第200話
斧が深々と獣の背に刻まれた直後だった。
青焔獣の体が痙攣し、僅かに硬直したようにも見えた。
確かな感触が腕の中に残りながら、より深いところへと時間が加速していく。
背中の魔導器官が明滅を越え、閃光のように光った。
——くる。
カリナが反射的に息を詰める。
熱波が、地をうねらせた。獣の皮膚から漏れ出すように熱と光が滲み、まるで地熱そのものが噴き上がったような重圧が襲ってくる。
「エイダ、離脱して!」
それはエイダも予感していた。
言葉が届くよりも前に体勢を変え、背から斧を引き抜く。
獣の背を蹴るように跳躍した。灰色の外套が宙を舞い、霧の粒子を切り裂いていく。
青焔獣の動きは俊敏だ。
俊敏であり、かつ獰猛だ。
その巨躯の内側には、見るからに重厚な肉厚を携えている。
無駄な肉が削ぎ落とされたようにスマートである。
“ただでは終わらない“
そんな予感が、空気を震わせるように視界の片隅に”はためいた“。
尾が風を裂いた。
鋭く、しなやかに。
一本の鞭が地を這い、跳躍中のエイダを狙う。
エイダは咄嗟に防御姿勢を取る。
空中に離脱した彼女を捉えようとする尾の動きは、緩やかな軌道を保つのに十分な「距離」を持っていた。
鞭のようにしなりながらウェーブする波。
直撃は免れない——ッ
そこへ、カリナの矢が颯爽と駆け抜ける。
構えた弓と、後ろ足の重心。
敵が次にどう動くか。
その先の接点を探りながら、連続する動線を指でなぞる。強く引いた弦の内側。その張力のギリギリの根本部分を掴みつつ、視線を傾ける。
動きながら、空気の流れを読んでいた。
敵の動き。
尾の軌道。
その相互関係の中間にあるのは、互いの距離とその延長線上にある交点だった。
計算する。
指先に魔力を集中し、矢を引き絞る。
狙い澄ました矢の一閃は、敵の胴体へ正確に飛んだ。
エイダの攻撃によって怯んだ挙動の最中、——その懐に届いた鋭い鏃は、獣の体へとダメージを与えるには十分な威力を伴っていた。
——だが、尾は止まらない。
カリナの矢が命中したにもかかわらず、敵は一部の怯みもなくさらに躍動した。
尾の軌道はわずかにそれただけで、なおもエイダの脇腹をかすめた。
刃物のような切れ味を伴いながら、衣服ごと切り裂いていく。
「ッ……!」
空中で体勢を崩しながらも、エイダは地を転がって衝撃を逃がした。肩口から外套が裂け、血が滲んだが、骨まではいっていない。
(…厄介だな)
低く、しかし確かな声。
カリナは矢筒を払いながら、次の一手に向けて息を深く吐き出す。
空気が充満するように熱い。
空間すべてが、モヤのようにぼんやりと透けていくようだった。