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第25話



「先生! 今日はどんな患者が来てる?」


「オリカ先生、膝を怪我した子供を連れてきました!」


「この間治してもらった傷、すっかりよくなりました! ありがとうございます!」


街角診療所「うさぎのおうち」は、開業してから数週間が経ち、少しずつ街の人々に認知されるようになってきた。


軽い切り傷や打撲、感染症の初期症状など、オリカの治療を求める患者が増えていく。


「ふぅ……今日も忙しかったぁぁぁ」


「お前、最近寝てるのか?」


ヴィクトールが心配そうに尋ねるが、オリカは疲れた笑みを浮かべるだけだった。


「寝てる……けど、いろいろ考えちゃうっていうか」


「黒死病か?」


オリカは、ゆっくりと頷いた。


「うん……普通の病気なら、治療と休養で回復するけど……

黒死病は、全然よくならないんだよね」


ロストンの街で広がっている黒死病。

発熱、皮膚の壊死、体の激しい痛み——

オリカの知識でも、まだ完治の方法が見つかっていなかった。



「……ルイスの熱がまた上がってる…」


オリカは、ルイスの額に手を当てる。

高熱で赤くなった顔、荒い呼吸、衰弱した体——。


「……オリカ先生」


傍にいる使用人の女性も、弱々しく声を出した。

彼女もまた、黒死病に侵されている。


(もう、限界かもしれない……)


オリカは、静かに自分の拳を握る。


「……やっぱり、魔法に頼るしかないか」



オリカは、何度も「魔法を使わない治療」を試みた。


薬草、食事療法、感染症対策、

可能な限りの治療法を試したが——


(それでも、熱が下がらない。)


(それでも、皮膚の壊死が止まらない。)


「……私は、“医者”になりたかったのに」


オリカは、自分の手を見つめた。


(結局、魔法に頼らないと、私は何もできないの?)


「……でも、もう時間がない…」


オリカは決断した。


「《ヒール》!」


魔法の光がルイスと使用人を包み込む。


すると——


「……あれ? 体が……楽に……?」


ルイスの荒い呼吸が、少しずつ落ち着いていく。

使用人の女性も、苦しそうだった顔が和らいでいた。


(やっぱり、魔法の力は絶大だ……)


だが——


(でも、これで治ったわけじゃない。)


黒死病は、魔法をかけた瞬間は症状が和らぐが、しばらくするとまた熱がぶり返す。


魔法は根本的な解決にはならない。


(つまり、魔法は“延命”にしかならない……)


「……ダメだ、これじゃダメだ」


オリカは、悔しさに唇を噛んだ。


(もっと他に、治せる方法を見つけないといけない。)


(魔法に頼るんじゃなくて——“本当に治せる”方法を。)







「先生……僕、もっと元気になったら、何ができると思う?」


ルイスは、まだ少し熱が残る体を起こしながら、弱々しくも嬉しそうにオリカを見上げた。


「んー、そうだねー。病気が治ったら、好きなことができるんじゃない?」


オリカは、軽く笑いながらルイスの額に手を当てた。

彼の熱は、魔法を使ったことでかなり下がっていた。


「本当に……僕、治るかな?」


「もちろんよ!だって、私が先生なんだから!」


オリカは、軽く胸を叩いた。


すると——


「……僕ね、お父さんみたいになりたいんだ!」


ルイスの瞳が輝く。


「お父さんみたいに、商人になって、大きな船を持って、いろんな国を旅してみたいんだ!」


「へぇ、そんな夢があったの」


「うん! だって、お父さんってすごいんだよ!

世界中のいろんな国を回って、珍しい品物を仕入れてきて……

この前だって、海の向こうの国から、金色の砂 を持ち帰ったんだ!」


「金色の砂?」


「うん! すごくキラキラしてて……!

お父さんが、“これを売れば城が買えるくらいの価値がある” って言ってた!」


オリカは、ルイスの話を聞きながら、彼がどれだけ父親に憧れているのかを感じていた。


「僕ね、お父さんみたいに、世界を旅してみたいんだ!」


ルイスの小さな拳がぎゅっと握られる。


(……この子、本当にお父さんのことが大好きなんだ)


オリカは、そっと微笑んだ。


「じゃあ、黒死病なんて吹き飛ばさないとね!」


「うん……!」


ルイスは小さく頷いた。



「ふぅ……今日はなんだか、体が軽いなぁ」


数日後。


魔法を使いながらの治療を続けたことで、ルイスは少しずつ自分の力で歩けるまでに回復していた。


「先生、僕、ちょっと歩いてみてもいい?」


「いいけど、無理しちゃダメだよ?」


ルイスは、ゆっくりとベッドから立ち上がる。


(……大丈夫そうね)


魔法を使ったとはいえ、彼の体力は確実に戻ってきている。


ルイスは、ぎこちなくも廊下を歩き始める。


「ほら、できた!」


「すごいじゃん!!」


「えへへ……」


嬉しそうに笑うルイス。


だが——


「でも……まだ斑点は消えないんだね」


ルイスの腕には、黒死病の斑点が残っていた。


(この痣って、ただ痣じゃないよね……)


「先生、お願いがあるんだけど……」


ルイスが、急に真剣な顔になった。


「何?」


「……僕、“港町” に行ってみたい」


「えっ?」


「ずっと屋敷の中にいたから……外の世界が見てみたいんだ。

それに、港町って、お父さんがよく話してくれた場所なんだ!」


ルイスは、黒死病の斑点を摩りながら、オリカをじっと見つめた。


「……ねぇ、先生、お願い!」


オリカは、一瞬迷ったが——


(……この子の夢を、少しでも叶えてあげたい)


「わかった。じゃあ、私が付き添うから、一緒に行こう!」


「ほんと!?」


「でも、絶対に無理しないこと!」


「うん!!」


ルイスの瞳が、嬉しそうに輝いた。

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