第43話
「オリカ様! 今すぐ撤退しましょう!」
エリーゼの悲痛な叫びが、静寂の森に響いた。
「カイルは……もう助からない!!」
オリカの背筋に、凍りつくような寒気が走る。
(カイルが……助からない?)
そんなこと、あるわけがない。
私は医者だ。
目の前の患者を見捨てるなんて、絶対にできない——。
「撤退なんて……できるわけないじゃん!」
しかし——
カイルは、深い斜めの裂傷 を胴体に負い、地面に倒れ伏していた。
鮮やかな赤が、草木を濡らしていく。
彼の剣は、無造作に落ちていた。
「……カイル……?」
オリカの声は、震えていた。
カイルは、何かを言おうとして口を開いた。
だが、声にならない。
喉が詰まり、ただ赤い液体が零れ落ちるだけだった。
オリカの瞳が、かすかに揺れる。
(なんとかしなきゃ……なんとか……!)
頭の中がパニックになる。
(止血しなきゃ。縫合……薬……!)
だが——
オリカの手が震えた。
「……っ……!」
オリカは 両手を握りしめた。
(何やってるのよ……!
こんなの、いつものことじゃない!
私は、医者でしょう!?)
しかし、何もできなかった。
何かをしなければいけないのに、頭が真っ白になり、体が動かない。
その間にも、カイルの血は、止まることなく流れ続けていた。
「このままでは、全滅します……!」
エリーゼは杖を強く握りしめ、魔法陣を展開した。
「《絶天光破(ゼル=グラディス)》——!!」
■ 絶天光破(ゼル=グラディス)
◇ 天の光を召喚し、空間ごと相手を浄化する高位魔法
◇ 大規模な破壊力を持ち、対象を“魔力ごと” 消滅させる
◇ 詠唱により威力が増大し、通常の障壁では防げない
「この一撃で、沈める!!」
杖を高く掲げ、無数の光の粒子が宙に舞い上がる。
魔法陣が空間に広がり、そこから膨大な魔力が溢れ出した。
(これで……!)
「へぇ、いい魔法じゃねぇか。」
その瞬間——
——ズバッ。
エリーゼの右腕が、宙に舞った。
「——ぁ……?」
エリーゼは目を見開いた。
自分の腕がない。
杖を握っていたはずの 右腕が、血を撒きながら宙を回転していた。
「……え?」
痛みが遅れて襲ってくる。
「——きゃあああああっ!!!」
エリーゼの 悲鳴が夜の森に響いた。
オリカは、目の前で起こった出来事が理解できなかった。
(何が……起きたの?)
エリーゼは 右肩を押さえ、苦しげに地面に倒れ込んでいる。
地面に転がる、彼女の切断された右腕。
杖は、地面に落ちていた。
魔法陣は、一瞬で掻き消えていた。
(……まさか……)
ゆっくりと顔を上げる。
そこには——
ルナティアが 涼しい顔で立っていた。
「ったく。
どいつもこいつも、戦いが下手くそすぎんだろ」
剣の刃には、まだエリーゼの血が滴っている。
(……この子……何なの?)
「おい、どうした?」
ルナティアは オリカを見下ろす。
「さっきまで偉そうなこと言ってたよな?」
その赤い瞳が、冷たく光る。
「“医者” なんだろ?」
オリカの心臓が跳ねた。
「だったらさっさと治せよ、そこの“使えねぇやつら” をよ」
その言葉は、試すような口調だった。
「それとも、お前にとっちゃ、所詮この程度か?」
ルナティアは 剣を肩に担ぎながら、クスッと笑う。
オリカの手が、拳を作る。
「……」
オリカは 震える手で、必死に何かを掴もうとした。
(私は……)
(何をすればいいの!?)
その時——