表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/309

第50話



「……私は、数百年もこの地で生きてきた」


フレンの言葉が、静かに神殿の空気を震わせた。


オリカは驚きに目を見開く。


「数百年……?」


「エルフの寿命は長い。人間のように短命ではない」


フレンは壁画の世界樹を見上げる。


「この村は、私が生まれるより前からここにあり、そして今も……命を絶やさぬよう生き続けている」


「だが——」


彼の声に僅かな影が落ちた。


「森の中にも、徐々に“世界の闇” が忍び寄っている」


フレンは、壁画を指でなぞるように見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「オリカ、お前は“黒死病” を知っているか?」


オリカは一瞬、息を呑んだ。

彼の言葉が、まるで何かの核心に触れるような響きを持っていたからだ。


「……はい。少しは知っています」


この世界に来て以来、黒死病の患者と何度か向き合ってきた。

その症状も、進行の仕方も、治療の難しさも、身をもって知っている。

だからこそ、オリカは迷いなく答えた。


しかし、フレンはゆっくりと首を振る。


「では、それが“どこから来たのか” を知っているか?」


オリカは言葉を詰まらせた。

知っているはずなのに、その問いには答えられなかった。


確かに、黒死病は恐ろしい病だ。

発症すれば高熱に苦しみ、全身に黒い斑点が広がり、

やがて体の機能が崩壊し、死に至る。

しかし、その病がどこから生まれ、なぜ広がるのか——

彼女は、それを知らなかった。


ゆっくりと首を横に振ると、フレンは静かに目を細めた。


「お前が知らないのも無理はない。

黒死病の真実は、歴史の彼方に封じられてきたからだ」


彼は神殿の壁画の一角を指差した。

そこには、天を貫くようにそびえる巨大な樹と、その根元に滲み出すように広がる黒い影が描かれていた。


「この病は、ただの疫病ではない。

これは、“世界の穢れ” が生んだものだ」


オリカは息を呑んだ。


「……世界の、穢れ?」


フレンはゆっくりと頷き、壁画をなぞるように指を滑らせた。


「はるか昔、世界が生まれた時、

創造神ガイアと母なる神カオスが、この地を巡って争った。

ガイアは世界に秩序を与え、カオスを封じることで、

生命が芽吹く場所を作り上げた。


しかし——カオスは完全に滅びたわけではなかった。

彼女の力は、“穢れ” となって大地の底を流れ続け、

やがて世界樹の根から染み出すように、この世へと広がった」


彼は壁画の黒い影を見つめながら、低く言葉を紡ぐ。


「黒死病は、その“穢れ” そのものだ」


オリカの心臓が強く打った。


「……それじゃあ、黒死病は、世界の一部ってこと?」


「そうだ。」


フレンの声は静かだったが、その重みは計り知れなかった。


「人間だけではない。エルフも、獣人も、すべての種族が、この穢れの影響を受ける。

ただ、それぞれの種族の持つ“魔力の適応度” によって、病の進行速度や発症率が異なるだけのこと」


彼は壁画の隣に刻まれた、黒死病に侵された者たちの姿を指差した。

痩せ細り、苦しみ、黒い斑点に覆われた体が崩れ落ちていく。


「これは、神々の時代から続く“淘汰” なのだ」


「淘汰……?」


オリカの声がかすれた。


「世界樹は、“命の流れ” を見守る存在だ。

しかし、世界樹の根から漏れ出した穢れは、“命の循環” にも影響を及ぼす。


それは、世界が自らを“浄化” しようとする本能でもある。

弱き命は淘汰され、より強きものだけが生き延びる」


オリカは、全身が冷たくなるのを感じた。


(それなら……この病が、完全に治らないのは……)


「この病が“完全に治らない” のは、ただの医学的な理由ではない」


フレンは、オリカの胸の内を見透かしたように言った。


「それは、この世界の根幹に関わる現象だからだ」


オリカは、深く息を吐き出した。


「……でも、私は黒死病の症状を軽減できた」


彼女の手を握りしめながら言うと、フレンはじっと彼女を見つめた。


「お前の力は、この世界樹が定めた“命の循環” の外にある」


オリカは驚いて彼を見上げた。


「外に……?」


「お前は、黒死病に対し、他の魔法使いたちとは違う干渉をしている」


フレンの瞳が、青白い光の中で深く輝いた。


「もしお前の力が、この世界樹の記録の外にあるのなら——」


「黒死病を、“根本から浄化” することができるかもしれない」


オリカの心臓が、強く跳ねた。


黒死病を、根本から……?


それが、本当に可能だというのなら——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ