第32話
「異種族の医学を学ぶには、実際に異種族が多く暮らす街へ行くのが一番でしょう」
エリーゼの提案を受けた翌日、オリカは“異種族都市グラン=ファルム“へ向かう準備を始めていた。
ロストンから東に数日の距離にあるその都市は、エルフ、ドワーフ、獣人族、セイレーン族などが共存する場所であり、この大陸でも珍しく 「人間が支配的でない都市」 だった。
(この世界の異種族医療について、もっと知る必要がある)
今までは 人間の体を基準に医療をしていたが、異種族にはそれぞれの身体の特性があり、治療法も異なる。
「よし……準備万端!」
しかし——
「僕も行きたい!!」
「は?」
突然、大きな声が屋敷中に響いた。
「僕もグラン=ファルムに行きたい!!」
目をキラキラさせたルイスが、オリカの前で手を挙げる。
「ルイス……」
「だって、僕、ずっと屋敷の中にいるんだよ!?先生が旅に出るなら、僕も外の世界を見てみたい!」
ルイスの言葉に、オリカは少し驚いた。
今まで彼は病気のせいで外出すらままならなかった。
それが、今や旅に出ることを望んでいる。
(……この子、本当に元気になったなぁ)
しかし——
「絶対にダメです!」
カテリーナ夫人がピシャリと拒否した。
「ルイスはまだ完治していないのですよ?
それに、異種族の街へ行くなんて危険です!」
「お母様、でも……!」
「ダメなものはダメです!」
ルイスは悔しそうに唇を噛んだ。
「……私のせいだ」
オリカは呟いた。
「私が変なこと言い出したから…」
「元気になると、外にも行きたくなっちゃうよね……」
「先生、それって悪いことなの?」
「……ううん。そんなことないよ。でもね、ルイス」
オリカは彼の目をまっすぐ見た。
「外は危険がいっぱいなんだよ??」
「……!」
「長時間の移動、慣れない環境、不安定な食事。
あなたの体は、まだ完全に回復したわけじゃない」
ルイスは少し悩むように視線を落とした。
しかし、すぐに顔を上げる。
「……でも、行きたいんだ。僕、自分の目で世界を見たい!」
その強い意志に、オリカはふっと微笑んだ。
「ふぅ……まぁ、気持ちはわかるけど」
「私が許可しません!」
カテリーナ夫人の厳しい声が響く。
しかし——
「……なら、俺が許可しよう」
部屋の奥から静かな声が聞こえた。
「ヴィクトール……?」
屋敷の主、ヴィクトール・アレクシスが静かに歩み寄り、ルイスの頭をそっと撫でた。
「ルイス、お前が旅に出たいと言うなら、それを尊重しよう」
「お父様!」
「だが、条件がある」
「ルイス、お前はまだ回復途中だ。だから、護衛をつける」
ヴィクトールは、後ろに控えていた使用人たちに目を向けた。
「エリーゼ、お前がルイスの身の回りの世話をしろ」
「かしこまりました」
エリーゼが恭しく頭を下げる。
「そして、護衛として数名の自警団を同行させる」
「お父様……!」
「俺はお前の決意を尊重する。
だが、息子を無防備に旅へ行かせるほど無責任ではない」
ルイスは、しばらくじっと考えた後——
「……わかった!」
嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、ルイスも一緒に行くことになったし、旅の準備をしなきゃっと!」
オリカは、気合いを入れた。
「ふふっ、なんだか楽しくなってきましたね」
エリーゼも微笑む。
「グラン=ファルムか……異種族の文化が詰まった街、興味深い」
「……さて、行くなら早めに出発するぞ」
ヴィクトールが手を叩き、使用人たちに準備を命じる。
「準備ができたら、明朝出発だ」




