第39話
◇
「ギィィィ……ガアアア!!」
患者が苦痛に満ちた叫び声をあげた。
変異がさらに進行し、腕の皮膚が硬い黒い甲殻へと変質していく。
指は鉤爪のように鋭く伸び、牙がさらに発達し、口元から蒸気が漏れた。
(まずい……! このままじゃ本当に魔獣になってしまう!!)
オリカは素早く薬瓶を取り出し、患者の口元に持っていった。
「いくわよ——飲んで!」
「グ……ガ……ァ……!」
患者は激しく抵抗したが、エリーゼとゴドナーが必死に押さえ込んでくれる。
「オリカ様、早く!」
「わかってる!!」
オリカは魔力抑制薬を、患者の口へと無理やり流し込んだ——!
患者の体が、ビクンッと痙攣した。
そして、しばらくすると——
「…………」
「……?」
「動きが止まった……?」
ルイスが驚いたように呟く。
患者の変異した手をじっと観察すると、甲殻化が少しずつ後退しているのが分かった。
(効いてる……?)
「先生、脈拍が落ち着いてきています!」
エリーゼが慎重に患者の手首を触れながら報告する。
「……どうやら、一時的に魔獣化の進行を抑えられたようですね」
「やった……!」
オリカは小さくガッツポーズをした。
■ 魔力抑制薬の効果
・魔獣化の進行を遅らせることに成功
・一部の変異は元に戻りつつある
・しかし、完全に治す手段はまだ不明
(でも……これは“延命” にすぎない。)
(根本的な治療法を見つけない限り、彼らは魔獣のまま……)
オリカは、患者の様子をじっくりと観察しながら考えた。
(魔獣細胞が体を支配しているのなら、それを無力化する手段が必要だよね……)
「先生、どうするの?」
ルイスが不安そうに尋ねる。
オリカは少しの間、沈黙し——
「……解剖するしかないかも」
「えっ……!?」
「この魔獣化した細胞を、直接調べるしかない」
オリカはメスを手に取った。
「この患者が回復するために、“魔獣細胞” がどう影響しているのかを解明する必要がある」
「でも、それって危険じゃ……?」
「……怖がってたら、医者なんてやってられないわ!」
オリカは、ルイスたちを外に出し、手術を始めるための器具を準備した。
診療所にある魔法薬や薬草、必要なものを取り揃え、何人かの助手をつける。
患者の腕を固定し、慎重にメスを入れた——。
「……っ!」
オリカがメスを入れた瞬間、驚くべきことが起こった。
ズズ……ズズズ……
「えっ……切った傷が……閉じていく!?」
オリカの目の前で、患者の皮膚が驚異的なスピードで修復されていく。
「これは……」
アルヴェルが目を細めた。
「魔獣細胞には、異常な再生能力が備わっているのだろう」
■ 魔獣細胞の特性
・傷ついても瞬時に自己修復する
・しかし、細胞の構造が異質で、人間とは根本的に違う
・ “黒死病” に対する免疫力を持つが、人間の遺伝子を侵食する
「つまり、この再生能力こそが……魔獣化の原因なのか…」
オリカは、メスを握ったまま呟いた。
「傷が治るのはいいことだけど、この細胞が増え続けたら、いずれ“完全に魔獣” になってしまう……」
「だけど、もし、…この再生を抑える手段があれば…
「……再生を抑える手段?」
アルヴェルが問いかける。
「ええ、魔獣細胞の増殖を止められれば、患者を救えるかもしれない」
オリカの頭の中で、ひとつの仮説が浮かび上がった——。
「……魔獣の細胞が暴走するのなら、それを抑制する細胞を作ればいいのよ!」
「抑制する細胞?」
エリーゼが首を傾げた。
「そう。たとえば——
黒死病に対する免疫を作る“ワクチン” のように、“魔獣細胞の侵食を防ぐための細胞” を培養できれば……!」
オリカの脳内で、現代医学の知識が交錯する。
《治療の新たな方向性》
☑︎ 魔獣細胞の増殖を抑える“抗魔獣細胞” を作る
☑︎ そのためには、“魔獣細胞を抑える因子” を持つ個体を探す必要がある
☑︎ 異種族の中に“魔獣耐性” を持つ者がいれば、ヒントになるかも!?
「……つまり、異種族の中に“魔獣化しない体質” を持つ者がいれば、その細胞を研究することで治療法が見つかるかもしれない、ということか?」
アルヴェルが冷静に言葉を紡ぐ。
「ええ、そういうこと」
「……ならば、一人心当たりがある」
「えっ!?」
オリカが驚くと、ゴドナーはゆっくりと語った。
「この街の近くに、“魔獣の呪い” を受けながらも人間の姿を保ち続けている者がいる」
「……その人が、鍵になる?」
「かもしれない。君が会いたいなら、詳しい情報を教えよう」
オリカは深く頷いた。
「お願いします!!」