第205話
——ヒュンッ
風が矢羽を震わせる。
放たれた矢は、敵の背後に近づくようにグンと加速した。
狙いが確かだったわけではない。
十メルト以上は離れた場所からの射撃。
しかも、移動しながら、——だ。
手元がブレるのは百も承知。
だが、カリナが番えていたのは“特殊矢”だった。
敵にダメージを与えるものでありながら、エイダとの連携をより強固にするためのもの。
横移動をしながら、ギシギシと弦を後ろへ引く。
矢の本体は下向きに維持したまま、全身の力が入りやすい体勢を保つ。
回り込んだ足取りが十分な角度に入るまで、前傾姿勢を崩さなかった。
ザザザーーァッと滑り込むように移動しながら、バッと弓を持ち上げる。
狙いを定めるにしては物足りない動作の繋ぎ目。
ただ、それで“十分”だった。
カリナが放った“特殊矢”。
「爆裂の矢」と呼ばれるそれは、矢じりに特殊な爆薬を仕込んだ矢のことである。
着弾点の周囲に爆風が広がる効果を持っており、威力も通常の矢に比べて何倍もある。
貫通力が無い代わりに、狙い所によっては大きなダメージを期待できる。
胴体か、脚。
比較的面積の大きい部分に狙いを定め、弓の先端を敵に向けた。
——ボッ
着弾と同時に爆風が舞った。
煙が周囲へと膨張し、地面に散らばった木の葉が舞い上がる。
目まぐるしい空気の流れの変化が局所的に持ち上がり、木々が揺れる。
青焔獣の意識を後方へ引き込む。
命中したのは右腹部のあたりだった。
視線と意識がわずかに傾く。
接近するエイダとの間合いを確かめる意識のゆとり。
その“隙間”を突いた、——一撃。
一つ一つの矢の威力は低い。
敵にしてみれば、ここまでの2人の「攻撃性」や「危険性」は、“どのように対処すればいいか”を本能的に分析できるだけの時間があった。
カリナがこれまでに放った矢は、自らの体にダメージを与えるものでありながら、即座に対応すべき緊急性はなかった。
問題は遠距離からの攻撃であり、自らの間合いの外側からの位置取り。
だからこそ接近し、優先的に対処しようとする選択が前のめりに動いていた。
だが、ここへきての、この一撃。
爆風を帯びたこの矢は、無視するにしては威力が大きい。
敵の攻撃の選択肢にそれが“存在している”ということを、予期していない意識の背後から忍ばせる。
カリナの狙いは、ダメージよりも優先すべきものだった。
この一瞬。
この、——タイミング。
エイダの影が、獣の懐へ沈む。
〈敵の意識がほんのわずかに揺れた狭間〉を縫うように、一気に重心を加速させた。
2人の連携は、止まらない時間と距離の中に、直線的な「線」を紡いでいた。
斧が振るわれる音はない。ただ、空気が割れる。
ゴッ——!
振り抜かれた斬撃は敵の前脚を深く切り裂く。
肩越しから体重の乗った軌道が、息を止めた全身の連動と合わせて駆け抜ける。
「グァァァァッ」
悲鳴とも威嚇とも取れる敵の咆哮が反射的に漏れ出た中、エイダは左前足を運んだ股関節の軸を、地面に“乗せ”た。
地面の起伏を利用し、体重が乗る“点”にすでに重心が移動していた。
わずかな凹凸を利用し、持ち上げるように左半身を捻りながら、アッパー気味に斧が滑空する。