第202話
凄まじい熱気が目前に迫る中、咄嗟に両手を交差させて防御する。
落下スピードを生かしたまま飛び込むつもりだったが、視界が塞がったのは誤算だった。
チクリと、肌を刺すような悪寒が走った。
尾が一閃。
直撃は避けた。
死角から来る何かが、エイダの思考を抉り取るように近づいていた。
迫り来る焔はただの炎ではない。
青焔獣特有の魔素を帯びた強烈な熱波であり、微細な電気エネルギーも含んでいる。
交差させた両腕を打つように伸び上がった長い尾。
その“曲線”が、前方から流れるように跳ね上がってきた。
空気が震えた。放電と熱が走り、尾の先端とぶつかった斧の柄が弾き出されるように横に流れた。
摩擦によって生じた焦げの匂いが、ふわっと立ち昇る。
エイダは動じず、すぐに切り替えた。肩を使って体を回転させ、衝撃が及んだ方向へと威力を受け流す。
無理に近づこうとはせず、一度距離をとる。
カリナはすでに次の展開へと身を投じていた。
両者の視点は常に一定の範囲内に収まっていたが、動ける範囲は連続的に広がっていた。
後方へと下がった一歩を起点として、重心を移動させるために“溜め”を作る。
「狙い」は常に変わらなかった。
ただ、そのポイントを矢の軌道上に接触させるには、——まだ、距離が足りない。
ただでさえ足場が悪い森の中だ。
手元の調整がうまく定まらない状況下で、狙った場所へと矢を放つには、出来るだけ距離を縮めていく必要がある。
引き絞った弦と、折り曲げた膝。
「音」が、矢とともに鳴いた。
狙いは青焔獣の右の角。魔力の集中点。
——ドッ
矢が届く。だが、獣は首を振った。角に掠る——光が散る。魔力が軋む音が、空間に残った。
「……弾かれた?」
カリナが驚く暇もなく、青焔獣の体が、ぐっと沈む。
四肢が地を抉り、跳ぶ前の姿勢。筋肉が隆起し、発熱器官がさらに強く明滅する。
「来る!」
エイダの声と、地が爆ぜる音が同時に響く。
その声にはめもくれなかった。
エイダの存在を事前に察知し、警戒していたのは事実だが、目の前の“標的”から意識を逸らすことは依然としてなかった。
敵の意識が常に“ブレる”ことはなかった。
カリナを捕まえるための一歩。
その一点に集中し、足元へと魔力を展開していた。
ドンッ
それは波であり、堆積した水流の“圧”そのものだ。
四肢へと流し込んだ魔力は瞬く間に膨張し、地面をしっかりと掴むだけの“軸”を得ていた。
青焔獣の巨体が鋭く傾く。
前傾姿勢から一気に体重が下降し、その勢いのまま、前方にいたカリナに向かって突進した。
その一歩は速く、爆発的な瞬発力を産んでいた。
3.5メルト、2、1——
両者に開いていた「スペース」が、強烈な突進力によって断ち割られる。
カリナは反射的にその動きを読みつつ、バックステップを取る。
木と木。
遮蔽物と影。
周りの環境に適応しつつ、広いスペースの中央を交差しながら動いた。
真横へ、そして後方へ。
互いの視線は交わらずとも、動きは流れるように重なり、散っていく。
空間は、なお戦場であり続ける。
青焔獣は止まらない。重さ、速さ、そして、しつこさ。
それが、この魔獣の本質だった。