第49話
「……本当に、ここに村が?」
オリカは、森の奥へと続く 細い獣道 を歩きながら、目の前のダークエルフ——フレンに問いかけた。
「ノワール・ヴェイルは、外界の者には“見えない” ようになっている」
フレンは淡々と答える。
「普通の人間には、ここへたどり着くことすらできない」
「“見えない” って……どういうこと?」
「結界が張られているのよ」
横にいたエリーゼが説明する。
「ダークエルフたちは、人間たちの侵攻を避けるために、自分たちの村を魔法で覆い隠しているの」
「つまり、招かれない限り、見つけることはできないってわけか」
ライゼンが腕を組みながら呟いた。
(なるほど……だから、外部からの情報がほとんどなかったのね。)
オリカは周囲を見渡した。
深い霧が立ち込める森。
湿った土の匂い。
どこからか聞こえてくる水の流れる音。
(静かで、でもどこか……寂しい感じがする。)
ふと、先を歩いていた ルナティア が立ち止まった。
「……着いたぞ」
フレンが手を掲げる。
その瞬間——
空間が揺らいだ。
「——ッ!?」
オリカたちの目の前に、突如として 広大な村の景色 が広がった。
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《ノワール・ヴェイルの特徴》
⚪︎ 森の奥深くに位置し、魔法の結界で隠された集落
⚪︎ 黒曜石のような光沢を持つ石造りの家々
⚪︎ 中央には、大樹を祀る“神殿” がそびえ立つ
⚪︎ 街灯の代わりに、“青白い魔法灯” が揺らめく幻想的な雰囲気
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「すごい……」
オリカは 思わず息を呑んだ。
(こんな場所が、本当にあったなんて……!)
街の奥には、数多くのダークエルフたちの姿が見える。
《ダークエルフの特徴》
・長命であり、魔法適性が高い
・人間よりも鋭い感覚を持ち、闇魔法を得意とする
・過去にヴァルキア帝国の迫害を受け、人間への不信感が強い
「……また人間が来たのか」
低い声が響いた。
「フレン様、なぜ彼らをここへ?」
警戒の眼差し。
オリカは ひそかに緊張する。
(……歓迎されてない。)
それは当然だった。
ダークエルフたちは 過去に人間の手によって苦しめられてきた種族。
「私が連れてきた。異論は認めん」
フレンが静かに告げると、 村人たちは黙り込んだ。
(……この人、相当な権力を持ってるんだ)
「オリカ」
フレンが振り返る。
「お前が求める“答え” は、この村にある」
「……ルナティアの“呪い” のこと?」
オリカが問い返すと、 フレンは深く頷いた。
「そうだ。だが……お前はまだ、“命” の本質を知らない。」
(命の本質……?)
フレンは村の奥にある神殿を指差した。
「神殿に来い。そこで、お前に“真実” を見せよう」
オリカの心臓が高鳴る。
(……私は、何を知ることになるんだろう。)
彼女は 静かに、神殿の方へと足を踏み出した。
オリカたちは、村の奥にそびえ立つ神殿へと向かっていた。
ノワール・ヴェイルの中心にあるその神殿は、漆黒の石で作られた重厚な建築物 だった。
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《ノワール・ヴェイルの神殿》
⚪︎ ダークエルフたちの信仰の中心
⚪︎ 世界樹とは異なる“闇の精霊” を祀っている
⚪︎ 外壁には、古代文字の刻まれた装飾が施されている
⚪︎ 村の“記憶” を保管する場でもあり、歴史の記録が眠っている
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「……すごい場所だね」
オリカは 思わず圧倒される。
(こんな場所が、外界に知られずに残っていたなんて。)
フレンは 立ち止まり、神殿の扉を押し開いた。
「入れ」
ノワール・ヴェイルの神殿は、静寂の中に生きていた。
青白い魔法灯の光が、漆黒の石壁をゆっくりと撫でるように照らしている。
空気は澄んでいるのに、まるで過去の囁きがそこに滞留しているかのようだった。
(……この場所は、ただの遺跡じゃない。)
オリカはふと、壁に刻まれた絵に目を留めた。
そこには、遥か昔の記憶——
この世界に刻まれた神話が描かれていた。
壁画には、古い物語が刻まれていた。
《壁画の描写》
◆ 天地創造の神々——世界樹と混沌の女神の戦い
◆ 世界が生まれた瞬間、光と闇が分かたれた様子
◆ 神々の争いの果て、世界樹が“母なる神” を封じる
◆ その後、人間と他種族が争い、世界が乱れゆく過程
最も中央に描かれているのは——
天にそびえ立つ巨大な樹、世界樹。
その根は大地を支え、
幹は天を貫き、
枝葉は空に広がっている。
しかし、その樹の下では——
剣を振るう人間たちと、他種族の血戦が描かれていた。
エルフの弓が空を裂き、
獣人の鉤爪が大地を抉り、
ドワーフの槌が鎧を砕く。
一方で、人間の軍勢は 焔を操り、魔法を駆使して他種族を蹂躙している。
壁画の端には、燃え盛る都市と、
悲しげに崩れ落ちる神殿。
そして世界樹の根元には、何かを見上げるように跪く影が描かれていた。
(これは……)
オリカは、壁画に描かれた“世界の記憶” を全身で感じる。
「これが、我々が伝え続けてきた“始まりの戦争” だ」
フレンの声が、
低く、神殿に響いた。
「世界が生まれた時、
すべての命は世界樹の下で等しく息づいていた」
フレンは 壁画に手を触れる。
「だが、人間は“己だけが最も優れた存在” だと信じ、
やがて世界の均衡を破り始めた」
オリカの胸に、何かが刺さる。
(……人間が、この戦争を始めた?)
「かつて、世界は人間と他種族が共に暮らす楽園だった」
「しかし、人間は次第に、
“魔法” を独占しようとし、他種族を排斥し始めた」
「彼らは魔法の力を軍事利用し、
エルフ、獣人、ドワーフの土地を侵略していった」
《戦争の流れ》
◇ 人間が魔法文明を発展させ、他種族に戦争を仕掛ける
◇ 魔法を持たない人間は、魔道具と錬金術を生み出し、軍事拡張を始める
◇ 最終的に、世界の“秩序” が崩壊し、多くの命が失われる
◇ 世界樹はこの戦乱を見届けながら、ただ揺れていた
オリカは、壁画を指でなぞる。
(……それでも、世界樹はこの争いを止めなかったの?)
彼女の疑問に、フレンは 静かに首を振る。
「世界樹は、決して“介入” しない」
「それは、命の流れを見守る存在だからだ」
「だが——お前は、世界樹の“声” を聞いたのだろう?」
オリカは息を呑んだ。
(この人……)
「どうして、それを?」
フレンは、ゆっくりとオリカに向き直る。
「私には、世界樹の“声” は聞こえない」
「だが、お前の魔力の流れは——あの樹の意志に似ている」