第207話
——ゴォッ
1と2、——その連撃は右腕によって繰り出されていた。
踏み込んだ左足からのステップ。
流れるように右半身へと重心を移動させ、続け様に二撃目を放つ。
その攻撃と攻撃の繋ぎ目は滑らかでありながら、地を這うようなどっしりとした落ち着きを運んでいた。
躱された直後の動きは、無防備だった。
右半身に重心が流れているため、すぐに体勢を整えることはできない。
交錯する影は肥大化している。
目の前に迫り来る敵の攻撃は、——ちょうど、エイダの顔面を捉えるだけの「近さ」に連続していた。
受けることもままならなければ、躱わすことも難しい距離。
「左腕」は、そんなギリギリの距離の差を埋めるように、捻転する体の“捩れ”を絡ませながら「跳ね」た。
狙うは、左前脚。爪と指の継ぎ目。
鈍い音がした。咆哮が遅れて、爆ぜる。
青焔獣が膝を折った。
だが、倒れはしない。動きが鈍った、それだけ。
——だが、十分なダメージを負わせた。
エイダも無傷ではない。
敵の攻撃と交錯するように放った斬撃は、迫り来る爪とぶつかるように弧を描いた。
可能な限り地面に近づき、しゃがむ。
膝をうまく利用し、姿勢を低く移動させていた。
攻撃を展開しながらの回転は、敵とのスペースを作るための動きでもあった。
その分、敵の攻撃を“防ぐ”ための動作までは、十分に行き届かなかった。
カリナはそれを見ていた。
「……行くよ」
その声とともに、彼女の手には新たな矢が番えられていた。今度は、風纏い(ウィンドラッシュ)をまとわせた、貫通の矢。
ゴォッ——
青焔獣は、傷ついた右前脚を即座に動かす。
血飛沫を撒き散らしながら、目の前にいたエイダを力ずくで吹っ飛ばす。
斧を使って咄嗟にガードするが、敵の腕力は尋常ではなかった。
ミシミシッと骨がしなるような強烈な押し込みを感じつつ、宙に浮く。
「がッ…!」
勢いのままに飛ばされ、あっという間に距離が開いた。
近くにあった木にぶつかり、その場に落ちる。
彼女の額には、敵の爪によってついた深い裂傷が、赤い鮮血を滲ませていた。
トッ
カリナは近づく。
一歩、二歩。
さっきよりもより近い場所へ——
引き絞った矢は、ある一点を狙っていた。
エイダの一撃によってダメージを与えた右前脚。
的としては小さいが、十分に捉えられる距離にある。
「視えた」
カリナの呟きは、静かな確信を帯びていた。
引き絞った弓から放たれた矢は、空気を裂き、死角を縫うように走った。
風纏いの加護を受けたそれは、まるで生き物のように軌道を調整し、負傷した右前脚へ——
——ズシン
鋭い音を立て、狙いすました一点に突き刺さった。
咆哮が爆ぜる。
青焔獣は、右前脚に突き立った矢を引き抜こうともせず、怒りに満ちた叫びを上げた。
血飛沫が空に散り、傷口から漏れた青い焔が渦巻く。
そして、ぐらり、と。
巨大な体が一瞬、傾いた。
ズッ——
青焔獣の巨躯が大地に一瞬、揺れるような沈みを見せた。
だが、完全には倒れない。
その膂力は、未だ底を見せていなかった。
カリナは弓を下ろさず、次の矢を番えながら間合いを取る。
エイダも、地面に這うように体勢を整えつつ、獣の動向を窺っていた。