第159話
ルーヴェン中央鉄道ステーションの巨大なホームに、警笛が低く響いた。
ゴォォォォ……ッ……
鉄と蒸気の匂いが漂うプラットフォーム。
機関車の吐き出す白煙がゆっくりと宙に溶け、朝の光に紛れて消えていく。
列車は、黒鉄の車体に金色の帝国紋章が刻まれた堂々たる姿だった。
貨物列車であるため豪華な装飾はないが、その分、頑強な造りをしている。鋲で補強された装甲板が、重厚な存在感を放っていた。
リリーは、列車の入口に立ち、興奮気味に辺りを見回していた。
「にゃぁぁぁ……! これが、魔導鉄道なのだっ!」
「初めて見るのか?」
アレクはリリーの後ろで腕を組み、冷静な様子で尋ねる。
「うん! ずっと学院にいたし、旅をする機会もなかったのだ!」
ピノがポンポンとリリーの肩を叩きながら、元気に言う。
「魔導鉄道は、すっごいスピードで走るんだよ! しかも、普通の蒸気機関車とは違って、魔力で加速を補助するから、長距離でも一定速度を維持できるんだ!」
「へぇぇぇぇぇぇ! なんだかワクワクするのだっ!」
「騒がしい奴だな……」
アレクは呆れたようにため息をついたが、リリーの興奮が伝染したのか、口元にはほんのわずかに笑みが浮かんでいた。
「そろそろ乗るぞ」
アレクは一歩進み、貨物列車の乗客用コンパートメントへと入った。
リリーとピノもその後に続く。
貨物列車の内部は、質素ながらも機能的に作られていた。
客車ではないため座席は簡易的なベンチが並ぶだけで、壁には貨物を固定するための金属フックや鎖が備え付けられている。
リリーは窓際のベンチに腰を下ろし、外の景色を眺めた。
「うにゃ~、ちょっと狭いけど……まぁ、大丈夫なのだ!」
「旅の間ずっとここで過ごすことになる。少しは大人しくしていろよ」
アレクが隣の席に座り、手荷物を足元に置いた。
ピノはリリーの隣で丸まるように座り、好奇心旺盛な目で列車の内装を見渡している。
「さて、いよいよ出発だな」
アレクが呟いた瞬間——
ゴォォォォ……シュゴォォォォォ……ッ!
機関車が蒸気を噴き上げ、巨大な鉄輪がゆっくりと動き出す。
ガコン……ガコン……ギギギギギ……ッ……!
車輪がレールの上を滑るように進み、貨物列車は徐々に速度を上げていった。
窓の外の景色がゆっくりと流れ始める。
列車がルーヴェン市街を抜けると、景色は一変した。
高い煙突が立ち並ぶ工業地帯を過ぎ、建物がまばらになると、視界いっぱいに広がる広大な平原が現れた。
「わぁぁ……! すごいのだっ!」
リリーが窓に張り付き、感嘆の声を上げる。
そこに広がっていたのは、黄金色の穀倉地帯。
どこまでも続く小麦畑が、風にそよぎながら波のように揺れている。
遠くには点在する農村の家々。屋根は赤茶色に染まり、煙突からは白い煙が静かに立ち上っていた。
牛や馬がのんびりと草を食み、農夫たちが作業をしている様子が見える。
「ヴァルグ平原か……」
アレクが目を細める。
「帝国最大の穀倉地帯だ。ロストンやルーヴェンの市場で売られる小麦のほとんどは、ここから出荷される」
「にゃぁぁぁ……! すごいのだ!」
リリーは、窓を両手で押さえながら、食い入るように外の風景を見つめていた。
「空が広い……! 風が、畑を走ってるのが分かるのだ!」
列車は、黄金色の大地の上を疾走する。
ゴォォォォォォォ……ッ……!
鉄の巨体が、風を切り裂きながら進む音が響く。
遠くの地平線では、白い雲がゆっくりと動いていた。
やがて、畑の間を流れる川が見えてくる。
水面には、朝の光がきらきらと反射し、ゆったりとした流れが続いている。
石造りの橋を越えるたびに、列車の振動がわずかに変化し、車体が軽く揺れた。
「うにゃ~~~……旅って、すごいのだぁ……」
リリーは、満面の笑みを浮かべたまま、車窓の景色に見入っていた。
「ふふ、リリーさん、本当に楽しそうだね」
ピノがくすくすと笑う。
「当然なのだ! 学院ではこんな景色見られなかったのだ!」
アレクはそんなリリーの様子を横目で見ながら、小さく笑った。
——こうして、彼らの旅は始まった。
ヴァルグ平原を抜け、列車はさらに西へと進んでいく。
これから訪れるのは、鉱山都市カッセル。
丘陵と渓谷が広がる険しい地形へと、列車は突き進んでいくのだった——。