリカの背筋に、嫌な寒気が走った。


(……それって、本当に“人間” なの?)


フレンは、続けた。


「しかし、計画の初期段階では、

まだ人間自身に魔造化の適性があるか分からなかった。


だから、最初の実験対象にされたのは——

人間ではなく、他の種族たちだった」


オリカは息を呑んだ。


「……!」


フレンは、静かにルナティアを見やった。


「そして彼女は、その実験の被験者の一人だった」



ルナティアは 目を閉じ、薄く笑った。


「……ああ、そうさ」


「オレは、“被験者 No.076”」


「エーヴィヒの研究所にいた頃、オレの名前なんて必要なかった。

代わりにあったのは、実験番号だけだ」


オリカは拳を握りしめた。


「ルナティア……あなた……!」


「何、同情してんだよ」


ルナティアは 肩をすくめ、乾いた笑いを漏らす。


「そんなもん、クソほどの価値もねぇよ」


彼女は ゆっくりと、自分の手を広げた。


「オレの体には、黒死病が流れてる」


「……え?」


オリカは、思わず目を見開いた。


「オレは“感染者” だったんだよ。

研究所にいた時に、実験の一環でな」


ルナティアは、まるで昔話をするように言った。


「黒死病は、普通ならただの“死” で終わる病だ。

でも、あいつらはそれを逆手に取った」


「どうすれば、生き残るのか。

どうすれば、病に耐え、

“新しい形” で適応できるのか」


「それを確かめるために、オレたちは——」


彼女は 唇を噛みしめた。


「何度も、何度も、魔獣の細胞を埋め込まれた」



オリカは 言葉を失った。


(魔獣の……細胞?)


フレンが、静かに説明を加える。


「ヴァルキア帝国は、“黒死病” を克服する方法として、魔獣の生命力を研究し、それを組み込もうとしたのだ」


「魔獣は強靭な生命力を持ち、

病に対する耐性も異常に高い。

それを人体に適用すれば、“黒死病を超える存在” を生み出せる——

そう考えたのだ」


オリカの 血が凍る。


(そんな……そんなの、医療じゃない。ただの……!)


「でもな——」


ルナティアが にやりと笑う。


「結局、ほとんどの被験者は死んだよ」


「耐えられなかったんだ。

魔獣の細胞は、病を克服するどころか、肉体を蝕み、発狂させ、異形へと変えてしまった」


「オレは——」


彼女の笑顔が、静かに歪む。


「ただの“偶然” で、生き残っただけだ」


オリカは、ただ彼女を見つめることしかできなかった。


「そうやって“実験材料” にされたのが、オレが“お前ら”を嫌う理由さ」


ルナティアは、まるで当然のことのように言った。


「……分かったか?」


「オレは、お前たちの“敵” なんだよ」


彼女の紅い瞳が、静かに揺れる。


その瞳の奥には——

計り知れない絶望と、怒りが渦巻いていた。

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