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第196話





夕暮れの陽射しが谷を包み込むころ、カリナとロッツォはゆっくりとユルデンの街へと帰っていた。渓谷を渡る風は涼しく、街の石畳を照らす灯火がひとつ、またひとつと灯り始めている。


ふたりは言葉少なに歩いていたが、その沈黙は心地よい余韻に包まれていた。今日という一日が、どこか特別な意味を帯びていたからだ。


ギルド「風の道」の前に差し掛かったとき、ロッツォがふと口を開いた。


「……実は、明後日、リュミールに向かうんだ」


「リュミールに?」とカリナが目を丸くする。


リュミール──それはルート山脈を越えた先にある、東方の魔導都市。古代の魔導文明の名残を今も色濃く残し、ヴァルキア帝国をはじめとした現代の魔導工学とは異なる、独自の魔法文化が根付いている地。かつては旧王国の研究拠点の一つであり、今では、カルマーン皇国へと至る魔導鉄道の中継地として栄えている。


「向こうで、大手の配送会社と話をする約束があるんだ。空便の新しい中継ルート構築の件でな」


「……大きな話なんだね」


「まあな。でも、たぶん……うちのギルドのあり方も、変わっていくことになるかもしれない」


ロッツォの言葉には、希望と不安が入り混じっていた。


カリナは小さく頷き、少しだけ寂しげな表情を浮かべながら、彼の背を見送った。


リュミール──カリナもまた、その場所のことはよく知っていた。


ロッツォも言っていた。世の中はどんどん発展し、変わっていっていると。


ルート山脈を超えた先にあるその都市は、まるで時の流れが凝縮されたような場所だった。


深い渓谷を越え、風が唄う峠道を抜けた先——


まるで空の帳を照らすように、魔導都市リュミールはあった。



その街は光を抱いていた。


高台に築かれた街の全景は、まるで魔法の織物のように繊細で、壮麗だった。


かつて「リュミレア王朝」の首都として栄えたこの地は、今もその面影を残したまま、現代の魔導技術と静かに共存している。


街の中心を走る「虹環大路」は、七つの魔導塔を環状に結ぶ主幹道であり、石畳に魔法文字が刻まれたその道は、夜にはほのかな光を灯し、まるで星々が地に降りたかのような幻想を描き出す。


60万人を超える人々が暮らすリュミールには、エルフの学者、ドワーフの職人、獣人の芸術家、人間の商人たちがひしめき合い、それぞれの営みが、まるで一つの交響楽のように街の鼓動を生んでいた。


路地の奥からは、香草と鉄器の匂いが混じった市場のざわめきが聞こえてくる。高台に連なる円形建築群は、旧王朝の魔導研究所跡地を改装した研究区画であり、いまも魔法学と技術工学が融合した研究が日々行われている。


その一角には、風で回る魔導機関車の車輪が金属音を響かせ、光を帯びた軌道が街の外縁へと延びていた。


彼方には、ルート山脈の尾根が幾重にも連なり、その裾野に広がるリュミールはまるで、大地が編んだ王冠のようだった。


──そこは、古の記憶と新たな未来が同居する、光と静寂の都市。


カリナが見上げる空の、その向こう側にある街。


ロッツォの羽が次の空へと向かっていることを、どこか誇らしくも思いながら、言いようもない不安が頭のそばを掠めていくのを感じていた。




リュミール行きの話を聞いた夜、カリナは一人、ギルド「風の道」の屋上に座っていた。


静かに星がまたたく渓谷の空。遠く、山の向こうから風が吹き抜け、涼やかな夜気が肌を撫でる。街の明かりがぼんやりと揺れ、谷底にはルーマニア川が、月明かりを受けて銀色にきらめいていた。


その風景の中で、カリナはふと、ギルドに入った日のことを思い出していた。


あの頃の彼女は、まだ何者でもなかった。狩りの腕も、荷の扱い方も、契約符の扱いも覚束なく、ただ「どこかへ行きたい」という気持ちだけを握りしめていた。夢と呼べるほど明確でもなく、目的と呼ぶには曖昧な衝動。


けれど——


「風の道」は、そんな彼女を迎え入れてくれた。


言葉少なな先輩たちの背中。笑いながら契約の手ほどきをしてくれた年配の獣人。あの頃のロッツォは今よりもさらに無口だったが、それでも獣道の歩き方を、草原の風の読み方を、時には身を挺して教えてくれた。


「走る食材調達屋(フード・ランナー)」——その異名をもらったのは、ずっと後のことだ。


最初の頃は、うまくいかないことばかりだった。


崖で荷物を落としかけて泣いた日もあった。魔獣に睨まれて震えた夜もあった。


それでもカリナは走った。谷を、森を、雪の峠を越えて。


風と、地と、血潮の鼓動を信じて。


——あのとき見上げた空は、今日と同じように、どこまでも広く、静かだった。


カリナはそっと目を閉じた。


この谷に、自分の足音を刻んできた日々。そのひとつひとつが、今の彼女を作っている。


ユルデンの街も、いつか変わってしまう日が来るのだろうか。


それとも、守るべき場所はここにあるのか——


夜の静けさが、カリナの胸の奥をそっと撫でていた。





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リュミール(Lyumire)



■ 概要

リュミールはエルドラシア大陸東部、ルート山脈の東麓に位置する魔導都市であり、古代魔導文明の拠点を基礎として発展した学術都市。現在ではラント帝国の影響下にあるものの、準独立の自治権を保持し、学術・魔導技術の研究に特化した機関都市として機能している。人口は約60万人。魔導機関技術、結晶魔術、古文書解読などの分野で世界的に知られる。


■ 歴史

かつてのリュミレア王朝の魔導研究都市を前身とし、旧王国の崩壊後も独自の知識体系を維持。A.C.660年、ラント帝国の東部拡張政策により「リュミール」として編入され、研究機関の再編が行われた。以降は帝国公認の「魔導学府」が設置され、国内外の魔導師を受け入れている。


■ 政治・自治

ラント帝国の支配下にありながら、”高等魔導議会”と呼ばれる自治組織が実質的な都市運営を担う。都市法の制定・警備・教育・魔導技術の利用許可まで幅広い権限を保持し、帝国中央庁からの干渉を最小限に抑えている。


■ 交通と物流

・魔導鉄道リュミール線:帝都ルーヴェンから東部へ延びる幹線鉄道の中継点。

・カルマーン路線接続:リュミールを経由してカルマーン皇国と連絡する鉄道・物流網が整備されている。

・魔導転送塔(現在は制限運用中)を活用した長距離通信・移動の実験も行われている。


■ 産業と経済

主な産業は魔導技術開発、学術研究、書籍出版、精製魔石の輸出。高度な研究成果は帝国軍や民間魔導産業に応用されており、国家機密級の技術も多数保持。近年は魔導工学と機械技術の融合も進められている。


■ 文化と教育

リュミール魔導学府(Lyumire Academy of Arcane Arts)が都市の中心機関であり、5つの学科(基礎魔導、応用術式、魔導治癒、古代語解読、魔導工学)から構成される。一般市民向けの夜間講座もあり、知識の共有と啓蒙を重視している。


■ 特徴

・古代魔導の遺跡が点在するため、考古学者や魔導探査者の来訪も多い。

・自然と魔導の融合都市として、美しい水路や浮遊庭園が設計されており、「魔術と芸術の都」とも呼ばれる。

・空を飛ぶ配送艇「魔導シップ」の研究拠点としても整備が進んでいる。






リュミレア王朝は、かつて大陸東部に存在したとされる伝説的な王朝であり、魔導技術と学術の発展において重要な役割を果たしたと伝えられています。この王朝は、現在のリュミール市を中心とした地域に広がっていたとされ、魔導文明の黄金時代を築いたとされています。



■ 歴史と起源


リュミレア王朝の起源は、古代の魔導士たちが集まり、強力な魔導技術と知識を共有するために築いた都市国家に遡るとされています。彼らは魔導の研究と教育を重視し、多くの魔導学院や研究機関を設立しました。その後、これらの都市国家が統一され、リュミレア王朝としての体制が確立されたと考えられています。



■ 政治体制と統治


リュミレア王朝は、魔導士による統治体制を採用しており、王族や貴族は高度な魔導技術を有する者たちで構成されていました。政治的な決定は、魔導評議会と呼ばれる機関によって行われ、魔導技術の発展と社会の安定が最優先とされていました。



■ 文化と魔導技術


この王朝は、魔導技術の発展において他に類を見ない成果を上げました。魔導機関や魔導具の開発が盛んに行われ、これらの技術は日常生活から軍事、医療に至るまで幅広く応用されていました。また、魔導芸術や文学も栄え、多くの魔導詩や魔導絵画が生み出されました。



■ 衰退と遺産


リュミレア王朝の衰退の原因は、外部からの侵略や内部の権力闘争、魔導技術の暴走など、複数の要因が重なったとされています。最終的には王朝は崩壊し、その領土は周辺の国家や勢力によって分割されました。しかし、リュミレア王朝が築いた魔導技術や文化は後世に大きな影響を与え、現在でもリュミール市をはじめとする地域にその遺産が残されています。



***



リュミレア王朝は、魔導技術と文化の発展において重要な役割を果たした伝説的な王朝であり、その影響は現代においても色濃く残っています。リュミール市が魔導都市として知られる所以も、この王朝の遺産によるものとされています。


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