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第168話




ロストン港の賑やかな喧騒を背に、ヴァンとカールは工房へと続く石畳の道を歩いていた。


港町特有の潮風が肌を撫でる。


夕刻に差し掛かる空は、橙色に染まり、ゆっくりと夜の帳を迎えようとしていた。


ヴァンは港を見やる。


大きな貨物船が桟橋に繋がれ、荷の積み下ろしが忙しなく行われている。


そこで働く人々の表情には、それぞれの生きる理由があった。


家族のため、故郷のため、あるいは己の誇りのため——。



——「ただな、リタの気持ちも分からんではない」



職人としての気質。


あるいは、誇り。


カールの言葉は、どこか穏やかだった。


ヴァンは、彼が言ったその言葉を反芻しながら、リタの背中を思い浮かべた。


彼女にとっての「納得できる仕事」とは何なのか——。


そう考えているうちに、二人は工房の前へとたどり着いた。



扉を開ける前に、一瞬だけ、ヴァンは躊躇した。


(リタ姉、まだ怒ってるかな……)


そんな彼の心境をよそに、カールは迷わず扉に手をかけた。



カールが扉を押し開けると、工房の中には見慣れぬ来訪者がいた。


炉の赤い光が揺らめく工房の中央、長身の女性が静かに佇んでいた。


長い茜色の髪が、工房の炎を反射し、鮮やかな光を放っている。


その髪は一房たりとも乱れることなく、まるで流れる絹のように美しい。


彼女の衣服は、戦場に生きる者のそれとは思えぬほど洗練されていた。


深い藍色の上着はしなやかでありながら重厚な装飾が施され、袖口と裾には銀の刺繍が走る。


その下には、動きやすさを重視した黒の細身のパンツと、磨き上げられた革のブーツ。


無駄のない装いでありながら、どこか優雅さを感じさせる。


そして、彼女の手には一本の長刀——名刀〈ムラサメ〉があった。


「ほう……」


カールが思わず感嘆の声を漏らす。彼女の纏う空気が、ただ者ではないことを語っていた。


ヴァンもまた、彼女の立ち姿に目を奪われた。


優雅でありながらも、隙のない佇まい。


剣を構えずとも、その場の空気を支配する圧倒的な存在感——。


「遅かったな」


炉の前に立つリタが、こちらを見もせずに言った。


彼女は来訪者の手に握られた長刀の鋒に触れながら、それを真剣な眼差しで眺めていた。


「リタ、その人は?」


ヴァンが尋ねると、来訪者は静かに彼の方へ視線を向けた。


透き通るような青い瞳。


凛とした佇まいの中に、一切の迷いを感じさせない目だった。


「キャンディス・テスタロッサ。傭兵ギルドの剣士であり、アタシの“客”だ。“問題児”ムラサメの愛用者でもある」


リタが紹介すると、キャンディスは微かに唇を吊り上げた。


「愛用者、とはまた面映ゆいな。私はただ、良い武器を選び、それを活かしているだけだ」


彼女の声は低く、落ち着いていたが、その中には確固たる自信が滲んでいた。


ヴァンは〈ムラサメ〉を一瞥する。


その刃には、細かな刃こぼれが見られる。


名工リタの鍛えた剣とはいえ、それほどの負荷がかかる戦いを繰り広げてきたのだろう。


「刃こぼれが……随分と荒れてるな」


リタが険しい表情のまま呟くと、キャンディスは肩を竦めた。


「狩りの最中にな」


「狩り?」


「バッシュの素材だ」


ヴァンはその言葉にハッとなった。


確かに、バッシュの製造には魔鉱石だけでなく、魔獣や希少な生物の骨や牙、または特殊な植物から採取できる素材などを使用することもある。


“狩り”ということは、魔獣か何かとでもやり合ったのか?


直感的にそう思った。


そんな彼の様子を見て、リタが言葉を継ぐ。


「キャンディスはアタシのバッシュを使うだけじゃない。素材の調達も任せてる。キャンディスの腕なら、間違いなく最高の素材を持ち帰ってくるからな」


キャンディスが微かに笑う。その微笑には、狩人の矜持が宿っていた。


「リタの武器を使う者として、その素材に妥協する気はないさ」


ヴァンは彼女を見つめた。強者特有の風格。そして、リタが信頼を寄せる数少ない人物。


——単なるバッシュの使い手ではない。



キャンディス・テスタロッサ——



この名を静かに飲み込むように、彼女の手にある〈ムラサメ〉を見つめた。



「…で、しばらく見なかったけど、どこに行ってたんだ?」


リタが〈ムラサメ〉の刃を指でなぞりながら、ふと問いかける。


「刃こぼれの具合を見りゃ分かる。並みの獲物じゃないな」


キャンディスは微笑みながら、静かに答えた。


「南の大陸——パンデモニウムだ」


工房の空気が一瞬、静まり返った。


「——なんだと?」


ヴァンが思わず息を呑む。


カールもまた、驚いたようにキャンディスを見た。



パンデモニウム——それはセリオス海の果てにある未開の地であり、伝説の大陸。



中央大陸から何千キロも南方に位置し、巨大な雲の壁「竜の巣」に覆われている。


その内部は未だ未知であり、侵入することすら叶わぬ土地とされてきた。


「待て待て……冗談だろ?」


ヴァンが困惑しながら言う。


ロストン近海の島々から南下するとしても、そこから先は荒波と暴風が渦巻く魔の海域。


たとえ最高の航海士がいたとしても、パンデモニウムへの到達は夢物語に過ぎない——はずだった。


だが、キャンディスはあくまで静かに笑みを浮かべている。


その表情は、確信に満ちていた。


「冗談を言う性格に見えるか?」


低く、穏やかな声。


それだけで、ヴァンは彼女が嘘を言っていないことを悟る。


カールは彼女のことを以前から知っていた。


嘘や大げさな話をするような人間ではない。


だからこそ——信じがたかった。


「……どうやって行ったんだ?」


カールが慎重な口調で問う。


キャンディスは近くにあった椅子の背もたれに手を添え、指先で鞘を軽く叩いた。


「航路の話なら、長くなるぞ」


彼女の言葉に、工房の炎が静かに揺れた。


南の大陸——パンデモニウム。


その未知の土地で、彼女は何を見てきたのか?



キャンディスは静かに息をついた。


工房の炉の炎が、揺らめく影を壁に映し出している。


「……どこから話すべきか」


彼女は微かに目を閉じ、記憶を手繰るように言葉を紡ぎ始めた。


「パンデモニウムへ向かう方法——それは、“嵐の門”を越えることから始まる」




………………………………………………………………………………………


………………………………………………………


………………


……




《嵐の門》



中央大陸の南方、ロストン近海のはるか彼方に、航海者たちが「絶望の境界」と呼ぶ海域がある。


そこでは、常に巨大な嵐が渦巻き、雷鳴と暴風が容赦なく海を引き裂いている。


その中心部には、直径十数キロに及ぶ巨大な”眼”——嵐の静寂域が存在し、そこを超えた者だけがパンデモニウムの海域へ足を踏み入れることができる。


だが、記録に残る限り、それを超えた船は存在しない。


なぜなら、“嵐の門”の向こうには重力が反転する海があり、通常の航海術では辿り着くことすら不可能だからだ。


——だが、私はある日、気候が激しい嵐に飲まれて“遭難”した。


そしてその嵐の先で、”そこ“へ辿り着いた。




《嵐の中の遭難》



あれは、ゼルファリア大陸へ向かう航海の途中だった。


私は、ある貨物船に護衛として雇われていた。船は頑丈な外装を持ち、魔導炉によって推進する新型の航行船だった。


だが、嵐は——それすらも呑み込んだ。


「夜半だった。突如、空が裂けたような雷鳴が轟き、海が逆巻いた」


それはただの嵐ではなかった。風が四方八方から叩きつけ、波は壁のようにそびえ、まるで海そのものが意思を持っているかのようだった。


「魔導炉が故障し、舵は効かなくなった。視界は見えず、星の位置すら分からない」


船は制御を失い、ただ波に流されるままになった。


何日、何週間、そうして漂流していたのかは分からない。


濃霧が全てを覆い、昼と夜の区別もつかなくなった。


食料も水も尽きかけ、乗組員の多くは力尽きていった。


そして——


「気がつけば、そこは見知らぬ海域だった」




《パンデモニウムの大地》



霧が晴れた時、目の前に広がっていたのは、中央大陸のどの地図にも記されていない異質な大陸だった。


太古のままの世界——それが、パンデモニウムだった。


「まず目に飛び込んできたのは、巨大な木々だった」


その木々は、ロストン近海のジャングルとは比べものにならない。


幹の太さは城塞のようで、枝は雲を貫き、葉は陽光を遮るほどに巨大だった。


「地面に降り立つと、すぐに分かった——この地は、“時代が止まった場所”だと」




《太古の生物》



草むらを歩くと、目の前を奇妙な生物が横切った。


それは、化石でしか見たことのないはずの原初の獣だった。


「パンデモニウムでは、太古の生物が今も生きている」


鎧のような鱗を持つ巨大な獣が、森の中を悠然と歩いていた。


翼を持つ爬虫類が、木々の間を飛び交っていた。


——いや、それだけではない。


「空を見上げると、さらに信じがたいものがいた」


雲の間を舞う、巨大な影。


「龍……」


それは、伝説の生物ではなく、この地に根付く”生態系の一部”として存在していた。


「パンデモニウムは、竜の巣だった」




《廃墟と遺跡》



私は、生き延びるために探索を続けた。


この大陸には、ただ古き生物がいるだけではなかった。


「廃墟があった」


それは、人間——あるいは、それに似た何者かがかつて築いたものだった。


石造りの神殿、朽ち果てた街。


その壁には、未知の文字が刻まれていた。


そして、その遺跡の奥で——


「私は”あるもの”を見つけた」




《持ち帰ったもの》



キャンディスは腰に下げていた革袋を外し、その中に入れていた、とある”人工物のような紋章の入った金属”を、工房の光にかざす。


その表面には、通常の金属ではありえない禍々しい黒曜石のような艶があった。


「“龍鋼”——それが、パンデモニウムにあった遺跡で見つけたものだ」


龍の巣で生まれ、特殊な魔素を浴び続けて鍛えられた”金属”。


それは通常の魔素鋼を遥かに凌駕する強度と、異質な性質を持っている。


パンデモニウムに詳しい歴史学者によれば、かつて南の大陸では竜族にまつわる“古代の種族”が住んでいたとされ、神殿や遺跡はかつての栄華を極めた“古代都市(竜神族の都市)”の名残であったとされる。


キャンディスは自らの目でその光景を目の当たりにし、かつての時代の遺物を持ち帰ったのだった。


『龍鋼』とは、当時の技術で作られた竜神族たちの、知識と技術の結晶であった。




《帰還の道》



「——で、どうやって帰ってきたんだ?」


沈黙を破ったのは、リタだった。


工房の炉の炎が赤く揺れる中、彼女は鋭い視線をキャンディスに向ける。


「パンデモニウムは中央大陸から何千キロも離れた孤立した大地だ。おまけに、お前の言う“嵐の門”とやらがその周囲を囲んでいるんだろ?」


「……ああ」


キャンディスは、淡く微笑む。そして、まるで懐かしむように呟いた。


「——ある古代竜に出会ってな」


ヴァンとカールが思わず顔を見合わせる。


「竜……?」


「そうだ。パンデモニウムの奥地——そこで私は、一体の古代竜と出会った」




《六龍の末裔》



パンデモニウムの深奥には、太古のままの世界が広がっていた。


巨大な樹々が天を覆い尽くし、葉の一枚一枚が光を反射しながら揺れる。


湖の水は澄み切り、その岸辺には見たこともない生物たちが群れていた。


その中心に——その「竜」はいた。


「全長は二十メートルを超え、翼を広げれば、それだけで森の天蓋を切り裂くようだった」


その竜は、かつて世界の空を駆けていたとされる、“巨大竜”の面影を思わせる存在だった。


「知能は高くなかった。だが、目を見れば分かる。確かな意思がそこにあった」


初めは敵意を持っていた。


人間など見たこともないのだから、当然だった。


だが、キャンディスはその竜に敵意を示さず、じっくりと時間をかけた。


近づきすぎず、離れすぎず——互いの存在を理解し合うように。


「そして、少しずつ、お互いを知るようになった」


——それは、馬と人の関係に似ていた。


警戒心を解き、信頼を築く。


ある日、竜はキャンディスの目の前で眠るようになった。


その日から、彼女はその竜に名前をつけた。


「——“アグニ”と」




《空を舞う》



アグニは、古代竜としての力を持っていた。


その巨大な翼は、通常の竜よりもさらに力強く、大気を切り裂くほどだった。


「私はアグニの背に乗るようになった」


最初は、ただの試みだった。


だが、次第に彼女の存在をアグニは受け入れ、飛翔するたびに、彼女との意思疎通は深まっていった。


やがて——


「私は、アグニとともに空を駆けるようになった」


彼の背から見る世界は広大だった。


パンデモニウムの大地を見下ろし、風を肌で感じ、雲の上へと飛翔する。


「そして、決めたんだ。帰るべき場所へ戻ると」




《嵐の門を超えて》



パンデモニウムの空は広大だった。


雲を裂くように飛翔するアグニの背から見た景色は、この世界のどこよりも美しかった。


「彼の翼は、風を切り裂き、嵐を貫いた」


雷鳴が轟き、竜の咆哮がそれに応える。


「嵐の門を越えるには、ただの船では不可能だった。だが——竜ならば別だ」


アグニの飛翔は、雲を支配し、風を従えた。


巨大な暴風の壁を突き抜け、雷の間を縫い、海を越えて——



「アグニの力ならば、突破できると確信していた」


雷鳴轟く嵐の壁へと、彼らは突っ込んだ。


強烈な風が襲いかかる。


稲妻が大気を裂く。


だが、アグニは怯まなかった。


「アグニは、嵐の中を貫き、私をこの世界へと連れ戻した」



工房の中に静寂が訪れる。


カールがゆっくりと息を吐いた。


「……そりゃあ、随分と長い旅だったな」


「長い旅だった」


キャンディスは静かに頷く。


「で、その“アグニ”ってのはどこにいるんだ?」


リタが尋ねると、キャンディスはさらりと言った。


「ロストン近くの森で待機させている」


「……街には連れてこなかったのか?」


「当然だろう。街中に巨大な竜が現れたら、大混乱になる」


キャンディスは肩を竦める。


「だから、彼は今も森の奥で待っている」


「……会いに行けるのか?」


ヴァンの問いに、キャンディスはにやりと笑った。


「会いたいなら、案内してやるさ」




夜がふけていく。


明かりの灯る市場の通りと、商業地区の賑やかな街並み。


職人たちが仕事を終え、各自家へと帰っていく工房の中で、リタは慎重に〈ムラサメ〉を見つめていた。


刃の表面を指でなぞりながら、彼女は静かに息を吐く。


「修復するには……素材がいるな」


リタが顔を上げると、キャンディスは腕を組んでいた。


「何が必要なんだ?」


「ムラサメの魔素鋼を精錬するのに使った“魔導石”だ」


リタの言葉に、ヴァンは少し考え込む。


「魔導石なら世界に数多く存在してるよな? それに、バッシュを作るには、どれも魔素鋼を精錬しないといけないってのは知ってるけど……」


「問題は、それがただの魔導石じゃないってことさ」


リタは即答した。


「ムラサメに使ったのは《深淵晶石しんえんしょうせき》——高濃度の魔素を帯びた、特殊な魔導石だ」


深淵晶石は、極めて特殊な魔導石の一種だ。


特筆すべきは、その魔力伝導率の高さと、極端に純度の高い魔素を内包していること。


この石の核に含まれる魔素は、通常の魔力鉱石と違い、「安定したまま、高出力の魔力を保持できる」性質を持つ。


そのため、魔導兵器や魔法剣の精錬に利用されることが多い。


しかし、深淵晶石はその名の通り、“深淵”に近い場所でしか産出しない。


つまり、自然界の中でも、極めて魔力濃度の高い領域にしか存在しないのだ。


「……具体的には、どこにある?」


キャンディスが問うと、リタは顎に手を当て、ゆっくりと答えた。


「大抵は、世界樹の根の近くにあると言われてる」



世界樹は、大地を貫き、天を突くほどに成長する巨樹。


その根は地下深くまで広がり、地脈と絡み合っている。


この地脈こそが、魔力の流れを形成し、魔導石を生み出す要因となる。


「世界樹の根は、地脈が交差する場所に広がってる。その周辺の岩盤には、濃縮された魔力が滞留することがあって、そこで稀に、深淵晶石が生成されるんだ」


リタの説明を聞いて、ヴァンが納得したように頷く。


「なるほど……世界樹の根の近くにあるのは、そういう理由か」


「問題は、この辺りの世界樹の根がどこにあるかだな」


カールがそう言うと、キャンディスは静かに微笑んだ。


「それなら知ってる。この地域に限れば、《カルマグの断崖》が最も可能性が高い」



カルマグの断崖は、ロストンの北東に広がる大峡谷。


かつて巨大な地震によって大地が裂けたことで生まれたこの断崖の下には、世界樹の根が露出しているとされている。


「カルマグの断崖の谷底には、世界樹の根が一部剥き出しになっている場所がある。

その周辺には、魔力を帯びた鉱物が多く、深淵晶石が発見された例もある」


「そこに行けば、確実に手に入るのか?」


ヴァンが問う。


「確実とは言えないが、この地域で深淵晶石が見つかる可能性が最も高いのは、間違いなくカルマグの断崖だ」


キャンディスの言葉に、リタが頷いた。


「なら決まりだな。深淵晶石が手に入れば、ムラサメの修復ができる」


キャンディスは満足げに微笑むと、〈ムラサメ〉をリタに預けた。


「じゃあ、取ってきてやろう。カルマグの断崖へ向かう」


そう言って踵を返すキャンディスを見て、リタは口を開いた。


「おいおい、一人で行く気か?」


キャンディスは少し考える素振りを見せた後、ふっと微笑みながら振り向いた。


「いつものことだろう」


確かに、彼女は凄腕のハンターでもあり、バッシュを使いこなす達人でもある。


無粋な質問ではあった。


だが、リタの意図した言葉は、キャンディスの仕事の遂行を不安視する発言ではなかった。



「……ヴァン、あんたも行って来い」


「………は?」


その言葉に、ヴァンは思わず唖然とする。


職人には職人の仕事があり、たとえ鉄の精錬に必要な素材があったとしても、自ら赴いて取りにいくようなことはしない。


——あまりにも危険すぎる


いや、それ以上に、想像にもしていない言葉だった。


一緒に取りにいく??


そんな簡単な話ではないことは、ここにいる誰もがわかっていた。


世界樹の魔力の影響が強い地域には、当然危険がつきまとうものだ。


そんなことは、考えるまでもないことだった。


ヴァンは驚いて聞き返した。


「なんで俺が?」


リタはそれに対し、こう説明する。


「今朝の話、覚えてるだろ?」


ヴァンは眉を顰める。


今朝の話。


ローデンからあった、シュナイダー工房への提案。


「…覚えてるけど」


「なんでバッシュを作りたいのか、もう一度考え直す時間を作れ。キャンディスについていけば、バッシュの“本質”を見ることができるかもな」


それ以上の言葉は伝えず、ただ意味深な笑みを浮かべた。


まるで、“この仕事を続けたいなら、お前が決めろ”と言わんばかりに。


彼女の言葉に、ヴァンはしばらく沈黙した後、渋々と息を吐く。


「……チッ、仕方ねえな」


カールはそんな二人のやり取りを見ながら、面白そうに笑っていた。

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