第4話
「よし、拠点を作るぞ!」
ロストンの街を一通り歩き回り、私は決意を固めていた。
疫病が蔓延し、医療が追いついていないこの街。
私のチート級治癒魔法を活かせば、闇医者としてバッチリ稼げる!
「さて、どこに診療所を構えようかな〜」
そんなことを考えながら歩いていると——
「そこのお前!」
突然、鋭い声が響いた。
「へ?」
振り向くと、ガチガチに鎧を着込んだ男たち が、ずらりと並んでいた。
腰に剣を下げた、自警団らしき集団 だ。
「貴様……昨日、この街で“奇跡の魔法”を使ったな?」
「あ、やっぱりバレた?」
「やっぱりではない! 名を名乗れ!」
「え、名乗るの?」
「当たり前だ!」
うわぁ……なんかめちゃくちゃガチで問い詰められてるんだけど!?
やばい、考えてなかった。異世界転生したら偽名を使うべきだったのでは?
「……ええっと、私の名前は——」
「私は 藤崎 織華 です!」
「……」
「……?」
え、なんかみんなポカーンとしてる。
「……聞いたことのない名前だな」
「いや、まぁ異世界人だし?」
「ふじさき……? ふじ……なに?」
「だから、藤崎 織華 って——」
「な、何だその不可解な言葉は!? まるで呪文のようだぞ……!」
「へ?」
私はハッと気づいた。
そういえば、この世界の人たちって 漢字とかひらがなって概念あるの!?
「お、おい、お前……まさか異端の呪術を使っているのでは……?」
「え、待って、違う違う! ただの名前だから!」
まさか名前を名乗っただけで 異端者扱いされる とは思わなかった。
その時——
「おやおや、困っているようだね?」
「!?」
私の目の前に 小さな光の粒 がふわふわと現れた。
そして、それはゆっくりと形を変え、
手のひらほどの妖精のような姿 になった。
「えっ……?」
驚いているのは私だけだった。
どうやら この妖精らしき存在は、私にしか見えていないらしい。
「あなたの言葉が通じないのは、あなたが“異邦の者”だからさ」
妖精(?)は、にこりと微笑んだ。
「え、いやでも、普通に話せてるし……」
「ふふ、気づかなかった?」
妖精はくるりと宙を舞いながら言う。
「あなたの話している言葉も、この世界の人々が話している言葉も、実は別のもの なんだよ?」
「……え?」
「簡単に言えば、私は“翻訳”をしているのさ」
「……つまり?」
「あなたが話している言葉は“日本語”だけど、この世界の言葉は“セフィロ語”だ」
「セフィロ語……?」
妖精はコホンと咳払いをした。
「この世界に根付く共通言語—— 『セフィロ語』。
これは、世界樹が生み出した最初の言葉であり、万物の知識を紡ぐ言葉。
でも、あなたは“異邦の者”だから、本来なら理解できないはずなんだ」
「え、でも普通に会話できてるよ?」
「それは、私が自動で翻訳しているから だよ」
「……なるほど?」
つまり、この妖精が“リアルタイム翻訳機”みたいなことをしてくれているらしい。
だから私は普通に話せてるし、相手の言葉も聞き取れていた、と。
「っていうか、あんた誰なの?」
「私は 『ルミエル』 。
セフィロ語を司る言霊の精霊さ」
「精霊……!?」
「うん。まぁ、君が“異邦の者”だから、こうして話しかけてるわけだけどね?」
「……」
私はルミエルをまじまじと見つめた。
見た目は、小さな羽の生えた妖精みたいだけど……この世界の言語に関する何か重要な存在っぽい?
「とりあえず、君の名前だけど——
そのまま言っても通じないから、セフィロ語風に変換したほうがいいかもね」
「セフィロ語風……?」
「うん、例えば 『オリカ・フジサ』 とか?」
「……オリカ・フジサ?」
「そ、セフィロ語に馴染みやすくするなら、そのほうがいいよ!」
「……」
異世界に馴染むために名前を変えるのか。
なんだか「新しい人生が始まる」って感じがして、悪くない気がする。
「……わかった、じゃあ私は オリカ・フジサ って名乗る!」
「よし、じゃあうまくやるんだよ!」
ルミエルはフワリと飛び、消えていった。
「お、おい! どうした、急に黙って!」
自警団の男たちがじろりと私を見る。
「えっと……私は オリカ・フジサ です!」
「ふむ……オリカ、か」
名前を言い直すと、ようやく納得した様子の自警団員たち。
「それで、貴様が使った魔法の正体を説明してもらおうか?」
「……あ、そうだった」
結局、私の 身柄は拘束されることになった。
「えー!? ここで逮捕展開!?」
異世界に来てまだ数日。
まさか闇医者どころか、牢屋にブチ込まれる可能性 が出てくるとは思わなかった——!