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第162話







「で、その『医療器具』ってのは、何に使うんだよ?」


とある酒場のテラス席。


夕暮れの光が街を赤く染める中、ヴァンは二人の親友と共に、仕事終わりのひとときを過ごしていた。


「…さぁ、俺も詳しくは知らねぇよ」


ヴァンは、椅子にもたれかかりながら、適当に酒の入ったグラスを揺らす。


シュナイダー工房の仕事を終えたばかりの体は少し疲れていたが、こうして仲間と話している時間は嫌いじゃない。


「…医療器具、ねぇ」


「このご時世、“医療器具”なんてたかが知れてるだろ?なんでそんなもんを作ることになったんだ?」


テーブルの上に並んだスモークチキンと、酒場名物のコロコロチーズボール。


ヴァンはフォークを片手に、小皿に乗ったオニオンフライを一口齧る。


「ちょっとした依頼だよ」


「ちょっとしたぁ??」


「工房には色んな依頼が放ってくるんだよ。何せ、ロストン1の武器職人がいる店だしな」


自慢げにそう話すヴァンの口ぶりは、どこか軽やかだった。


彼にとってリタは仕事上の師匠ではあるが、それ以上に“憧れの存在”でもあったからだ。


「つーかよ、最近話題になってねぇか?街で噂になってる『異端の医者』の話」


「…ああ」


ヴァンは声を潜めるように答えた。



◆ ヴァンの親友たち


ヴァンの向かいに座るのは、二人の幼馴染だった。


《ロイ・フェンリース》

 ・22歳

 ・黒髪の短髪に、鋭い目つき

 ・職業:運び屋(表向きは貿易業務の手伝いだが、裏では闇市にも関わる)

 ・口調はぶっきらぼうだが、仲間想い

 ・幼い頃からヴァンと共にストリートで生きてきた


「異端の医者……? ああ、あの診療所か」


ロイはグラスを傾けながら、鼻で笑った。


「変な診療所だよな。『魔法を使わねぇ治療』なんて、そんなもん、どう考えてもインチキじゃねぇか」


《マルコ・エルグレン》

 ・19歳

 ・茶髪のくせっ毛に、少し人懐っこい笑顔

 ・職業:酒場のバーテンダー兼情報屋

 ・街の噂に精通し、どんな話も仕入れてくる

 ・口は軽いが、裏切ることはしない


「でもよ、実際に治してるんだろ? そうじゃなきゃ、わざわざ貴族派が潰そうとする理由もねぇしな」


マルコは、グラスの縁を指でなぞりながら呟く。




ヴァンは、二人の言葉を聞きながら、少し考えていた。


オリカの診療所——ロストン診療院は、立ち上げ当初こそ驚きと好奇の目で見られていたが、今では街の一部の人々に受け入れられ始めていた。


しかし、それを快く思わない勢力も多い。


貴族派は、彼女を「異端」として扱い、街中に悪い噂を流している。


「アイツの診療所、マジでやばいらしいぜ」


ロイが煙草をくわえながら、目を細める。


「『違法な手術をしてる』とか、『人体実験のために病人を集めてる』とかよ……」


「おいおい、そりゃちょっと噂が盛られすぎじゃねぇの?」


マルコは苦笑しながら肩をすくめた。


「まあ、貴族派が流してるって話もあるけどよ。でも、オリカって奴が怪しいのは事実だろ?」


「……そうかもしれねぇな」


ヴァンは曖昧に返事をした。




ヴァンは、酒場のテラス席でロイとマルコの話を聞きながら、黙ってグラスの中の酒を揺らしていた。


彼らはオリカを「異端の医者」と呼び、巷で流れている噂をそのまま信じていた。


——だが、ヴァンは違う。


実際に、彼女が人を救う姿を見たことがあるのだから。



オリカがシュナイダー工房に医療器具の製作を依頼するようになったのは、偶然の出会いがきっかけだった。


彼女が工房を訪れたのは、ヴィクトールの紹介を受けた後のことだった。


ヴィクトールはオリカの診療所の後ろ盾となっていたが、医療器具をまともに作れる工房がロストンにはほとんど存在しなかった。


シュナイダー工房は、武器や工業部品の製造を主とする金属工房であり、医療器具の製作経験はない。


それでも、「高精度な金属加工ができる工房」という条件で“候補”として選ばれていたのが、シュナイダー工房だった。



ヴァンとオリカが初めて言葉を交わしたのは、その日の帰り道だった。


シュナイダー工房でオリカがグスタフと話していた頃、ヴァンは仕事を終えて工房を出ようとしていた。


そのとき、工房の近くで怪我をした少年を助けようとするオリカの姿を目にした。


少年は市場で何かを盗もうとしたらしく、追われて転倒し、腕に深い裂傷を負っていた。


普通なら魔法で治すのが一般的だった。


しかし、オリカはそうしなかった。


彼女は少年を自分の診療所へと運び、すぐに応急処置を始めた。


ヴァンは、興味半分でついていき、初めて「魔法を使わない治療」を目の当たりにした。


オリカは、清潔な布で傷口を押さえ、手際よく消毒液(彼女が作ったアルコール消毒液)を塗り、針と糸で傷を縫った。


「痛いけど、ちょっと我慢してね」


オリカは優しく声をかけながら、慎重に針を動かした。


傷口が綺麗に閉じられ、包帯を巻かれた少年は、恐る恐る腕を見つめた。


「……すげぇ」


ヴァンは、その様子をじっと見つめていた。


今まで見たどんな治療とも違っていた。


「魔法がなくても、ここまで正確に治せるのか?」


彼は驚きとともに、オリカに興味を抱いた。



治療が終わると、オリカは疲れたようにため息をついた。


「……やっぱり、今の道具じゃ限界があるな」


彼女は、自分の手元を見ながら呟いた。


ヴァンは、ふとその言葉に引っかかった。


「道具?」


「うん。手術に使える道具が少なすぎるの。もっと細かい処置ができるような器具があれば、もっと安全に治療ができるのに……」


オリカの表情には、悔しさが滲んでいた。


ヴァンは、その顔を見て思わず口を開いた。


「……そういうのって、どんな道具なんだ?」


オリカは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んだ。


「うーん、たとえば……」


彼女は、手で空中に図を描くようにしながら説明し始めた。


「傷口を広げるための鉗子かんし、血を止めるための止血鉗子、もっと細かく縫合できる持針器……」


ヴァンは、その説明を聞いているうちに、自然と「作れるかもしれない」と考え始めていた。


鍛治職人としての技術を応用すれば、作れるかもしれない。


——いや、むしろ作ってみたい。



それから数日後、ヴァンはシュナイダー工房でグスタフに相談した。


「親方、ちょっと頼みがある」


「……なんだ?」


「医療器具を作ってみたい」


グスタフは、一瞬怪訝な顔をした。


「……ヴィクトールのとこのか?」


ヴァンは頷いた。


「……どうせなら、試しにやってみようぜ」


グスタフはしばらく考えた後、溜め息をついた。


「まあ……いいだろう。だが、お前が本当に作れるかどうかは別の話だぞ」


「わかってる。でも、やってみる価値はあると思うんだ」


こうして、ヴァンはオリカのために医療器具の製作を始めることになった。


今まで鍛えてきた技術が、武器ではなく、人を救うために使われる。


それが、ヴァンにとっても新しい挑戦だった。




ヴァンは、酒場のテラス席でロイとマルコの話を聞きながら、グラスを揺らしていた。


彼らはオリカを「異端の医者」と呼び、巷で流れている噂を信じている。


——だが、ヴァンは知っている。


「アイツは、本当に人を救おうとしているんだ」


ヴァンは、グラスの酒を一気に飲み干した。


「……誰にも言うなよ」


低く囁くように言うと、ロイとマルコは怪訝そうな顔をした。


「……なんだよ?」


「俺、その“医者”の『医療器具』を作ってるんだ」


二人は、驚いたように目を見開いた。


「……おいおい、本気か?」


「マジだ」


ヴァンは、グラスを置いて立ち上がった。


「お前らが何を信じるかは勝手だけど……俺は、あの医者を信じる」


ヴァンの心の中では、ひとつの決意が固まっていた。


——自分が作る道具で、人の命を救う。


それが、今の彼の目標だった。



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