第2話
「うおおお!? 聖女様かよ!!」
「すげえ! たった一瞬で治ったぞ!」
路地裏に倒れていた男を治した瞬間、周囲の人々がざわめき始めた。
驚きと興奮の入り混じった視線が、私に一斉に向けられる。
「え、待って。これ、もしかしてやばい状況では?」
異世界チートの力を、人前でド派手に使うのは危険!
それくらいは私でもわかる。
けれど、もう遅かった——。
「す、すまねぇ……助かった……!」
地面に崩れ落ちていた男が、涙ぐみながら私の手を握った。
その顔には明らかに血色が戻っている。さっきまでの苦しそうな様子が嘘みたいに、すっかり元気になっていた。
「おぉ、すごい……!」
私は感動しながら自分の手をじっと見つめた。
この力があれば、私は本当に命を救える——!
「おい、君!…その、すまないが……私の息子も診てはくれないだろうか……?」
「え?」
顔を上げると、貴族のような高価なベストを身につけた男が、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「……息子?」
「ああ。息子もこの疫病にやられて、体調を崩しているんだ。今日は調子が良かったんだが……!」
「……!」
私は息をのんだ。
さっきの男がかかっていたのは「黒死の病」。この世界を蝕む不治の病だという。
でも、私はたった今、この病を治した んじゃないのか?
「……行きましょう!」
私はすぐに男の案内で彼の家へ向かうことにした。
自分の力がどこまで通用するのか、それを確かめるために——。
「ここだ……頼む……!」
男の家に入ると、そこには 一人の少年が横たわっていた。
年は10歳くらいだろうか。
蒼白な顔、細くなった手足、そして……。
「……!!」
私は少年の胸元を見て、思わず息をのんだ。
黒い斑点が、肌に浮き上がっている。
「……黒死の病の症状?」
さっきの男は、ただ咳き込んで衰弱していただけだった。
でも、この少年は違う。
これは、さっきの男とは別の病気なのでは——?
「大丈夫……きっと治せる」
私はそっと少年の額に手を当て、深呼吸をする。
「回復魔法……!」
すると、またあの強烈な光が放たれる。
この力があれば、どんな病気も——!
「……っ!」
だが——その時だった。
少年の肌に広がった黒い斑点が、一瞬だけ薄くなり、そして再び元の濃さに戻った。
「……え?」
魔法は……効かなかった?
「な、何度でもやる! もう一回……!」
「回復魔法……!」
私は再び魔法を発動させる。
だが—— 少年の症状はまるで変わらなかった。
「な、なんで!? さっきのおじさんは治ったのに……!」
焦りと動揺が胸を締め付ける。
私は確かに「治癒魔法」でさっきの男を治した。
なのに、目の前の少年には全く効かない。
「……お願いだから……目を覚ましてよ……!」
私は何度も魔法をかける。
それでも、少年の肌は黒いまま、まるで魔法が届いていないかのように変化しなかった。
「そんな……こんなの、聞いてないよ……!」
私はここで、初めて理解する。
「治せる病と、治せない病がある」
「私の治癒魔法は万能ではない」
この世界に来たばかりの私は、「どんな病気でも治せる」と思い込んでいた。
だけど現実は違った。
「お、お願いだ……俺の息子を助けてくれ……!」
父親が、今にも泣きそうな顔で私の手を握る。
私は、何も言えなかった。
救えない命が、ここにもあるのか。
日本では医学生だった。
あの世界でも、私は「救えない命を救いたい」と願っていた。
でも、医学の知識が足りず、無力だった。
だけど、異世界なら——この力があれば——。
「……何も変わらないの?」
喉の奥が、熱くなる。
私は異世界に来ても、また「無力な自分」に直面してしまったのか。
「……」
静かな部屋の中で、私はそっと少年の手を握る。
まだ温かい、小さな手。
でも、それが冷たくなるのは時間の問題だった。
「……ありがとう。もう、いいよ」
私はゆっくりと立ち上がる。
この病気は、普通の魔法では治せない。
もし治す方法があるとしたら、それは この世界の真実に触れることなのかもしれない。
私は拳を握りしめた。
「……やっぱり、もっと勉強しなきゃダメだ…!」
普通の医者じゃダメだ。
普通の治療じゃ、意味がない。
この病を治す方法を探すために、私はこの世界をもっと知る必要がある。
この命を救う方法を、絶対に見つけてみせる。
「……ありがとう、おじさん。私、もっと勉強するよ」
私は少年を見つめ、そう誓った。
——こうして、私は「医学」を極める者としての道を、歩き始めることになる。