第206話
「——ッ!」
青焔獣が反応した。
エイダの連撃は流れるような動作の中に繋がっているが、敵もまた、動いていた。
尾が、再びしなる。
だが、それは敵を穿つために動いているわけではない。
後脚の膝を曲げ、斧の軌道と接触点をずらすように体を持ち上げた。
痛みがあったのか、右半身の動きは鈍かった。
それでも咄嗟に反応したその動きは、獣特有の反射神経と身体能力を活かした“切り返し”だった。
“読まれていた”。
エイダの踏み込みは敵の前脚の反応によって一歩、わずかにずらされた。
彼女が自らの脚を狙っていることは、動きの中で察知していたのだろう。真正面でなく、あえて“起き上がるように”斧の軌道線上の外縁を踏んだ。
斧を持ち上げる動作は継続的な可動域の中心に回転していた。
止めることはできない。
上半身主導での切り返しのため、すでに肩の関節部分は伸びきっていた。
「…チィッ」
避けられることは織り込み済みだ。
敵の反射速度は並大抵ではない。
攻撃は当たらない。
それは動作の中である程度予測できることではあった。
ダメージを与えるための斬撃であるため、スピードもついている。
急には止まれないが、それでも——
互いに後ろ足の重心は残っている。
敵は右斜め後方。
エイダは、右半身。
伸びきった腕を残したまま、流れていく体を抑えるための動作に意識を傾かせた。
敵の攻撃が届くこの間合いにおいて、攻撃と防御の起点は常に入れ替わる領域にある。
直線的な間合いの内側。
敵の影がエイダの頭上を覆う最中、敵の攻撃の“接点”が次にどこで生じるか、流れる動作の中で見つけようとしていた。
——グッ
前脚の、——関節部。
咄嗟の反応の中、敵はエイダよりも優位の位置に立っていた。
持ち上げた体は重力の流れの中に減速していく。
反面、エイダは流れる動作を自力で止めるほかない。
交差する二つの動作は明確な距離の差を生もうとしていた。
この「距離」を修正することができるのは、いかに相手の攻撃の間合いから“遠ざかる”ことができるか。
敵は前脚を踏み込む姿勢を見せる。
上体を起こしながら、自らの自重を生かしての迎撃に打って出ようとしていた。
腕を振り下ろせば届く距離。
ましてや、支点を変えなくてもいい角度だった。
絶好の位置であり、間。
前脚、——その繋ぎ目から、背筋に向かって伸びる筋肉を動かす。
ザッ
地面が“動いた”のは、エイダの踏み込んだ右足を起点としてだった。
伸びきった右腕は流れるような弧を描きつつ、斧の先端を引っ張る。
敵の腕が振り下ろされようとしていたその時、スライドしていく斧の軌道が微かに“ブレた”。
——減速していたわけではない。
流れる動作は維持したまま、回転を“速める”。
つま先を利用しての捻転力。
エイダは、躱された“二撃目の斬撃”の勢いを利用していた。
右半身に“軸”を置き、地面を滑るように重心を運ぶ。
繰り出した斧の力の方向は、水平方向に傾いていた。
敵がどう動くか。
その意識の流れを受け皿にしつつ、一気に踏み込んだ。
斧が閃く。
右足を軸にした体全体の捻転は、コマのように地面の上を走った。
エイダの特筆すべき「攻撃性」は、繰り出す斧の“連撃”にある。
二撃目が躱されても次がある。
右半身を回転させつつ、左手に持つ斧の“間合い“が、一つの動きの中に連動するように線を紡いだ。