表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
248/309

第179話



——ゴォッ



呼び起こされた“風”は、ただの余波ではなかった。


空間を震わせるその衝撃は、まるで雷光を孕んだ気流のように周囲の温度を変化させ、音を吸収し、静寂を引き裂いた。



「……ギッ!?」



天井から滑空していた一体の鋼獣が、動きを乱す。


左右から迫る二体も、予定していた軌道がわずかにずれた。


空気の流れが変わる——それは「間」が揺らぐことと等しい。


その“刹那”だった。


キャンディスが消えたのは。


…いや、正確には「風に紛れた」。


気流が生んだ“撓み”の隙間に、彼女の身体は滑り込む。


鋼獣たちの視覚では捉えきれない、極めて繊細な死角。


斜め後方、サークル上に描いたエリアの中心から、地を這うように外に出る。


右足を軸に筋肉を動かし、風の隙間を縫う。


空気の空間の“交差点”。


——そこに、彼女はいた。


ムラサメを下段に構え、刀身を伏せ、重心をかかとの内側へ。


音もなく、鋼獣たちの隙間をすり抜けていく。


(ここだ……)


エリアから遠ざかると同時に、ギリギリの境界面上で急激なブレーキをかける。


地面と足が擦れる摩擦音が著しい土埃を巻き上げながら、“刃の届く領域“が、まだ、エリアの中心部を結んだように”繋がって”いた。


——それは「点」ではなく「線」でもない。


無数の糸が交差する“布”のように広がる、刃の可動流域。


ムラサメは、振るう前から「在る」。


斬る前に、すでに「届いて」いる。


そう錯覚するほどの流れる構え。


そして——動いた。



スパァンッ!



風を断つような軌道。


斬撃。


刀身が、鋼獣の背面を斜めに切り裂く。


振り向く間もなく、装甲の継ぎ目から魔力の火花が噴き出した。


横薙ぎに投じられた一刀。


しかし、動きは止まっていなかった。


ブレーキをかけ、その反動で腕を動かす流れ。


その延長線上に回転しながら刃を引くと同時に、半身をひねって右肘を張る。


彼女に襲い掛かろうとしていた数十の獣たちの「背後」から、刃の“雨”が繰り出されていく。



ズッ——



それは単なる斬撃の乱打ではない。


——点と点を縫い、空間を織る。


キャンディスの身体の旋回は、正確な“軌道演算”を基にした芸術だった。


ひとつの回転が生む遠心力。


その力を逃がさず、次の動作へと変換していく。


跳躍中に死角を衝かれた個体が、背中から脇腹にかけて縦に裂ける。


血ではなく、赤熱した魔導機構の火花が、ぱあっと弾けた。



ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ——!



連続する突き。


それは雨、——否、「銃弾」のようだった。


刃先が放つ魔力の軌跡が、空気の層を貫き、直線の集合として前方に伸びていく。


しかし、単純な直進ではない。


——刺突の“座標”が異なる。


一点を穿つのではなく、縦、横、斜め、上下。


わずか数十センチ単位で微妙にずらされた軌道が、まるで空間に「音」を刻むように繰り出されていく。



「ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……!」



それぞれの突きが、異なる鋼獣に吸い込まれるように突き刺さる。


一体の胸部。

もう一体の側頭部。

空中に跳躍していた個体の腹部。

さらにその奥、背後に回り込もうとしていた鋼獣の頸部。


五月雨の突き——“連続ではなく、同時多発的”な攻撃。


斬るのではなく、穿つ。


その動作の速さと角度の差異が、敵の予測を狂わせる。


刃が通ったあとは、時間差で「反応」が訪れる。


ガッ……!


胸部を貫かれた鋼獣が、わずかに首を振ろうとしたその瞬間だった。


——時計の針が急停止したように、重力の波へと“落ちて”いったのは



他の個体も、まるで“順番待ち”のように、次々とその場で動きを止めていく。


身体の中から響くような鈍い音。


魔導機構の震えとともに、装甲の接合部から細かいひびが走り、そこから赤い閃光が漏れ出す。


突きの力は、貫通点から内部構造へと魔力を侵入させ、“内部から壊す”構造破壊を引き起こしていた。


その軌道すら、計算されていた。


キャンディスの身体は一歩も動いていない。


しかし、剣先の角度と腕の捻り、足裏の圧——その全てが次の動作への布石だった。


斬撃では届かない距離。


だが、突きは届く。


「距離」の中に含まれる、一瞬の“間”と“方向性”の優位。


それを理解し、制御できるからこそ——彼女は空間を掌握するだけの「距離」を持っていた。



カン……カン……



倒れゆく鋼獣の残骸が崩れ落ちる音が、静かに空間へと響いていく。


だが、油断はできない。


次なる気配が、また空間の“裏”から迫ってくる——




刃が生んだ乱流がまだ空中を舞っている中、その中心から——走り込んでくる音。


ガン、ガン、ガン……!


残存の鋼獣たちが、彼女の位置を特定し、包囲陣形を練り直している。


一体が真正面から直線的に突進。


別の一体は壁を蹴り、空中から。


そして、さらに二体が左右から交差するように走り出す。


まるで時を織りなすように——攻撃が、間合いと時間差の内側で繋がっていく。



キャンディスの呼吸が深くなる。


足元がわずかに沈む。


それは、「迎撃」の構え——



空気が再び、震える。



(来る——)



瞬間、体軸を回転させながら腰を沈め、ムラサメを「捻る」ように引く。


それは防御の動きでありながら、同時に次への繋ぎ。


敵の爪が振り下ろされる寸前、刃がその動線を滑らかになぞる。


カンッ!


金属と金属が鳴り、火花が弾ける。


しかし刃は止まらない。


すぐさまその反動を活かして刃を前へ送る。


ズッ!


その一撃が、敵の胸部に突き刺さり——裂ける。


刃は止まらず、繋がる。


攻撃と防御、斬撃と体捌き。


それらすべてが、滑らかな「流れ」の中に組み込まれていた。


まるで水が岩を避けるように、刃が隙間を縫い、彼女の身体は空間を染めていく。


数体の鋼獣が倒れた。


その肉片が、カチ、カチ……と地面に転がる。



一瞬の静寂。



——そして再び、気流が動き出す。


キャンディスの瞳が、次の波を見据えていた。



すぐさま、二閃目。


ムラサメを軸手から引き抜き、逆手に持ち替えながら半歩右へと流れる。


右後方から迫っていた鋼獣の首筋を、水平に走る鋭い刃がなぞる。


カンッ、と乾いた音。


装甲の継ぎ目を正確に斬り割り、首部を断ち切る。


倒れるより先に、三閃目。


今度は斜め前方。


三体の鋼獣が横一列に並び、滑るように距離を詰めてくる。


それぞれ左右に分散し、包囲を組もうとしていた。


だが、キャンディスの身体はすでに“間”に在った。


踏み込みと同時に左足を軸に鋭く切り返す。


その勢いにムラサメの刀身を乗せ、扇のように半円を描いて刃が振り払われる。


ヒュバッ!


切先が描いた軌道は、半月の弧。


その空気の裂け目に、三体の鋼獣が同時に飲み込まれる。


装甲の表面を走った刃が、内部の制御核まで滑り込み、機能を断ち切る。


そのすべてが、わずか2秒以内の出来事だった。


次の「距離」が埋まる頃には、すでにキャンディスの身体が、後方に滑るように繋がっていた。



刀を肩越しに担ぎ、身体をやや沈めて重心を保つ。


その動作と重なるように、背後から迫っていた二体目の鋼獣が飛びかかる。


が、遅い。


動きの「間」に重ねた“次の手”が、すでに用意されている。


キャンディスの身体が、ムラサメを中心に“反時計回り”に回転する。


その軌道上をなぞるように、鋼の爪が空を切る。


同時に刀が横一文字に薙がれ、鋼獣の脚部を断ち落とす。


ズシャッ!


鈍い音が空間に響く。


「数を揃えても、空間は埋まらない」


囁くように吐かれた声とともに、彼女はより広く、深い領域へと流れた。


振り下ろした剣を持ち上げる“動きの余韻”の中に、次の動作がすでに溶け込んでいた。


新たに飛び込んできた鋼獣がその隙を狙うが、それは罠だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ