第26話
「うわぁ……!」
ルイスの目が、キラキラと輝いた。
ロストンの港町——貿易都市の中心ともいえるこの場所は、活気に溢れ、異国情緒に満ちた街だった。
石畳の広場では商人たちが声を張り上げ、船着き場には異国からの船が次々と入港している。
魚市場から漂う潮の香り、積み荷を運ぶ労働者の掛け声、そして、港に集まる異種族の姿——
「ねぇ先生、あっちの人たち、肌の色がちょっと青いよ!」
「あれはセイレーン族…じゃないかな。多分。聞いた話だけど、海の民なんだって」
「うわぁ……! お父さんが言ってた通り、港町にはいろんな人がいるんだね!」
ルイスは興奮した様子で、あちこちを見回していた。
(……本当に楽しそうだな)
オリカは、そんなルイスの様子を見て微笑んだ。
彼の体調はまだ万全ではないが、こうして外の空気を吸うことで、精神的にも良い影響を与えているのは間違いなかった。
「……ねぇ先生、なんか人がいっぱい集まってる」
ルイスが指をさした先には、雑貨店の前で話し込む数人の商人たちがいた。
どうやら何かを熱心に議論しているようだった。
「……なぁ聞いたか?“外科師”の先生ってのが、ロストンにいるらしいぞ。」
「おいおい、この街の治療師といえば、修道院の連中だけだったはずだろ?」
「いや、それがな……どうやら魔法を使わずに治療をする“奇妙な医者”がいるらしいんだ。」
オリカは、思わず立ち止まる。
(……えっ、それってもしかして……?)
「しかも、最近は黒死病の患者まで診てるって話だ。
普通なら“穢れた病”として隔離されるのが常識なのに、その先生は“治せるかもしれない”って言ってるらしいぞ。」
「……本当にそんな医者がいるのか?」
「まぁ、俺も噂でしか聞いたことないが……」
商人たちは、しばらく話を続けた後、それぞれの仕事へ戻っていった。
オリカは、呆然とその場に立ち尽くす。
(……まさか、もう私の噂が広がってるの!?)
確かに最近、診療所には患者が増えてきていた。
でも、まさかこんなに早く話題になるなんて——。
「ねぇ先生、すごいよ! 先生のこと、もうみんな知ってるんだね!」
ルイスが目を輝かせる。
「いや、待って……まだ1ヶ月も経ってないんだよ??」
「でも、“外科師”として有名になってるみたいだよ?」
「……外科師、か。」
この世界では、「外科師」は医者とは別のものとされている。
医者は魔法を使い、貴族や聖職者に仕えるが、外科師はあくまで「下賤の技術職」と見なされることが多い。
(それでも、私は医者になりたかった……でも、もう違うのかもしれない。)
(もしかすると、私は魔法と外科医療を融合させた、新しい道を歩んでいるのかもしれない。)
オリカは、ふと考え込む。
「先生、あっちに“修道院”って書いてあるよ!」
ルイスが指をさした先には、大きな石造りの建物 が立っていた。
「……ここが、この街の“病院”ってわけ…か」
オリカは、この世界の医療機関についての知識を整理する。
■ この世界の“病院”の役割
・ 「修道院」に付属した施設(宗教機関が運営している)
・治癒魔法を使った“簡易的な治療”が中心
・主な活動は、病人や負傷者の“看護”(薬草治療・食事・寝具の提供など)
・解剖学や外科手術は行わない(魔法が治療の基本とされているため)
「つまり、この施設は“病院”っていうより、“療養所”に近いのか……」
魔法が主流のこの世界では、解剖学や手術を用いた治療はほとんど行われていない。
そのため、
「手術をする医者がいる」
という噂は、修道院の関係者たちにもすでに伝わり始めていた。
「……もしかして、私はもう“異端者”扱いされてたりして?」
オリカは、少しだけ苦笑した。
この世界の“正統な医療”は、あくまで 聖職者による「魔法を用いた治療」 である。
「まぁ、私は私のやり方を貫くしかないよね……」
オリカは、ルイスの手を引きながら、港町の喧騒の中へと歩き出した。