第40話
「……君が会うべき相手は、ダークエルフの少女 だ。」
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《ダークエルフの生態と特徴》
◆ 1. エルフとは異なる“闇の精霊の加護” を持つ
・エルフが“光と生命” の精霊の力を宿すのに対し、ダークエルフは“闇と死” の精霊の影響を受ける
◆ 2. 生命の循環を拒む体質
・ダークエルフは、自然界の生命のサイクルに“干渉しない” 種族
・そのため、病に対しての“免疫” が異常に強い
・しかし、逆に“治癒魔法” が効きにくい体質でもある
◆ 3. 魔力を“制御する” ことで自らを保つ
・魔獣化しない理由は、魔力の“結合”の技術を持っているため
・魔獣の呪いを受けても、魔力をコントロールし、自己を保てる
・その代償として、常に魔力を消耗し続けなければならない
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ゴドナーの言葉に、オリカは目を見開いた。
「ダークエルフ?」
「そうだ。“魔獣化の影響”を受けながらも、それを拒み続けている者。彼女は元々、この者たちのように他所から来た“流れ者”だった」
(流れ者……ってことは、そのダークエルフも…?)
「……ただし、ひとつ忠告しておこう。」
ゴドナーは、険しい表情になった。
「彼女は、問題児だ」
「問題児?」
「ダークエルフはもともと、この街でも異端視されがちな種族だが……
その中でも、彼女は特に“危険” な存在とされている」
《ダークエルフ「ルナティア・ノクス」についての噂》
・人間が近づくと、容赦なく攻撃してくる
・グラン=ファルムの周辺の地域でも孤立し、誰も彼女に近づこうとしない
・かつて“人間の実験体” にされた過去を持つ
「……人間の実験体?」
「詳しいことは本人に聞くといい。
ただ、君も覚悟しておいたほうがいい。」
「彼女はどこにいるの?」
「“月影の庵” にいる。
グラン=ファルムの外れにある、小さな寺院のような場所だ」
オリカは、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。行ってみる」
◇
グラン=ファルムの喧騒から離れ、木々に包まれた静かな場所——それが 月影の庵 だった。
薄暗い森の中に佇む、静寂の寺院。
苔むした石畳と、月光に照らされる白い灯籠が並ぶその場所には、どこか神秘的な雰囲気が漂っていた。
古びた寺院のような建物が、朽ちかけた石柱の横に静かに佇んでいる。
辺りは木々が生い茂り、昼間でも薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。
オリカは、一歩ずつ慎重に進みながら、この場所の異様な静けさに身を包まれた。
(ここに、“問題児”って言われてるダークエルフがいるんだ……。)
そして——
その時だった。
彼女は、そこにいた。
朽ちた石段の上——
月光を浴びるように、ひとりの少女が座っていた。
オリカは、一瞬、言葉を失った。
(……綺麗。)
《ルナティア・ノクスの特徴》
⚪︎ 漆黒の長髪が、銀の糸のように夜風に揺れる
⚪︎ 深紅の瞳が、まるで夜に浮かぶ星のように光る
⚪︎ 褐色を帯びた肌は滑らかで、月の光を淡く反射していた
⚪︎ しなやかな肢体と、どこか気高い佇まい——まるで夜の女王のような風格
長く、美しい指が静かに膝の上で組まれ、彼女は何を考えるでもなく、ただ夜の闇に溶け込むように佇んでいた。
(……すごい。)
オリカは、目を奪われた。
どこか、人間とは違う、この世のものではない美しさがそこにあった。
気高く、孤独で、触れることを拒むかのような存在。
(この子が……“魔獣化の影響を拒んでいる者”…?)
「——何を見ている。」
冷えた声が、静寂を裂いた。
オリカは、はっとして顔を上げた。
ルナティアが、静かに瞳を細めてこちらを見ている。
「お前、人間か?」
「……ええ」
「なら、消えろ」
一言。
それだけだった。
「……」
オリカは、彼女の赤い瞳を見つめた。
その目は、どこまでも冷たく、何もかも拒むような色をしていた。
「私は医者です。あなたの“呪い” について——」
「関係ない」
ルナティアは立ち上がり、オリカを見下ろした。
「ここは、人間が来る場所ではない。
お前が何者であれ、オレには関係ない」
「でも——」
「帰れ」
その瞬間——
空気が変わった。
オリカは直感した。
(——まずい。)
目の前の少女が、次の瞬間、何をするのか。
しかし——
それでも、オリカは動かなかった。
(私は、引かない。)
「私は医者です!」
オリカは、はっきりと言った。
「目の前に“患者” がいるなら、逃げるわけにはいかないの!」
ルナティアの瞳が、わずかに揺れた。
しかし——
次の瞬間、彼女の手が、夜闇を裂くように動いた。
シュッ——!
「!!」
オリカは 紙一重で後方に跳びのく。
ルナティアの指先には、黒い霧のような魔力が纏わりついていた。
「……帰れって言ったよな?」
静かな声だった。
しかし、その声には、鋭い刃のような敵意が込められていた。
オリカは、ゆっくりと息を整えながら、彼女を真っ直ぐに見つめた。
(この子……本気で私を追い払おうとしてる。)
(でも、それなら——)
オリカは じっと、ルナティアの瞳を見つめた。
その目の奥には、わずかに——痛みが見えた。
(この子は、何かを恐れてる。)
(それが、“人間” なのか、“自分自身” なのか……)
「私は帰らない」
オリカは、はっきりと答えた。
「何度でも言う。私は医者として、あなたを知りたいの」
ルナティアの眉が、かすかに寄る。
そして——
夜の静寂が、ふたりを包み込んだ。